sideレオン③ 聖道具士
◆
それが判明したのは、偶然だった。
パトリックは宰相になりしばらくしたころから、各省を通信で結ぶ聖導具の開発を依頼し進めてきていた。
聖導具は聖石と呼ばれる特殊な石を動力源として、専門の聖導具士が制作する。
聖石を扱える聖導具士は大変珍しく貴重なため聖導具も常に高値が付く。
だが聖導具士の多くが基本的に新しいものを作りたい、研究をしたいという性格のため、研究費使い放題で興味がそそられる聖導具の開発に率先して名乗り出たのが、現在王宮で開発作業をする3名。
王宮の一室を作業場にして3人がこの三年、日夜研究を重ねてきて、試作品を作っては改善点がまた出るという日々を繰り返している。
進み具合を確認するためにパトリックがその部屋を訪れた際に、その開発の任に当たっている一人が、ある日ふと言ったのだ。
「そういえば宰相閣下。あの劇で使われている聖導具は……大丈夫なのですか?」
不安げにこちらをチラリと見ていた。
「……劇とは『黒の王子と金の乙女』のことか?あれに聖導具が?」
「え? ほら、一番最後に出てるじゃないですか。ピンクのキラキラ光る、あの大きな石ですよ」
「……あれは聖導具だったのか。何の効果が?」
「僕、この前あの劇初めて見たんですよね。今まで山の中だったから見る機会なくて。少しだけしか見てないし詳しくは言えませんが、なんかリラックス効果はありますよね? ほわっと独特の波動が出ましたし……でも、精神に影響を与える聖導具は禁止されてますよね……?」
その独特の波動というのは、聖導具士にしか分からない。
それに精神に影響を与える聖導具の使用は、何十年も前に世界で禁止となったはず。
──背筋が凍った。
「それ、実物があれば調べることはできるか?」
「えっ!? 調べさせてくれるんですかぁ!? もちろん調べればわかりますよ! 解体しても怒りません?」
「まぁ構わないが。ひとまず手に入れるまでしばらく待ってくれ」
その話を聞いたほかの二人も嬉々として目を輝かせ、根っからの研究者気質の片鱗を見せていた。
◇
その後パトリックとクロードは当時の上演責任者と政府関係者を調べ、この演劇の上演に、当時の宰相が深くかかわっていたことを突き止めた。
「当時の宰相って……」
「今は亡き、フォンタナ元宰相だな」
「フォンタナ宰相って……あれ?その令嬢ってまさか」
「そうだ。陛下が王太子だったころの婚約者、ジュリエッタ様がその娘だ」
「……他国に嫁がれたよね」
「あぁ。離れた国に嫁がれたはずだ」
「フォンタナ宰相……小さい頃に会ったの、少しだけ覚えてるよ。いつも優しくて笑顔の人だった」
フォンタナ元宰相の娘ジュリエッタは幼少の頃より、現国王の婚約者だった。
それが学院時代に婚約破棄をされ、庶民の女にその地位を取って変わられたにも関わらず、婚約破棄されたジュリエッタの父親である彼はその後もこの国に尽くしてきた。
婚約破棄後も宰相として勤め、今から十年程前に病で亡くなっている。
物語の中では、ジュリエッタは非道な行いをしていた悪役令嬢として描かれているにもかかわらず、父である彼は国に忠誠を尽くし、働いたと聞いている。
だがそれは……本当に忠誠だったのだろうか。
◇
パトリックとクロードが忙しい最中何とか時間を作り、お忍びで王都の劇場に足を運び劇場の者に話を聞いた。
その聖導具は一番初期から使われているものらしく、とにかく大切に扱うように、毎回使うようにと言われているのだそうだ。
「貴重なお品だと聞いています。これがあると劇が盛り上がるのだと伺っていますが……当時上演に携わっていた人って……ねぇ! 上演の初期からいた人ってだれか知ってるー?」
「初期って……もう30年も前だろ?」
「あ……リオル婆さんは? ほら、寮母の」
「あぁ、確かに。昔劇のほうにも関わってたって聞いたことあるな」
演者は寮生活をしている人が多く、昔からリオルという年配の女性が寮母をしているそうだ。
案内してもらい、リオルを紹介してもらえば、白髪ながらも背筋をピンと立て、気品すらみなぎるように見える彼女は、昔は『金の乙女』を演じていたという。
「私が金の乙女を演じたのは、2代目となりますが。最初のころも端役で出演しておりましたよ。一番最初にこのお話が来た時のこと、よく覚えております」
小さな劇団に、とある貴族から声がかかった。
指定のストーリーで上演し、最後にこの石を高らかに掲げてほしいと。
「このストーリーが、当時世間を騒がせた王太子殿下の醜聞であることは分かっていました。ですが、破格の報酬でしたし、私たちが演じることで世間のイメージを緩和させたいのだろうという狙いもわかりましたし、引き受けたのです」
このリオルは『醜聞』と言った。
やはり最初から『恋愛至上主義』が持ち上げられていたわけではないし、反対していた者もそれなりにいたというわけだ。
「こんな話ですから最初こそ、石でも投げられるんじゃないか、罵声を浴びせられるんじゃないかって思いましたよ。でも……上演が終わると、スタンディングオベーションの嵐でした。呆気にとられたのは私たちのほうでしたよ。それからはどこに行っても、どこで上演しても拍手喝采で私たちも気をよくしたものです」
