ミスドとアザフチ
「で、続き書けたんかお前」
ポンデリングをもちょもちょと食べながら、目の前の字淵さんがそう尋ねてきた。
昼下がりのショッピングモール。その中にあるミスドの中で、私と字淵さんは編集作業(と言っても近況報告という名の遊びである)
店内は家族連れが多く、ドーナツを嬉しそうに選ぶクソガキやカップルと……その中で異色を放つアザフチさんの圧が凄い。
喫煙席で早いペースで煙草を吸い始め、灰皿には煙草の山が出来てしまっている。傍らには根性焼きのようにして文字を焼かれたプロットの数々である。全て駄文だったらしい。
「いや、書けてないです。一枚、一文、一文字も。全然無理です」
「使えねえなお前。原稿遅れてコヨリちゃんに怒られんの俺なんだよ。わかってんの?」
「ハイ。いや、あのホントに。すいません。無能で」
「謝る前に手動かせボケ」
字淵さんが徐に靴を脱いだかと思えば、それを持って勢い良く頬に当て、殴ってきた。
しかもヒールだったので、当たりどころが悪ければ目に刺さるところだった。
いつもスニーカーなのに珍しいなァと思ってチラリとヒールを見てみると、昨日コヨリちゃんが履いていた物と同じだった。
店中にバチンと大きな声が響く。それに驚いたのかトレーを落としてしまった人がいたのか、店員に謝る声が聞こえてくる。
字淵さんは客に向かって「公開SMプレイなんで気にしないで下さい」と言う。
私の体はタダではないので閲覧料くらいとってくれりゃいいのにと心の中で思ったが、何も言わないのが吉なので黙っていた。
「や、でも私の言い分も聞いて下さいよ」
「なんだよ。親でも死んだか?」
「親が死んだくらいで書くのやめないですよ。……あ、どうだろ。タンバリン叩き出すかも」
「持ってんの?」
「この前アマゾンで買いました。アンパンマンのやつ」
「そりゃいいな。俺も欲しいや」
カッカッカと盛大な笑い声をあげて、字淵さんは二個目のポンデリングに手を伸ばした。それ私のじゃなかったんだ。
その時、ふわりと字淵さんがつけている香水なのか、沈丁花の香りが鼻腔を擽らせた。毎日欠かさずホワイトムスクの香りを漂わせているのに、変えたのだろうか
「今日は香水違うんですね」
「いつものも好きだけどな。ちょっと気分転換に変えてみた」
「本当は?」
「隣部屋のお姉さんが要らないからってくれた。なんかもうすっごいムチムチだった。キノキさん(字淵さんの同僚)も家に遊びに来た時やべえっすねって叫んでた。俺も叫んでた」
「近所迷惑ですね」
「いつか汗ダクセックスにもつれ込む」
そう言った話をダラダラとしていると、字淵さんはいつの間にかペロリとドーナツを平らげていた。皿の上には欠片一つ残されていない。
「食べ終わったし今日これで終わりな」
「ハイ」
「次までには書き終わっとけよ」
「ハイ」
「よし。じゃお疲れ」
「ハイ」
字淵さんは誰かに電話をかけながら、足早にミスドから出ていった。
私の元に残されたのは、大量の煙草の吸殻と皿と、沈丁花の香りのみである。
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