宰相室専任補佐官17 忠実か、脚色か。①

 宰相補佐室に顔を出すのは一日に何度もあるのだけど、その日の昼間は珍しく補佐室がざわついていた。

 補佐室で二人が言い争いをしていたからだ。

 一人は補佐室のメンバー。もう一人は他省の人だ。


「どうしたんですか?」


 言い争う二人を、ロンさんが離れたところからオロオロした様子で見ていたので声をかけた。


「地方で『黒の王子』の劇が上映中止になってる話をしてたら、あれはフィクションだっていう先輩と、事実に忠実だっていう文官でヒートアップしちゃって」


 ロンさんがため息をついた。


「あれは完全に事実に基づいてる! 忠実に再現されてるんだ!」

「いや、さすがにかなり盛ってるのは分かりきってるじゃないか。それを踏まえて楽しむものだろ?」

「それは陛下を馬鹿にしている!」

「そんなわけないだろう? 劇が忠実かどうかと、陛下御自身を尊敬するかどうかはまったくの別問題だ」


 ……アイリーン課長が『心底どうでもいい』というような顔をしている。目が死んでる。私は課長に同意。

 ステファン先輩は我関せず、と黙々と仕事をしていたが、ぼそりと「うるさい」言っているのが見えた。


 ちょうど補佐室に戻ってきたミカミ室長が騒動に気づき、パンパンと手を叩いた。穏やかな表情で「はい、そこでおしまいです。仕事に戻りましょう」と言えば、もめていた二人は肩をすくめ、謝罪していた。



 ──宰相室に戻り作業をしながら考えていた。

 あの『黒の王子と金の乙女』について。

 私は当然のことながら大きく脚色されていると思っている。


「だって……絶対おかしいわ」

「なにがだ?」


 レオン様が執務机から話しかけてきた。


 レオン様……いたんだった。

 この話のことを考えると、いつもモヤモヤしてしまい、ひとり言が多くなる。

 本日も口からポロリと漏れていたことに気づき、慌てて口を押さえた。


「し、失礼いたしました。なんでもございません」

「何がおかしいんだ?」

「いえ、仕事の話ではございませんので。私語を失礼いたしました」

「いいから。なんの話?」


 レオン様が眼鏡をカチャリと外し、しっかりと私を見据えた。

 しばらくためらってから、私はぽそりと告げる。


「──『黒の王子と金の乙女』について考えておりました」

「……なぜ?」

「先ほど、この作品が実際の出来事に忠実か、それとも脚色されているのかについて話している方たちをお見掛けしまして」

「なるほど……。シャルロット。きみはどう思う?」


 彼の目が、なぜか楽しそうに弧を描いた。

 私は返答に困り、「そうですね……」と言いながらコーヒーを二人分、淹れ始めた。

 一つを彼に渡しつつ「……不敬罪になりませんか?」と聞いた。「問題ない。何を言ってもここだけの話としよう」と深く頷いたレオン様。

 席に戻り、両手で持ったコーヒーカップを見つめた。


「まず前提として、私がこの話が好きではないということを申し上げておきます。なので、否定する話ばかりになるかもしれませんし、すべて私の想像なのですが」

「構わない」


 黒褐色の液体をコクリと飲み、私は話し始めた。


「ずっと思っていたのです。──なぜこのようなことになったのか、と。祖父世代は政略結婚が主流でした。けれど国王陛下と王妃様の恋愛以来、一気に恋愛至上主義に陥ったわけです。……そんなことが可能なのか? と。確かに一国の王太子と平民の女性との恋はロマンチックにも感じるでしょうけれど、政略結婚が主流の貴族女性がそれを良しとするはずなどないのではないでしょうか? 自分たちの婚約が、結婚が、無意味であると言われているようなものでしょう?」

「確かに。でも実際はそうなった」

「そうなのです。だからこそ、おかしいと思いました。劇の中で侯爵令嬢がやった数々の非道なことは、実際はなかったと思っています。なぜなら、高位貴族の令嬢が自らの手を汚すはずなどないですから。命令一つで済む話をわざわざ自ら動くはずなどない。ましてや相手は貴族ですらない平民の女性ですし。なので、もしかして貴族女性は最初は反対していた者もいたけれど、相手が王太子殿下ということで声があげられなかったのではないかと」


 権力者を表立って否定するなど、我が国では通常ありえない。

 否定の声は潰されてしまった、もしくは声を上げることができなかったと考える方が自然だろう。けれど、その声すら今では見る影すらない。

 真に、ほとんどすべての人が恋愛至上主義に同意したということだ。


 そんなことが可能なのだろか。

 いや、きっと違うのだろう。


「大きな声で主張する人が大半になれば、次第に反対意見の人も大きな意見に従ってしまうものかもしれませんね。そこは……作為性があったのではないかと思っています。自然発生にしては不自然だと感じます」


 昔からよくとられる手法だ。

 大きな声で「これはこうだ」という人を何人か仕込む。そうすると、そう思っていない人も「そうなのか、自分の意見はおかしいんだな」と思ってしまうから。


 でも……。


 レオン様が小さくうなずき、こちらを見つめ、続きを促していた。



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