その男の風貌を聞くと、フォンタナ元宰相自身であることは容易に想像がついた。
当時を思い出したのか、ほんわかと目尻に皺を作り微笑むリオルは、そのあと少しためらってこう言った。
「それで気づいたのですけど。最初から観客の中にいつも終了直後に大きな声で声援を送ってくださる方が何人もいらっしゃって。その方たち……用意された方だったのですよ。サクラというのでしょうか? わざとらしいから最初は私たちも気恥ずかしく見ていたのですが……その方たちに釣られて皆さんも大きな歓声を上げるんです。段々その数が増えていって、気づけばサクラの方などいなくとも熱狂的な方が大勢観にきてくださるようになったものです」
フォンタナ元宰相はこの劇を何が何でも成功させたかった、そして良いものとして広く浸透させたかったということか。
劇場を後にした二人はその夜、王宮のクロードの部屋で話し込む。
「なんか変な話だよね。婚約破棄された側の親がなんでそんな……」
「……娘に興味がなかった、とかだろうか」
「それは分からないけど。あっ! そういえば、僕良いこと思いついたんだ!」
「なんだ」
「父上に法改正の承認を得るために、だよ。将を射んとする者はまず馬を射よ、っていうだろ? だから母上から攻めようと思って。ずっと観察してたんだよね」
すでに良い年齡だというのに、相変わらず純真無垢そうなあどけない笑顔を向けるクロードは、実際のところ純真無垢などではない。
宰相就任直後に働かない者を一斉に切り捨てたパトリック以上に、最近ではえげつないことを考えることもある。
「母上はコロコロ相手を変えるだろ? だから父上も安心してるんだよ。どうせ遊びだって」
「……なるほど。つまり──本気なら焦る、と。そうだな、離縁されてはたまらないからな」
「その通り! 父上にとって離縁は絶対してはならないことなんだ。自分のプライドのためにも国の威信のためにも。でも、今の法なら母上が本気でほかの人を愛して王宮から逃げ出そうが、母上にはなんのお咎めもない」
「そこを狙うというわけか」
つまり、王妃という立場すら捨てさせるほどの本気の恋愛をさせる──ということだ。
体面がある国王はそれを許したくないだろうし、それならば罰則を作ることで逃げ出すのをためらうようにしてしまえばよい、と唆すという話だ。
国王の心の拠り所は、自分が『黒の王子と金の乙女』で絶大な人気を誇っていることだけなのだから、金の乙女に逃げられてしまった黒の王子……など、そんなことは絶対に認めたくないだろうから。
その話はすぐさま始動することとなった。
王妃の好みの傾向から選ばれたのは、宰相補佐室の課長であるアイリーンの兄、ローレンに白羽の矢が立った。
ローレンは、鍛えられているが細身の体。
甘いマスクのプレイボーイであり、王妃より一回り以上年下の30代後半だが伯爵家次男という立場から遊び続け、婚姻歴すらない。
芸術性に優れた彼は様々な楽器をたしなむ。
アイリーン経由で届いた破格の報酬のこの話に、ローレンは非常に乗り気ですぐさまに偶然を装った出会いの場がもたらされ、プレイボーイと名高い彼の手練手管に……。
王妃はあっという間に陥落したようだ。
様々な女性との交際経験を持つローレンが、一途に年上の王妃を愛す男を演じ「こんな想いになったのはあなただけだ」とほかの女性をすべて切る手法をとった。
パトリックとクロードは、遠い目をしながら書類を机に置いた。
「なんか順調なんだけどさ……どことなく微妙な気持ちになるね……」
自分たちが仕掛けていている卑劣な手法とはいえ、ローレンからアイリーン経由でもたらされた進捗状況を記載した報告書を見せられれば「愛とは一体……?」のような問いが頭に浮かぶパトリックとクロード。
この計画が発動して以来、国王には一切法改正の話はしていない。きっと彼はもうそんな話を出されたことすら忘れているだろう。
最適な時期になるまで、そんな話はなかったこととし、水面下のみで動いている。
大きなため息をついたパトリックは、よし、と席を立った。
「──今日は屋敷に帰る」
「え、もう夜中だけど」
「領地の決裁案件がたまっているらしい。あと……クリスティーヌの顔でも見てくる」
「……僕もエリザベートの顔見てくる」
どことなく心がすさんできた二人は、妻の顔を見ることに決めた。
屋敷に戻ったパトリックは、一番にクリスティーヌの部屋に行き、彼女がすやすやと眠るベッドの横に座る。
彼女の仕事の評判は素晴らしいものだった。
自分が宰相職に就いた時に不正を働いていたものを大々的に人員整理をしたことにより、現在は人員不足。それに対する対応も計画中なのだが、まだ準備中だ。
彼女も激務で大変なようだが。
楽しそうに働いております、という家の者の言葉を聞き、ひそかに安堵している。
そんな彼女を目を細めて見つめ、亜麻色のその髪をやさしく撫でれば……自分の心がほぐれていくのを感じるのだった。
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