sideレオン④ 誘導


 クリスティーヌが文官になって二年半が過ぎた。

 彼女は驚きの早さで着々と昇進を重ね、いつの間にか精鋭集団と呼ばれる『宰相補佐室勤務』となった。


 久々に帰って眠る彼女を見れば、激務のせいですっかりとやせ細った姿にしっかり食べさせるよう家令に命じた。

 そしてある日──アイリーンからクリスティーヌを専任補佐官に推薦された。



「あなた、シャルロットの前で眠ったのですって? 人がいると寝られないのかと思っていたわ。あの子の補佐力は非常に優れているし、あなたを怖がってもいなかった。それに……専任補佐官がいないあなたのことを心配していたわ」

「……」

「きっとシャルならあなたとうまくやれると思うの。ミカミ室長も、専任補佐官が来ればもっとこっちの動きもスムーズになると言っていたわ」



 クリスティーヌの仕事に一切口も手も出さないと決めているため、NOと言うこともパトリックには出来ず、了承するしかなかった。


 たしかに専任補佐官がいない現状がおかしいのだが、パトリックの元では怯えて本来の実力を出せなかったり、やたら明るくてパトリックの仕事の邪魔になったりと様々だった。

 それならば一人の方がまだ楽であると判断した結果今の現状だったため、もちろん使える人間ならいてもらえる方がありがたい。


 ……ただ不安要素として、もし能力的に専任補佐官に相応しくないと自分が判断した時に、それを彼女に伝えなければいけないことだ。


 気まずいこと、この上ない。




 そうして宰相補佐室勤務たった半年で、気付けばクリスティーヌは宰相室専任補佐官として自分と毎日同じ部屋で過ごすこととなるのだった。


 クリスティーヌはもちろんパトリックのことを夫だと知っている。

 もちろんパトリックもそうだが、クリスティーヌはばれていないと思っているようだ。どういう原理で自分がそのことを知らないという思考になったのかは不明だが、交流自体がないのだから仕方がないのかもしれない。


 そのうえで一緒の部屋で仕事をしようとしているのだから、今回は自分が夫である立場を前面に押し出せば仕事がしにくくなることは明白。

 妻扱いはせずにやっていこうと決めていた。


 一緒に働いてみてわかったが、確かに補佐という面ではトップクラスの実力。

 そして柔軟な姿勢なため軋轢も生みにくい。

 丸く収めようとするが、締めるところはしっかりと締めている。

 確かに有能この上ない。


 働く前に『もし専任補佐官に相応しくなかった場合』という不安要素は、即座に払拭された。


 慣れるにつれ、ふと自分にうろたえた姿勢を見せる彼女の染まった頬が面白くて、妻として扱わないと決めたにもかかわらず……ついちょっかいを出してしまう。

 警戒心が強いし、ほかの者とは大きな距離をあけるのに、パトリックにはすぐ真横までの距離を許す。


 その様子に、徐々にこちらも気を許してしまう。


「お菓子あてゲーム」なんて、普通信じるか? という内容であり、もちろん冗談で済ますつもりだったのにアッサリと受け入れ、口を開けるのがかわいくて仕方がない。

 このゲームにはちゃんとした意図があるのだが、別に目をつぶって菓子を口に入れる必要など皆無だ。


 日々、なんだこのかわいい生き物は、と思っている。

 そして同時に、ほかでやってくれるなよ、と切に願うのは……自分の中で生まれた新たな感情だった。



◆◆



「宰相閣下。ようやく解明できましたよ! この聖導具はリラックス効果……と前は言いましたが、それ以上ですね。多幸感がもたらされるようになっています。あとは、暗示の効果でしょうか。そこまで強くはないので、暗示にかかりやすい人、影響を受けやすい人などが中心となりますが」

「劇のセリフと一緒に俺たち考察したんですよー。つまり一番最後のセリフ『愛こそすべて!愛こそ真実!』の言葉が暗示部分となりますねー」

「そうそう。影響を受けやすい人は、愛があれば何でも大丈夫! と熱狂的になるでしょうし、それ以外の人も多幸感がもたらされるので、よほど意思の強い人じゃない限り、その考えに賛同しやすくなると思います」



