宰相室専任補佐官16(改) 嫉妬は醜いわよ
ここ最近、レオン様や長官たちの動きが慌ただしい……と思う。
長官級ではない者を完全に排除した会議の多さ。
さらに会議の内容は完全に秘匿され、誰一人漏らすことがない。
私が帰宅した後も、レオン様たちはまだ働いている。
ということは、だ。
──かかわってはいけない案件。
上層部は上層部で色々あるのだろう。
世の中にはそういうものがある。
私は自分を納得させるようにコクリと頷く。
そんなある日、私が不備書類を見つけ心の中でため息をついた時に、レオン様がポソッと言った。
「それ……面倒だろ」
「はい?」
「不備書類をわざわざ持っていく業務」
「……ですが、私には伝令を使って時間を決めるやり取りをする方が、手間取ってしまって」
へらっと笑った私の顔は、さぞかし情けなかったことだろう。
私が持っていくやり方が不満だろうけれど、レオン様のように伝令に『今すぐ、何よりも優先してここに来い』と伝えることは、怖くて絶対できない。
あと十年経ったとしても、きっとできない。
「もし、王宮内の離れた場所にいる相手とも話が出来たらどうする?」
「ええ? ……それはとっても嬉しいですけど」
夢物語すぎて、くすくす笑ってしまったけれど……改めて想像してみる。
「でももしそんなことが出来たなら……不備書類出してきた人とお話しして、必要書類を説明して、訂正しに来てもらいますっ!」
もちろん、あちらから来てほしい!
「やっぱりそうか」
「あ、でも……うーん……そうすると私の運動量は激減しますね? 足の筋力の低下は良くないと先日回覧が回ってきましたよね」
むぅ、と考える。
万が一そうなったら、今までの運動量をどこで確保するのか、という問題が発生する。
王宮内を早歩きで闊歩し続けてきたのだから。
「……気にするところはそこか? というか、あの情報、しっかり読んでるやついたんだな」
医務局が毎月出して回覧している新聞のことである。
王宮内での怪我人の数や、こういう病気が流行っているなど、教えてくれるのだ。
「ヘルス新聞は大事ですよ! すっごく良いこと書いてますし。健康のために、運動は大事なんです。宰相閣下も──いえ、閣下は随分鍛えてますよね……」
レオン様も運動したらどうか、と言おうとして、すっごく筋肉質だったことを思い出した。
ぎゅってされると、当然分かるから。
……思い出したら、顔が赤くなってしまいそう。
「ああ。明け方の騎士団の訓練にたまに混ぜてもらってる」
「睡眠時間に回した方が良いと思うのですが」
間髪を入れずに、はっきりと言った。
いや、訓練に混ぜてもらってる場合ではないだろう。
ちょっと寝る前に腹筋とかしてるのかな、と思っていたら、訓練に混ぜてもらっていたなんて。
しかも明け方って。
私より遅くまで仕事して、私より早くから訓練してるって……なにそれ?
え、ちゃんと寝てるの?
レオン様、実は寝なくても大丈夫な人外な生き物だったの?
「……いつも何時間くらい寝ているのですか?」
「宰相職になってからは……三時間くらいだろうか」
へぇ。三時間。
そして休みなし。まとまった睡眠もとれない。
……過労死まっしぐら。
心配でじっと見つめていると、彼は困ったように笑った。
「シャルロットが来てからは、もっと睡眠時間が確保できるようになってるよ」
「……少しでもお役に立てているといいのですが」
「もちろん、充分すぎるほど役に立ってる。癒し効果もあるしな」
頬杖をついて口元を緩めた彼に、ドキッとした。
動揺しながらも、癒し効果って何だろうと思っていたら……。
ようやく『一抱擁』のことかと理解でき、一気に顔が熱くなった。
「そ、そうですか……それはなによりです……」
色っぽいレオン様の姿に、緊張のあまり私の語尾が小さくなる。
くすくす笑われた。
「それはそうと、明日の昼すぎは補佐室と話があるから。シャルロットも時間空けといてくれ」
「承知しました」
午後の暖かな日差しが窓の外を照らしている。
書類をめくる音が、また宰相室に響き始めた。
◆◆
「確かに──これは変ね。どこで間違ったのかしら」
アイリーン課長が書類を見ながら、ぽそりと呟いた。
第五会議室は、こぢんまりとした会議室。
宰相室からはレオン様と私。
宰相補佐室からは、アイリーン課長、ステファン先輩、ロンさんである。
ミカミ室長は、今日はお休み。
本日の会議の議題は……昨年水害があった地域へ、貴族から集めた寄付金の動きがおかしい、ということだ。他省の粗さがしになるため、あまり多い人数で話せることではない。
最初に気づいたのはステファン先輩。
「寄付金の管理は財政省が主体でおこなっていたのでしょう? そちらの内部ミスではないですか?」
「資材購入のため寄付金はまとまった額が、財政省から地域課に資金移動されてるんだ」
ロンさんの質問に、ステファン先輩が答えた。
「あと──貿易省にも流れてる」
「貿易省ですか……?」
