宰相室専任補佐官14 補佐官の休日②


(──レオン様のあの行為……完全にコレだわ……!)


 笑いを止めてくれたキス。

 執務室での日々の抱擁──。


 ……ただの、子供扱いだったとは──!

 ようやく自分が子供扱いされていたのだと合点がいき、彼から異性とすら見られていないことを知った。


 ……10歳も年下で、異性として見ることなんてないのだろう。

 妻としても、他人の補佐官としても……。



「奥様、どうなさいました?」

「──ううん、なんでもないわ。出ましょうか」



 書店の外に出てから、独り言のようにターニャに言った。



「子供って……かわいいわよね」

「かわいいですね! 先程のお子様ですか? お母上の泣き止ます手腕もお見事でしたね」

「大人って、つい子供に触りたくなるものなのかしら」

「──奥様はあまり小さい子に接したことはございませんか? 子供は暖かくて柔らかくて、触っているとこちらが癒やされるのです! と言いましても私も姪っ子しかおりませんが、その成長も微笑ましくて」

「そういうものなのね」

「子供の方から『抱っこして』なんて言われた日にはもうメロメロで、叱らなきゃいけない状況でもつい抱っこしてしまうのですよ! 甘やかしすぎて姪の母である姉には怒られるのですが。それくらい可愛くてたまりません」

「そ、そう……そこまで」

「はいっ! 今私の最大の推しは、奥様と姪っ子です!」

「え、私? ──そ、そうなのね……ありがとう」



 満面の笑みのターニャはいつもより饒舌に語るが、推しに関してはこれ以上は突っ込むべきではないとアラートが鳴ったのでスルーした。


 朝、やぶ蛇をつついた私ですが──学習できる女ですから……!




 欲しい本を屋敷に届ける手続きをし終わった従者が戻ってきて、少し通りを歩けば……たくさんの恋人達が手を繋ぎ、腕を組みながら笑顔で歩く。


 先程の書店にも恋愛ものが多く並び、しばらく歩けば劇場では『黒の王子と金の乙女』が上演されている。

 そういえば、地域課のジャックさんが、地方の各地で上演が中止され始めていると言っていた。


「……でも相変わらず大人気よね?」


 続々と劇場にはカップルが寄り添い合いながら入っていく。

 皆、ニコニコとしていてきっとデートだろう。

 相変わらず、「運命の恋人」とやらと出て行った母の顔がちらつき、思わず劇場から目を逸らした。


 恋愛至上主義が流行り出したのは30年前。

 つまり、まさしくその真っ只中に両親はいる。

 そして祖父世代には、昨今のこの風潮を嫌悪している人も多いため、祖父は母を許さなかった。

 以前は政略結婚が主流だったのだから、そうホイホイと相手を変えられると困るのは、本来当然のこと。


 だがこの流行りは「ほかに愛する人が出来てしまったのなら仕方がない」と、捨てた相手に何の補償や賠償をせずとも当然のこととなっているのが、一番嫌悪すべき点だ。

 無一文で実家に送り返されたり、実家のないものはほんのわずかなお金だけ渡され、追い出されると聞く。


 全員に『人前でつまずいてこけかけるけど、変な姿勢で持ちこたえた結果、恥ずかしい思いをする呪い』をかけたいほど、腹立たしい。

 が、大半の人がこれをヨシとしている。


 祖父は私たち兄妹のことは、変わらず可愛がってくれるのだが。

 嫌悪している年配の者がいようが、民衆の思想を止められなかった……ということだ。

 随分うまいこと世論を操ったものだと感心するほど。



「奥様。先月、この先に素敵なスイーツ店が出来たのですよ。行ってみませんか?」

「そうね。ちょうど喉も乾いたし」

「お土産にもとても良いものが売っているのです、中で食べるケーキも絶品で」


 

 劇場を素通りして、活気に満ちた王都を歩く。

 道の両側には歴史を感じさせる建物が並び、窓辺には美しい花々が飾られていた。



「奥様、あそこです! 昨年のコンクールで優勝したパティシエが開いたのですよ」


 ターニャが目を輝かせた。ターニャは甘いものが好きなのだ。

 彼女が示した方へ目を向けると、白とピンク、茶色で統一された可愛らしいお店があった。ちょうど店のカラーと同じ紙袋を持った女性二人が、ニコニコしながら店から出てきたところ。


