宰相室専任補佐官⑤ 第二王子は人に試練を与える


 国王夫妻には三人のお子様がいらっしゃる。


 第一子は王太子クロード殿下。非常ににこやかで優秀だと評判な、国民の人気が高い方。レオン様と同じ年のはずだ。既婚で、すでにお子様がいらっしゃる。

 第二子のマリアンヌ王女殿下は、すでに他国へ嫁がれている。

 第三子、末のアルノー殿下はそろそろ良いお年だが、まだ未婚。少し変わり者という噂があるが……実際のところ分からない。


 私とレオン様の結婚式にはクロード殿下とアルノー殿下が参加されていたが、レオン様の鉄壁ガードにより、会話という会話を交わすことはなかった。


 直系の王族は黒髪に金色の目をお持ちの方が多いと聞く。

 先ほどの御前会議に参加していた国王陛下、王太子クロード殿下、アルノー殿下はそろって黒髪金目だ。

 皆さん美形だが、その中でもアルノー殿下は中世的な顔立ちをしている。


 そんなアルノー殿下が来たのだが──アイリーン課長たちは穏やかな聖母のような顔をしながらスゥっと気配を消していった。


 ……なんですか、その技術。

 上に立つ人には必須なの?



「パトリック宰相、俺にも紹介してくれ」

「アルノー殿下がかかわりになることもないかと思いますが……宰相室専任補佐官のシャルロット・ミュラーです。ミュラー、挨拶を」



 普段なら「シャルロット」と呼ぶのに、二人でない時は「ミュラー」呼びをするレオン様。

 挨拶をと言われたのだからここは喋って良いはず。



「アルノー第二王子殿下にご挨拶申し上げます。宰相室専任補佐官の任を賜りました、シャルロット・ミュラーと申します。よろしくお願いいたします」



 特に微笑むことはなく、淡々と自己紹介をし頭を下げる私に、黒髪をふわりとかきあげ、片方の口角を上げ微笑んだアルノー殿下。


 きっとあれは……キメ顔なんだと思われる。

 王族なだけあり整った顔をしているが、驚くほど魅力を感じない。



「きみ」



 シュピン、と音がしそうな勢いで手の平を上にして、指はどうなってるのかわからない複雑な状態で私に向けたアルノー殿下。


 ──なんだろう、この手。



「姿勢が綺麗だね。宰相、この子優秀なのだろう? 俺の側近としてくれないか」

「ははっ、面白い冗談を」



 ちっとも面白くなさそうに、鼻で笑うレオン様。

 手の動きがシュピン、シュピンと忙しないアルノー殿下。


 ……手の動きが。気を抜いたラ噴き出してしまいそう。



「無理矢理手に入れても良いのだぞ?」

「あいにく、文官の人事権は全て私にございますゆえ、私の許可なく異動させることは不可能ですよ。彼女は侍女やメイドではありませんので」



 ──つまり、侍女やメイドは好きなようにもらっていっていたということだろうか。


 え、アルノー殿下、私の大嫌いな女好き?

 こんな地味眼鏡の私なのに?


 私はそろ〜りと一歩後ろに下がり、体の半分をレオン様の後ろに隠した。

 その間も殿下の手はさまざまな動きをする。

 そして一動作ごとに、ピタッと止まる。



「そろそろ時間ですね。再開しますので、殿下も席へお戻りを」

「……チッ。ではミュラー……またな」



 ピースサインを額の横に置き、ピッと私に向かい動かし、バシンとウインクを……多分、ウインクをした……かったんだと思う。


 ──できてなかった。

 両目、潰れてた。




「…………」



 私は無言のまま頭を下げ続け、そのまま他の人からは分からないよう、レオン様の服の後ろの裾を掴んだ。


 ──レオン様から二歩以上離れてはならないという約束。

 だが私は限界を感じ、今猛烈に震えている。



「あぁー……ミュラー……うん、分かった。少し出ようか。あと5分あるから」



 俯いたままなので顔は見えないが微妙な声のレオン様に促され、私は裾から手を離し、ただひたすら俯いたまま、前を歩く彼について行った。



 会議室の二部屋隣には休憩室がある。

 誰もいない休憩室の中に早歩きで入ると、彼は私の手を引きその部屋の一番奥の角っこへ連れて行った。



「……あまり大きいと向こうまで聞こえてしまうからな。悪いが私の腕の中で頼む」



 レオン様は両手を軽く広げたあと、私の頭をトン、と自分の胸元へ引き寄せた。

 もう我慢ができない、と……私はその胸にためらいもなく飛びつき、顔を埋めた。



 ──そして……大笑いした。



「アハハハハっっ!! な、な、なんですかっ、あれっ!! アハハハハっ、ハハハっ!!」



 ギュッと抱きしめ、私の声を押し留めようとしてくれているレオン様は「んー、あぁ」「その気持ちは分かる」「みな、もう慣れたんだ」と慰めの言葉をくれた。


 アルノー殿下の奇妙な動きがツボに入ってしまいヒィヒィと笑いが止まらない私。



 ウィンク……っ、全然出来てないっ!!

 手の動きが複雑怪奇で面白すぎるし、それを確実に自分はイケてると思ってるのがもうおかしくて!


 ひたすら笑い続ける私と時間を気にするレオン様。



「あと1分……シャルロット、止まらないか?」

「……フフフっ、ハハっ! ご、ごめんなさい、む、ムリ……っ」

「ほら、予算案のことを考えろ。来週までには修正してまた出さないといけないぞ」

「予算……はい……ふふふっ、ハハっ!」



 数字を考えようとしているのに、すぐに両目をギュッとつぶったアルノー殿下の姿が決めポーズと共に浮かび、笑いの止まらない私に、懐中時計を見たレオン様は珍しく焦っているようだ。本当に時間が差し迫っているのだろう。

 申し訳なく思うのに、一向に笑いが止まってくれない。

 目の前が、シュピンとポーズを決め、ぎゅっと目をつぶるアルノー殿下に埋め尽くされている。


 ……本気で助けて欲しい。笑い死にそうだ。


 レオン様は考え込んでいるようだが──。



「……仕方ない。荒療治と行こうか」

「フフ、アハハっ、あらっ、りょーじ……っ?」

 


 レオン様は私の両頬に手を添え上を向かせ……小さな声で囁くように言った。


「──失礼」


 ────唇が、重なった。


 ……ほんの一瞬だったのかもしれない。

 けれど、すごく長い時間にも感じて。


 目をパチクリと開けたまま呆然と固まったのは、もちろん私。



「……よし、笑いは止まったな。早く戻るぞ! 駆け足!」

「へ、あ、はいっ!?」



 足早に二部屋隣に駆け込み、即座にレオン様の合図で会議が再開された。


 そのあとは頭が真っ白になったまま、会議の内容はちゃんと書き留めた自分を褒めてやりたいと思う。




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