sideレオン② 出会い

◆◆


 数年ぶりに参加した夜会。

 ここは連日連夜夜会が開催される社交場『ナイト・ルノワール』。


 会場に入るなり、クロードは「あっち行ってくるから、また後で」とにこやかに片手を上げ、別行動。

 そしてパトリックには、次から次に寄ってくる香水のキツイ女性たち。仕事以外で人前に姿を出すことのないパトリックの正体には、気づいていないようだ。


 甘い蜜を求める女性たちの絶好のターゲットとなり、許しをえずに腕にしがみつかれたり、一夜のお誘いすら頻繁に受ける。



「悪いが興味ない」

「タイプじゃない」

「他を当たってくれ」



 そうストレートに言い、この夜会で利用する人があまりいないカウンターバーのほうへ一人足をのばした。

 クロードが遠くのほうで人と話しているのを確認し、調べ物は順調そうだと安堵する。



 しばらく一人で飲んでいたところ、一人の女性が隣にやってきて、シェリー酒を頼んだ。

 ふと隣を見ると黒いドレスで大人っぽく見えるが、どこかあどけなさも感じるようなきれいな子だった。


(20歳くらいか? どこの家の子だろうか)


 シェリー酒は一夜のお誘いの口説き文句に使われたりもするのだが、彼女は意味を知らないのかもしれない。


 自分に色目を使わないその態度が少し面白くなり話しかけていると──

 なんと彼女はたった一杯で酔っぱらってしまった。


 そして酔っぱらった彼女は驚くことを言ったのだ。



 ──この『恋愛至上主義』が心底嫌なのだと。


 愛だの恋だので契約をすべてなかったことにしてしまえるのがありえない。

そんな婚約者にも自分の父にも一泡吹かせたい。

 だから偽装恋愛して婚約を破談にしてくれる人が欲しい、と。


 同じ考えの人に出会ったことに、心が躍る。

 話の内容と名前から、彼女がベッソン侯爵家の娘のクリスティーヌであることはすぐに判断がついた。

 学院の成績トップで論文も非常に面白かった記憶がある。


 きっと彼女の話には誰も賛同などしなかっただろう。話すことすらできなかったかもしれない。

 それなのに、周りの雰囲気に飲まれることなく、自分で考えその意思を貫こうとするその姿勢に、興味をそそられた。



「捨てられることに怯えながら結婚生活なんて送りたくないですから、私は結婚には向いてないです」



 そういって困ったように微笑んだ彼女は美しくきれいで。

 自分の中の何かが確実に言っていた。

『彼女を逃がすべきではない』と。



「では俺と結婚しようか」



 そう彼女に告げれば、かわいらしい顔でキョトンとしたのだった。




 自分と結婚することの様々なメリットを上げ半ば強引に承諾させ、クリスティーヌと結婚の約束をしてしばらくしたころ。

 彼女が文官の試験を受けたことを知った。

 名前はミドルネームと母親の実家の家名を借りたようだが、学院首席だけありスムーズに合格していた。



 その後クリスティーヌの卒業式前夜に家にあいさつに行き、予想通り彼女からは「だましましたね」と言われた。


 すべて大まかな説明をしていたため、自分が宰相だなどと思いもしなかったのだろう。


 それもそのはず。

『パトリック・バスティーユ』は自分しかいないが、『レオン・バスティーユ』という者は家門の末席に実在している。

 年はパトリックよりも若いが。彼女の慎重さでまったく調べなかったということはないはず。


 そして調べた結果、実際に『レオン』が存在したことで「この人なのだ」と安心したに違いない。

 貴族名鑑に顔は掲載されないから、その勘違いはもちろん想定していたのだが、まぁ嘘を言ったわけではないし……実際クリスティーヌにとって自分が誰より一番好条件だと思っている。