 完成した『テルニア』と名付けられた通信用聖導具を現在せっせと量産する聖導具士三人は、手を動かしながら全く違う話をする。

 開発が終わってしまえばあとは個数を制作するだけだが、開発が大好きな聖導具士たちはすでに同じものを制作することに飽きている。



「確実に禁止の代物ですね。これ……ばれたら世界中から非難されますよ」

「だろうな……。悪いがもちろん」

「はいっ! 我ら三人、絶対に漏らしません!」

「頼む。早めにすべて回収する」



 お口にチャック! とジェスチャーをする三人にパトリックは厳しい顔で頷いた。




 クロードと二人、夜中に今日の情報を共有する。



「つまり……多幸感を得ている時に、それを熱狂的に声高に叫ぶ人物が少数いるとする。たった一割でも……いや、それ以下でもいいのかもしれない。そうなったときに、人は『なるほど、そうか』と受け入れやすくなる。そして大きな声で叫ぶ者がいると、その意見にたとえ否定的でも声の小さなものは臆して言えなくなるし、自分は少数派なのだと誤解し口を閉ざす。そうして賛成の者は急増していったのだと考えられる」

「それで意識改革をしたっていうこと?」

「そうとしか考えられない。劇を見たことがない者で否定的な者はいても、そのうち周りの考えに感化され仕方がないと思うようになる者が多くなったのだろう。若い者からすれば最初からその考えが普通だと思っているのだから、否定的になることの方が少ないはずだ」



 珍しくグイッと酒を煽りながらパトリックはため息を吐いた。



「だが、一体だれが……? フォンタナ元宰相の指示とはなっているが、彼がそんなことをする理由がない」

「あそこの家はジュリエッタ様が他国に嫁がれて、跡を継がれたばかりのフォンタナ侯爵も事故で亡くなられたからなぁ……黒幕は他にいるということだよね」



 詳しそうな人間はすでにいない。国王に聞いても無駄。答えるはずがない。

 だが、フォンタナ元宰相を操った人物がいるというのがパトリックとクロードの共通した考えだ。


 婚約破棄され、追い詰められ国から逃げた娘。

 それをさらに悪役に仕上げるような物語を、父親が主導して作るはずなどないのだから。



『恋愛至上主義』を浸透させ、国王夫妻を正当化するために国民感情の誘導が意図的におこなわれたのは確実。

 だが、黒幕は不明のまま。

 そして国王が主導したということも、まずない。

 これは二人の共通認識だ。彼にそのような能力が皆無だから。


 なにかのピースが足りていない。

 パトリックとクロードは、今回の資料を見つめながら同時にため息をついた。

 




 主要長官たちを集め、極秘会議をおこなった。

 劇で使用されている聖導具について説明をおこなった。


 このことについて知っていた者は、当然のことながら一人も存在しなかった。

 全員驚愕していたし、あってはならぬことに憤った。

 国民の意識が作られたものであるかもしれないということに「信じられない」と言う者もいたが、納得せざるを得ない証拠の数々を提出され、最後には肩を落とし、うなだれていた。


 禁じられた聖導具を使用して意識改革をしているのだから、実行者のフォンタナ元宰相のみに責任がとどまるはずがない。

 しかもすでに亡くなっている人物。

 露呈してしまえばその矛先が現在の国家に向かうのは明白。


 軽いものとはいえ、洗脳に近いことをやったのだから。



「結局、誰が黒幕なんだ?」

「フォンタナ元宰相は気の弱い人だったから……娘のことを盾に誰かに命じられたのだろう」

「国王陛下がもし命じていたとしても、このような計画を考えられるとは到底思えません。他に参謀がいるはずでしょう」



 皆の意見は、パトリックやクロードが考えたものと相違なかった。

 だが黒幕については誰も心当たりがなく、頭をひねるだけだった。



「なんにせよ、このまま他国にこのことがバレれば、恋愛至上主義による問題ですでに落ちかけている我が国の信用が──完全に地に落ちる。一刻の猶予もない。なんとしても迅速に解決をするぞ」



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