宰相室専任補佐官② お菓子当てゲーム


 ──時を少しだけ遡る。

 少し前に公爵家の料理人が持たせてくれたラップサンドをお昼に食べていたところ、ちょうどレオン様が宰相室に戻ってきた。


 ラップサンドとは、パン生地を非常に薄く伸ばして焼いたものに、野菜やお肉を挟んだ食べ物。我が国では見かけたことがないが、料理人が修行中に教えてもらった他国の料理の一つらしい。

 包んで食べるもの、という意味合いらしい。


 書類に目を通したままでも片手で食べられる。

 野菜もお肉もパンも、全部一度で食べられる。

 なんて素晴らしい食事。

 飽きないように様々な種類のソースを用意してくれているし、中の具も毎日違う。

 美味しいのだ。


 そんなラップサンドをお昼に食べようと、貴族のマナーなど投げ捨てあんぐりかぶりつこうとする私と、扉を開けたばかりのレオン様の視線がばっちり合う。

 私は口を開けたままの姿勢で固まった。


 ──言い訳をさせて欲しい。

 私だって文官になるまで……いや、宰相補佐室勤務になるまでは、カトラリーを使わない食べ物などお菓子以外では食べたことはなかった。


 が、尋常ではない忙しさの中片手で食べることを覚え、宰相補佐室の面々も真似して同じように食べるようになったため、いつしかこれが当たり前になってしまった。


 ……いくら誰もいないからって、補佐室以外ではすべきではなかったかもしれない。



 じっと凝視する彼に、恥ずかしさのあまりテンパり「宰相閣下もっ、どうぞっ!!」と予備のラップサンドを手渡した。

 渡されたサンドをしばらく眺めた彼は、ほんの少し笑った。



「……ありがとう」

「包みを外したら全部食べられますので……あのっ! 仕事中にも片手で食べられて便利なのですよっ!?」



 言い訳がましく説明した私に「……確かに」と目を細めて微笑み、自分の席についておもむろに食べ始めた。

 一口が大きく、あっという間に胃袋に収まったそれは、お腹の足しになったかさえもわからない。



「うん、美味しい。これはシャルロットが?」

「我が家の料理人が毎日持たせてくれています」

「ふーん。良い料理人のようだね」

「はい。いつもとてもよく気を利かせてくれます」



 私の言葉にほんの少し笑みを浮かべ頷いた彼は、どうやらラップサンドを気に入ってくれたらしい。


 まぁ……そうだろう。

 ご存じないだろうが、あなたの家の料理人のお手製である。

 味覚の合わない料理人を置いたりはしないだろうから。



 その日からほぼ毎日お昼を共にするようになり、お昼を私が用意するようになった。とは言うものの、出どころは公爵家の料理人。

 私の料理人が用意しているというべきか、あなたの料理人が用意しているというべきか。同じ人物だし。

 でもまぁ持ってきたのは私だから、私で良いはずだ。うん、きっと。



 それよりも、レオン様は私が妻だと本当に気付かないようでして。

 一切何も言われない。

 気付かれないならそれで良いし、もちろんそちらの方が仕事もしやすいのだけど……。


(結婚しようか、って自分から言った相手の顔、そこまでコロッと忘れる!? 確かに地味メイクで変装してるけどもっ!?)


 この状態が仕事上都合が良いと理解しつつも、彼の笑顔を見ているとなにやら分からないが、モヤッとしてくるのだ。



 レオン様は私が用意する食事の代わりに、私に珍しいお菓子をくれるようになった。

 もしかして、これも出どころは同じ公爵家だったりするだろうか。私に直接は出てきたことはないお菓子の数々。

 別のところで手配しているのかもしれない。



 レオン様のお菓子の渡し方は少々変わっていて、食べたものがなんなのか見ずに当てろ、というのだ。

 最初こそ、戸惑いまくった。


「ではシャルロット、いいものをあげよう。目をつぶって口を開けて?」

「……はい!?」

「ほら、あーん、だぞ。……こら、目を開けていてどうする」

「え、あ、あの……っ?」


 意図が分からず動揺し、顔を真っ赤にしているであろう私に、レオン様は机の引き出しから何かを取り出し、背中に隠した。


「専任補佐官たるもの舌も繊細でなくてはな。材料がなんなのか当てられるくらいになるよう、鍛えてやろう」

「……な、なるほど? そういうものなのですね……?」

「ああ。これは宰相室で私の補佐をする上で、大変重要なことだ」


 そ、そこまで!? 材料を当てることが!?