 むくれた顔もかわいらしい彼女は、この契約婚をそのまま続行してくれるようだ。


 その判断すら想定内ではあるが──それに対して「嬉しい」という感情が自分の中で予想以上に溢れたのだけは……唯一想定外だった。



 彼女の卒業式にはもちろん参加させてもらった。

 クリスティーヌの『元』婚約者殿に挨拶せねばならなかったから。



「はじめまして。フィリップ・ロッシェだな? クリスティーヌの『元』婚約者の」



 くるりと振り向いた男が目をぎょっとさせたのは、すでに昨日早々に届けた書簡によりパトリックの正体に気づいたからに他ならないだろう。



「私はパトリック・バスティーユ。現在この国の宰相の任についている。昨日書簡を届けたのでロッシェ伯爵から聞いたかもしれないが、この度クリスティーヌと結婚することとなった」

「は……はじめまして、宰相閣下。フィリップ・ロッシェと申します。……クリスティーヌとは本当に恋仲に?」



 怯みながらも、彼のその目は嫉妬に燃えていた。

 彼はクリスティーヌにまったく気がないと聞いていたが、どうやら……違ったようだ。



「あぁ。彼女とはもう出会って半年になる。私も忙しい身ゆえ、なかなか会うことも難しかったが出会い以来、ずっと文を交わしてきた。初対面で大変意気投合してな。お互いこれ以上の良い相手はいないだろうと、すぐに決心したんだよ」



 本当に会う暇など全くなかった。

 執務でも外交でも問題が噴出していて、なんとか必死でクリスティーヌとの結婚のために時間を捻出している。


 十歳も年下の男に余裕をもって微笑めば、フィリップは何も言うことなどできなくなってしまったようだ。



「きみも常に他の人を求めていたと聞く。きみにも私たちのように良い相手が見つかることを祈っているよ」



 『元』婚約者殿を円満に片付け、少し前から持てるすべてのものを使い準備をしてきた結婚式では、花嫁姿の彼女は美しかった。



「パトリック。結婚するっていうから何事かと思ったけど……本当にきれいな子だね。で、本気で惚れたの?……お前が?」



 ──惚れたわけではないが、好ましくはあった。

 あふれ出るニヤつきが止まらないクロードが、ひそひそと小声で話しかけてくるが、それに対して返事はしない。

 そして彼は横目でこの国のトップである自分の両親を見ながら、ボソッとつぶやいた。



「こういう時だけよく仲が良い振りなんてできるよな。まぁそれくらいしてもらわないと、なんだけど。他は何の役にも立たないんだから」

「お前もよくその無邪気そうな顔を保ちながら毒が吐けるもんだ」



 たった2か月の留学をして以来、クロードは完全に両親を見限った。

 父親を見てこんなものだろうと思っていた王様業は、よその国では献身的に国のために尽くそうとしていたのを目の当たりにしたからに他ならない。


 劇の中では非常に優れた人物として描かれている『黒の王子』こと現在の国王は、実際には何もしない、する気もない、お飾りでしかなかった。

 お飾りならお飾りらしく臣下の言うことを聞いておけばよいのに、それもせず文句はつける。

 筋の通った意見など何一つ言えないにもかかわらず。


 そんな父親と他の国をみた王太子クロードは十年の歳月を経て、表面上は昔と変わらず好青年だが、今ではその顔の裏で様々な計画を企てる人物になってしまっている。

 パトリックはそんなクロードに満足している。



 そして結婚式後、クリスティーヌを屋敷に案内すれば……あとはもう帰る暇などなくなってしまった。


 彼女自身もそのあとすぐ文官としてデビューし日夜多忙な毎日を送っているため、用事があり夜中に屋敷に戻ろうとも確実に寝ていた。

 そして驚くほど起きない。

 本当は、昔の政略結婚のように食事やティータイムを重ね、ゆっくりと交流を深めていけたらと思っていたが──彼女は起きる気配すらない。



「──たまにはその瞳を見せてくれても良いのだぞ……?」



 宝石のようにきらめくアイスブルーの瞳は閉じたまま開くことはなく、たまに撫でているのがくすぐったいのか「ふふっ」と笑う。


 パトリックの手を捕まえぎゅっと自分の頬に添えるクリスティーヌに、起こしたいのに起こせない葛藤を抱え、今日も苦笑するのだった。



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