 店内はよくあるメルヘンな雰囲気のスイーツ店とは一線を画し、花々が飾られながらも色味が抑えられている。

 白くペイントされたアンティークの家具や装飾が、全体的に統一感をもたらしている。どこか懐かしいようで新しい。


 ショーケースの中には宝石のように輝く、色とりどりのケーキが美しく並べられていた。


「これは──迷ってしまうわね」

「奥様、ここはサイズも選べるのです。小さめにカットしてもらい、いくつかいただくのが通の食べ方でございます!」


 ターニャの力説に思わず笑いが漏れた。

 最終的に、おすすめのベリータルトとチョコレートケーキをその場でいただき、屋敷のみんなにはカラフルなマカロンをお土産にたくさん購入して、気持ちがほくほくしている。



 ──寝る前に今日のことを考える。

 もちろん、あの親子のこととリンクしているレオン様のことだ。

 誰もいない寝室に横になり、柔らかな灯りのランプを見ながら、つい独り言を言い始める。



「子供扱いなんて……失礼しちゃうわよね」



 むくっと起き上がり、苛立ちをクッションにぶつけるべく、ぽふっと一度叩いてみたが……クッションの羽が傷みそうで続けられなかった。

 この公爵家特製フカフカクッションは、夢の国に旅立たせてくれる必須アイテム。

 酷い扱いはできずに、ギュッと抱きしめる。


 ──私は、レオン様を好きだとバレてはいけない。

 彼は私を子供扱いしている。


 きっと一定の好意はあるだろうが、それは異性としての好意ではない。



「…………あら? それなら、私も普通に甘えちゃったら良いんじゃないの? 彼が子供扱いするなら……私は保護者扱いすれば良いのではない……!? あの坊やみたいに……堂々としていたら、好意なんて案外バレないかもしれないわ!」



 レオン様は私を子供扱いすることで癒される。

 私はレオン様を堂々と保護者扱いすることで、好意を隠しつつ甘えられる。


 ──なんと一石二鳥な考えだろう!


 妙案を思いついた私は、ウキウキしながら眠りについたのだった。



◇◇◇


 朝、王宮に到着したあと宰相補佐室に顔を出す。

 たくさんの机が配置されただだっ広い部屋には、仕事で頻繁に関わりのあるステファン先輩、ただ一人がいた。



「おはようございます」

「おはようミュラー。あ、昨日頼まれた書類出来てるよ」

「もう出来たのですか? もしかして……昨日も徹夜でしょうか?」


 補佐室の中に入り、彼の机のそばまで行く。

 書類で溢れたそこは、ついさっきまで仕事をしていたのがありありと見てとれる。……つまりは、散らかっている。



「別件でやらないといけないことがあったから。そっちが行き詰まったから気分転換にそれも始めたら終わったよ」

「ありがとうございます……! あ、こちらよろしければどうぞ……甘いもの大丈夫でしたよね?」



 カバンの中をごそごそと漁り、昨日街で購入したカラフルなマカロンを差し出す。

 着色されてないものなら食べたことはあったが、最近はカラフルなものが人気らしい。


 目の下にガッツリと隈を作ったひょろっとしたステファン先輩は、マカロンを受け取りしばらく眺めたあと、「遠慮なくいただく。ありがとう」と受け取り、代わりに該当の書類を差し出してくれた。


「宰相閣下の専任補佐官の仕事はどうだ? もう慣れたか?」


 早速マカロンの包みを開け、かぶりつきながら聞いてきた。

 二口で食べ終わったそれは、少しは眠気覚ましになっただろうか。



「はい。宰相閣下……というよりも会議に同席することが増えましたので、そちらの方が精神的に来る時がありますが」

「あぁ……タヌキ達がいっぱいいるもんな。まぁなんかあったらこっちの部屋に遊びにこいよ。書類仕事手伝わせてやるから」

「……それは仕事を手伝わせたいだけですね?」

「ははっ! よく分かったな。ミュラーの仕事は正確で速いから助かるんだ」



 クスクスと笑い合っていたら、「おはよー!」と元気な声が聞こえて振り返ると、アイリーン課長だった。

 今日も色っぽい。少しはその胸、分けて欲しい。

 ……いや、私だってないわけではない。

 普通にある。普通に。たわわではないだけで。



「課長、おはようございます」

「おはようございます課長、お邪魔しています」

「シャル、おはよう! あ、昼前に宰相閣下は時間空きそうかしら? 少し相談があるのだけど」

「昨日の段階では大丈夫でしたけど、スケジュール確認してからまた連絡に参りますね」

「うん、お願いー。あぁ、腰が痛いわ……昨日ソファで寝ちゃったのよね」



 腰を回すアイリーン課長に、徹夜だったステファン先輩が「自分は目も肩も背中も腰も、ついでに手首も痛いです」と虚ろな目で言いながら、「これ、出来ました」と徹夜して作り上げた書類を提出していた。


 それを見て苦笑した私はアイリーン課長にもマカロンを渡し、補佐室を出て宰相室へ向かった。


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