sideレオン⑤ 白い彼女


 長官たちとのこの会議の場には、念のため聖導具士たちに暗示を解除する聖導具を作成してもらい、持ち込んでいた。

 長官たちの中にも暗示にかかっていた者がいるかもしれないと懸念したから。


 クロードが静かに喋り始めた。



「皆が懸念している父上の関与だけど。まず父が命令をしていないのは確かだ。でも。父上はフォンタナ元宰相から聖導具のことを『幸福感が増すことによってわずかながら民衆の賛同が得られやすくなるかもしれないと言われたぞ』って、なんの悪びれもなく言いながら、この書類を出してきたよ」



 出されたのは、聖道具使用に許可を与えたという証拠の書類。

 ……国王は、ことの重大さすら全く理解していなかったのだ。

 それは違法な聖導具に自らが加担していたという証なのに。



「つまり──父上はフォンタナ元宰相に過少に言われていたにせよ、聖導具が精神に影響を与えることを知っていたということだね」



 クロードが机に肘をつきながら、両手を顎の下で組み、にっこりと微笑んだ。


 王太子であるクロードから、彼の父である国王を告発する言葉に、長官たちは衝撃を受けた。

 そして察した。

 クロードが父を完全に見限ったことを。


 長官たちはごくりと喉を鳴らしたあと立ち上がり、胸に手を当て、クロードに深々と頭を下げた。

 ──それは、次期国王であるクロードに付き従うという証。


 我々の計画通り運び、恋愛至上主義に対する法改正について長官すべての賛成を得て、一気にことは動き出した。

 




 クリスティーヌは相変わらず面白い。

 諸事情により、彼女と口づけをすることになったり、それをなんでもないように言う彼女に少しばかり苛立ちを覚え、毎日の日課に抱擁を加えたり。


 相変わらず面白いように誘導に乗ってきてくれるのだが、なぜ仕事となるとここまできびきび出来るのか、そのギャップが不思議でたまらない。


 物理的距離は精神的距離を縮めるものだ。

 このかわいい生き物に自分自身が惹かれてきているのも分かっていたが、この年になると、ある程度感情の制御も出来るというもの。


 十歳も年上なうえに、彼女は恋愛に対して忌避感がある。

 このまま恋愛関係にならずとも夫婦関係に変わりはないし、穏やかな日常が送っていけたらと思っていた。


 彼女が自分にそういう感情を向けない限り、保護者の延長のようなものでいようと。


 最後のストッパーは、しっかりと自分にかけている。

 ──外してしまえば、どうなるかも分かっているが。



 ある日の会議後、彼女と離れたところで話をしていたところ、一人の若い文官がクリスティーヌに近づき暴言を投げかけたことに気が付いた。

 文官の直属の上司である課長はパトリックの目の前で『あいつは何を言っているんだ!』と真っ青になり目を見開いている。


 たった今、精査できていなかった議題の謝罪を受けているというのに、若い文官は自分の課の段取りが悪かったことを棚に上げ、まったく関係のないクリスティーヌに責任を押し付けようとしていた。



「あれは確か──ピエール・ガルレ……だったな」

「ひぃ……っ! あの……うちの若いのが申し訳ございません! ピエールに代わって謝罪いたします! あいつ、宰相閣下にあこがれていて……!」

「なるほど。それでミュラーに嫉妬している……とでも? 彼は彼女の腕章が見えていないのだろうか? 腕章なしの自分より上の立場にあることが見えないのなら──そんな目玉などいらないのではないか?」

「……っっ、いえ、あの……!」



 心底不思議そうに話すパトリックに、青ざめ震える目の前の男は、きっと『宰相閣下ならやりかねない』とでも思っているのだろう。



「それとも、腕章の色が専任補佐官だけ違う理由を知らないのか? あれは私直属という証。あれに意見するということは私に言ったのも同じこと。まさか、それすら知らぬとは……教えてないとは言わぬよな?」

「っっ!! も、もちろんですっ!」

「…………まぁ良い。今後彼には一切この件は伝えるな。それが守れるならきみの部下への指導力不足については目をつぶろう」

「は……はいぃっ!」



 優雅に微笑んだパトリックに、文官はただひたすら冷や汗をかいていた。

 その後、ひどく傷ついたクリスティーヌを無理矢理休ませたが……タオルを必死で押さえながら、気づかれまいと声を押し殺してパトリックの膝の上で泣いていた彼女を見て。


 ──ピエール・ガルレ。わが妻を泣かせた責任はしっかりと取ってもらうぞ。


 先ほどより強い気持ちで決意した。



 ◇


 時が経ち、クリスティーヌがふと言った言葉に、我々は衝撃を覚えることになった。

 それは劇に登場する悪役令嬢と、劇では描かれていないその家族のフォンタナ元宰相についてだった。



「もし……もし私が、悪役とされたその侯爵令嬢の親なら。すべてが濡れ衣で、娘がこんな理不尽な目にあったのだとしたら。私は──到底受け入れられないと思います。たとえ王命でも」


 続けて彼女は言った。


「私なら──私の大切な娘がそんな目にあったのなら。こんな国、滅んでしまえばいいと──思うかもしれません」



 随分家族仲が良い設定だ。

 パトリック自身もクロードも、家族関係は淡白だったと言えるだろう。

 自分の家族のためにそこまでする発想は微塵もなかったから、愛情深い場合はそういう発想になるのか? と苦笑した。


 だが──次の彼女の言葉に唖然とした。



「あっ! そういえば当時の宰相閣下が今の陛下に誓った言葉って、別の意味にも取れますよね! 悪い意味で永遠に名を残してやる、なんて風にも取れませんか!?」



 その言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


『私は王太子殿下の名が永遠に残るよう誠心誠意お仕えし、この国に尽力し忠誠を誓います』


 フォンタナ元宰相が、娘の婚約破棄後に言った言葉。

 現国王の名が永遠に残るように、という言葉に、パトリックは背筋が凍った。

 そして──これこそが真実なのではないかと。


 そこに気づいたクリスティーヌに感動し、強く抱きしめた。


 彼女の誠実さは、素晴らしい武器。

 清廉でどこまでも白いからこそ、理解できることがあるのだろう。


 ──だからこそ、素晴らしい。

 すっかり泥にまみれ、汚れた自分とは違うからこそ。



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