夜凪の人魚姫
死のうと思った。
車を三十分程走らせ、海へと向かう。
私にとって夜の海は特別だった。
子どもの頃絵本で見たのです。それはもう綺麗で。
初めて夜の海を見たとき、切なさ。儚さ。そして懐かしさ。苦しさ。そんな感情を全て混ぜた気持ちになった。
明け方、昼時。夜。
海には様々な顔がある。どれも美しいことには変わらないのですが、夜は格別に異質。
まるであの世とこの世の境目のような。
この世でもっとも死に近い場所。
何故そう感じるかは、うまく説明できない。
こればっかりは私自身の感性が捉えた感想でありますから。
車から降りて砂浜を歩く。
当たりが暗闇な分、星空が一段と輝く。
ざざぁざざぁと波が押し寄せては引いている。初夏といえど海は冷たかった。靴を脱ぐ。
一方また一歩と波を蹴って進む。進む。
ボゥとする意識の中、目を閉じる。
昔の記憶が鮮明に蘇る。あぁ、これは走馬灯か。
強く惹かれた夜の海。
親は私をみなかった。父や母の威嚇にも似た声や食器が割れる音が嫌いだった。
泣いている母に手を差し伸べるも、手を払い除けられた。
現実逃避するかのように、一人で絵本を読んだ。同じ絵本を何度も何度も。
その絵本は人魚姫。
最後は愛する人の為に、泡になって消えてしまった。
そうか。
誰からも必要とされない私にとって、あの絵本でみた夜の海。そして泡になり消えた人魚姫。
私もそうなりたいと思ったのか。だからこれほどまでに夜の海に心奪われた。
侘しい。
荒波に押され、膝から崩れ落ちる。自分の冷たくなった身体を強く抱きしめた。
死にたくない。
しにたくないな。
しにたくないよ。
しにたくないんだ。
ただ、あいされたかっただけなの。
ここにそんざいしていいよっていってほしかっただけなの。
顔が濡れていた。海水と涙でぐしゃぐしゃだ
私の顔は酷いことになってるに違いない。
月明かりが差す。先程まで轟々と音を鳴らしていた荒波は波凪はと変わっていた。
月明かりに照らされ、静かに光る水面。月の光を反射してまるで宝石が散りばめられてるようにキラキラと美しかった。この世のものとは思えないほど。
子どもの頃確かに心のどこかで消えたいと願っていた。夜の海に静かに、泡のように。
人魚姫のようにせめて美しい景色の中で。
でもきっと彼女も本当は消えたくなんてなかったんじゃないか?本当は愛する人に愛されていたかった。彼女は、最後の時。いま私がみている景色を見たのだろうか。
夜明けなのか、段々と空が明るくなってきた。
やがて日の出を迎えた。
大粒の涙がまた穏やかな水面に落ちる。
彼女は泡にならなかったら、違う選択をすれば愛されたのだろうか。
それは、後になってからしかわからない。
わからないけど。
泡になって消えはしなかった。夜明けを迎えここにいる。もう少し生きてみよう。
もしまた、辛くなったら夜凪に戻ろう。私の心の故郷へ。
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