あまりかかわりのない省の名前に、ロンさんが聞き返した。
貿易省は独自の権限を持っているらしく、補佐室を経由しない書類が多いのだ。
「ああ。今回は国内だけでは資材がまかなえそうになかったから、国外にも発注することになったんだ」
答えたのはレオン様。
「でもこの書類を見る限り……現地での資材、全然足りてなくないですか?」
ロンさんが首をひねる。
ため息をついたステファン室長が「だが貿易省も地域課も、書類はちゃんと揃ってる。形式上はどこも間違ってないし、計算上はこれで足りるはずなんだが……全然足りてないんだ」と言った。
……私たちは書類をにらめっこする。
発注書も、納品書も、請求書も、それ以外もちゃんと揃ってる。
ざっと計算しても、どこも間違っていない。
……形式上は。
「──現地で納品された品と、この納品書って本当に合ってるのかは確認されたのですか?」
私はぽそりと呟いた。
ロンさんが苦笑しながら答える。
「いや、現地にはさすがに行けないだろ。遠いし。それにこれは現地から回ってきた納品書だろ?」
「その納品書がすり替わっているということはないのですか?」
「……シャルは納品自体に不正があるかも、ということを言いたいの?」
アイリーン課長が眉をひそめた。
レオン様をチラリと見ると、そちらも眉間に皺が寄っている。
「こちらの発注者と取引先が結託してたら、簡単なんじゃないかなぁと思っただけで。現場、すごく遠いですし」
今回動くお金はかなり大きい。
どちらか片方が不正を、となるとなかなか難しいかもしれないが、両方が結託してしまえば簡単なことではないのだろうか。
(……百個頼んだと見せかけて、実際は口裏を合わせて五十個しか送らない。現地の人は五十個しか頼まれてないと思ってるから、問い合わせをすることなんてない。納品書は担当者がいくらでも差し替え可能。残りの五十個分のお金が浮く。それを着服……こんなに大きなお金なら分けることだって可能。現地担当もかかわってたりする? 担当者個人の資金口座を調べたら分かるかな……あ、商会の帳簿と在庫を見ても分かるか)
書類を指さしながら、こっちからこういって、この流れなら……と考え込んでいたら、皆が私を凝視していた。
そして──ようやく気付いた。
考えが口から洩れていたということに。
慌てて口を手で押さえたが、もう後の祭り。
「も、申し訳ありません! 疑うようなことを……!」
「シャルっ! すごいわ……っ!」
アイリーン課長がパァッと顔を明るくさせ、私を抱きしめた。
満面の笑みを浮かべながら頭をぐりぐりと撫でるものだから、豊満なその胸が私にしっかりと当たるものだから……照れる。
「確かに最近、不正の線を疑うことを忘れてましたね」
ステファン先輩がレオン様を見て苦笑する。
いまだにアイリーン課長に抱きしめられている状態の私は、レオン様にグイっと引っ張られ、豊満な胸から解放された。
けれどその反動でレオン様の胸に激突し、「ぶっ」と変な声が出た。
レオン様は身体を反転させ、私の前に出る。
つまり……レオン様の背に隠された。
──なぜ。
「……そうだな。すっかりぬるま湯につかり切っていたようだ。膿を出し切ったと思っても、また新たに生まれるものだったな」
それは、レオン様が宰相職に就いたとき、不正をしていた人たちを切りまくった、あの大規模人事改革のことだろう。
「最近大人しかったから忘れていた」と何事もなかったように話し続けるレオン様に、後ろに隠されたままの私はオロオロしている。
なんで……なんで隠されてるんですか。
レオン様の背中からひょこっと顔を出せば、アイリーン課長は「ぷっ」と噴き出して笑っていた。
「寄付金だから細かく調べないと考えた可能性は高いな。まずはその線で、どの段階でおこなわれたのかを特定しよう。ステファン。これに関してはお前に一任する。誰か一人つけてもいいし、現地に飛んでも構わない。人選は任せる」
「承知しました」
「ステファン。誰でも良いんだって~! シャル借りたら~?」
アイリーン課長がまた両手を広げながらこちらに近寄ってくる。
わざわざレオン様を迂回して。
またしても抱きしめようとしているらしい。
「シャルは私たちが気づかないことにも気づくからね~。絶対重宝するわよ~」
両手を広げ、目じりを下げながら満面の笑みのアイリーン課長だが。
レオン様が私とアイリーン課長を遮るように間に入り、後ろ手に押された私はまたしても背中に隠された。
「……おじゃま虫ねぇ。嫉妬は醜いわよ?」
彼女はにやりと笑いながらレオン様の耳元で囁き、肘で彼をつんつんと突いた。
多分、レオン様と私以外には聞こえないほどの小さな声。
(嫉妬……? 誰が誰に対して?)
アイリーン課長の言葉には一切反応しないレオン様だったけれど。
私はその光景にモヤッとしたものが溜まってしまい……そんな自分が嫌でしょうがなかった。
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