宰相室専任補佐官18 忠実か、脚色か。②

「……悪役とされた令嬢の、御父上は宰相職だったのですよね?」

「そうだ」

「……仲がよろしくなかったのでしょうか」

「仲が悪かったとは聞いていない」

「けれど、その後は娘を見捨て、陛下の忠臣としてその後も宰相職に従事していたのですね」


 この話は劇でも本でも、金の乙女を悪逆非道な方法で虐げた侯爵令嬢が国外追放され、黒の王子と金の乙女がこの国の繁栄を願い「愛こそすべて! 愛こそ真実!」と手を取り宣言するのだ。

 宰相職を辞するとも思われた悪役令嬢の父は、娘が追放された直後に現国王、当時の王太子に忠誠を誓った。

『私は王太子殿下の名が永遠に残るよう誠心誠意お仕えし、この国に尽力し忠誠を誓います』と。

娘を手酷く傷つけた相手に。


「……そうだな」


 そう言ったレオン様の顔は、どこか厳しく、そして切なかった。


「家族は本当に何もしなかったのでしょうか? もし……もし私が、悪役とされたその侯爵令嬢の親なら。すべてが濡れ衣で、娘がこんな理不尽な目にあったのだとしたら。私は──到底受け入れられないと思います。たとえ王命でも」


 断言した私に、レオン様がハッとしたようにこちらを見た。

 自分の娘なら。手塩に育ててきた、かわいい娘がそんな目にあっていたら。


「その場合、きみならどうする……?」

「そうですね……。すでに周りからは裏切られているわけです。王子と平民との恋愛など、平民の多くは持ち上げるでしょうし、誰も味方になってはくれなかったから国外追放なのでしょう。私なら──私の大切な娘がそんな目にあったのなら」


 私は一度目を伏せ、しっかりとレオン様を見据え……きっぱりと言った。


「こんな国、滅んでしまえばいいと──思うかもしれません」

 

 子どもなんていないけど。

 目の前の結婚相手と、私の実際の姿での交流など皆無なのだから、出来る予定もないのだけれど。

 それでも私は……私の母のように娘を捨て、愛に走ることは絶対にないだろう。


「それは──武力で?」

「そんなことは私にはできませんけど……たとえば、この国が他国からそっぽを向かれて、いずれ自滅するようにとか、元凶がその責任をとらざるを得ないようにとか……具体的には何も浮かびませんけど」

「回りくどいな」

「ふふっ。そうですね。でも……大切な娘が傷つけられたのなら。一思いに相手を排除すれば終わりだなんて、そんな生ぬるいことはしません。真綿でくるむように、徹底的に絶望に落としたいです」


 レオン様はハッと何かに気づいたような顔をしてしばらく考え込んでいた。

 そして、ぽそりと呟いた。


「…………きみは存外に物騒だな」


 ですよね。引かれてしまったことだろう。

 ……嫌われただろうか。

 しゅんとうなだれていたら、レオン様がクスッと笑ったのでそちらを見た。

 頬杖をついた彼は、優しいまなざしで私を見つめていた。


「私の場合はすぐさま排除するだろうが、そういう考えも好きだ。なかなかに面白い。だがその場合──国がつぶれるまで……その思いは止まらないのだろうか」


 目を伏せた彼に、私は外を見た。

 昼過ぎの青い空に、白い鳥が数羽仲良く飛んでいた。

 木々がそよぎ、柔らかな風が吹いていることが分かる。


「……あれは間違いだったと誰かが声を上げてくれたら。賛同者がいてくれたら。溜飲も下がるのかもしれませんね……。何年も同じ激情を持ち続けるのは難しいことです。いつか時間薬で少しずつ癒えた時に……あれは間違っていたんだと誰かが言ってくれたら」


 スッと憑き物が落ちたように感じることも……いつか来るのだろうか。

 復讐心が癒えることはあるだろうか。

 どうでも良いとなることは一生ないだろう。

 けれど……理解してもらえるというのは何よりの薬なのではないだろうか。


 ──って、空気が重い。

 しんみりしてしまった。

 私のただの空想でこんなシリアスな雰囲気にしてしまったことに、段々といたたまれなくなってきた。

 そして今ひらめいたどうでも良いことを発言してしまった。


「あっ! そういえば当時の宰相閣下が今の陛下に誓った言葉って、別の意味にも取れますよね! 悪い意味で永遠に名を残してやる、なんて風にも取れませんか!?」


 ただの言葉遊びだ。フフッと笑いながら言った。

 そんなはずないだろ、とレオン様が笑ってくれることを期待したのだけど。


 ……レオン様は、目を丸くして驚いたようにこちらを見ていた。

 

 とんでもなく余計なことを言ってしまったようだ。不敬罪どころではないのかもしれない。慌てて口を手で塞いだ。

 ちょっと……いや、かなり調子に乗ってしまった。

 実は私、結構想像力豊か。それを普段口に出さないだけで。

 

 私は勢いよく立ち上がり、頭を下げた。


「も、申し訳ございませんっ。あのっ、すべて忘れていただけると……ひゃっ」


 レオン様が、私をギュッと抱きしめた。

 一抱擁ではない時に抱きしめられるなんて心の準備がまったくできておらず、一気に顔が真っ赤になった。


「えっ!? あ、あのっ!?」

「シャルロット! 本当にきみは素晴らしいな!」


 そう言って私の背中をポンポンと叩き、さらに頭も撫で……肩を掴み距離をとってにっこりと微笑んだ。


「クロード殿下の執務室に行ってくる。夕方までのスケジュールをすべて空ける方向で調整してくれ。頼んだ!」

「へ……!? え、あ、はいっ!」


 レオン様が手帳を持って宰相室から足早に出て行った。

 ……ご機嫌だった。


 残された私は赤い顔のまま、ただ呆然としている。


「……な、な、ななんなの!? 不意打ちは卑怯すぎる……!」


 そしてようやく理性を取り戻してからは、羞恥から文句を言いつつ、各方面へのスケジュール調整に奔走するのだった。




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