 ……ま、まぁ何らかの意図があるのだろう。

 専任補佐官に必要だと言われれば、それをするまでだ。

 働き始めてもう三年目。

 私は学んだ。上に立つ人には上に立つ人の考えがあり、それを何もかもすべて、下の者に開示するわけではないということを。

 けれど、大体ちゃんと理由があるものなのだ。

 だから、きっとこれにもすっごい理由があるに決まっている!


 もしかして……もしかして夫婦的な、そういうやつなのでは!? との考えが一瞬頭をよぎったが、そもそも妻だと知らないのだからそんなわけがなかった。



「よろしくお願いいたします!」


 羞恥心をごまかすようにギュッと拳を握り、勢いよく挑戦の意志を示したところから始まった、お菓子材料当てゲーム。


 ──今のところ、ほぼ全敗。



 今日も今日とて、目を瞑ったまま口を開けてしばらく待っていると、口の中に丸い固形物が入ってきた。


 口を閉じると、固いはずのそれはジュワッと口の中で溶けてしまう。

 サクッとジュワッと、甘く、なんとも言えない美味しさに、「〜〜っっ!!」と身悶える。

 毎回、非常に美味しいものばかりだが、今回はさらに好み。バニラ味だ。



「も、もう一回お願いします!」

「良いよ。口を開けて」



 あまりの美味しさと、あっという間に消えていったことでもう一つおねだりすれば、コロンと口に入ってくる。

 舌でつぶすとほろっと崩れてしまうほど繊細なそれは、先ほどと違い、ストロベリーの風味がする。


 おいしいーー!

 自然に頬に手を添えてしまう。



「軽くてサクサクして……薄いクッキーでしょうか?」

「材料は?」

「ストロベリーのエキスと、お砂糖……小麦粉?」

「おしいね」



 ぽふっと頭を一撫でされ目を開けると、至近距離にあるレオン様の美しい顔に心臓が飛び跳ねた。



「小麦粉じゃなくて、卵だよ」

「はぁー……卵ですか」

「メレンゲクッキーと言うんだ。最近隣国で流行り出したらしいぞ」

「メレンゲ……」



 平然を装い返答するが、内心心臓がバクバクしている。

 相変わらず、距離が近すぎやしないだろうか。


 レオン様、宰相閣下として女性の部下に接するときにいつもこの距離感なのだろうか。

 なぜこの人は、こんなに色気があるのか。

 問題になるのではないだろうか。

 鬼宰相なはずなのにそれは微塵も感じないし、どちらかと言えば『色気過剰垂れ流し罪』とかで捕まるのではないか。


 ……そんな罪、我が国にないけど。



「残りはあげよう。さぁ……仕事の続きだ。シャルロット、来週からは御前会議にも立ち会うように」

「っ! はい! かしこまりました」



 ついに、御前会議にも参加できるようになったことが素直に嬉しい。

 国の意向が直接聞ける場面だし、これを知っておくとどこに重点的に決裁すべきかが分かるから。



 席を立ち書棚の前でファイルを開きながら考え込んでいるレオン様の隙をついて、もらったばかりのお菓子の袋を手に取る。

 袋の中には白とピンクの二種類の小さなクッキーが入っていて、ピンクを選び口に入れる。舌で押しつぶせば簡単にホロっと崩れ、中からは濃厚なストロベリーの香り。



「──よしっ、がんばろっ」



 聞こえないように小さく呟き書類を捌いていく私に背を向けたまま、レオン様が目を細め優しく笑みを浮かべていることなど、知る由もなかった。

 

 


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