物語

これは物語である。

その人は明るく優しく慈悲に満ち溢れ、皆好きになる。


妬みや憎悪もなんのその。

誠実で何より容姿が純粋無垢の赤子のような大きい瞳にふっくらとしたほほ。歳相応と言えない、異常に若く見え幼女のようで愛らしかった。


突然いなくなったのだ。

ある日忽然と、海月のようにすぅときえてしまった。

彼女を悪く言うものもいたが、大半は悲しみの声だった。

「なぜあんなに素敵な人がいなくなった?」

「何か事件に巻き込まれたのでは?」

「楽しそうにしていたのにどうして?あの人が急に消えるなんてあり得ない!!」

それもそう。

彼女は、ずっと夢だったものを掴んだばかりだった。夢が叶った矢先、消えるなどおかしい。


数年後、彼女は骨となり発見された。

近くにボロボロになった遺書があった。

「人はね。平面じゃないんだよ。周りからこうだと思われてたとしても、本当の部分はだーれもわからないんだよ。」


ニュースになった。

皆がこの文の意味を知りたがった。

「この人の本当の部分は誰も理解できなかった?」

「いや、ただ自分に自惚れてるだけじゃない?小説家きどってる」

「かわいそうに。誰か手を差し伸べてあげれば救われた命だろうに」

「自分が勝手に隠してただけだろ?自業自得!!」


これが世間の意見だった。


はたまた数年後、皆は衝撃を受けた。

彼女だと思っていた骨は別の人であった。

なぜわかったかって?

彼女は双子だった。

彼女がメディアにでてきたのだ。


「姉と私は、入れ替わってた。誰も気づかなかったね。」

「姉を殺したのか?」

「そう。私たち双子は実験したかったの。人はその人の本質を見抜けるのかって」

「どういうことだ?」

「明るくて優しくて愛らしくて、その人は好かれる。たとえ大きな闇を抱えててもね。」


警察はすぐさま検査を行った。



恐ろしかった。

それは彼女ではなかった。

いや、姉でもなかった。

まったく別人だったのだ、多分彼女と関係のない真っ赤な他人だった。

そして、彼女はまた行方をくらましたのだ。 


一体彼女は何がしたかったのだろうか。

それ以来、彼女が捕まることも姿を表すこともなかった。



これはある人の物語。

彼女は幼女のように可愛らしく、優しく純粋無垢で汚れなく、誠実で皆が彼女を愛した。

愛した、異常なほど愛されてる。

しかし、本当にそれが彼女とは限らない。

限らないのである。

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短編小説 心情 菊叉 眠子 @kikumata

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