F4FF-1-3:ヒイト 領地会議

朝が来ちまった。昨日の夕飯後から部屋に籠っって新しいパーツのカスタムに夢中で一睡もしてない。「はぁ。やっちまった。」ホテルのラウンジでぐったりしながらビュッフェでヨーグルトとフルーツジュースを胃に入れる。「なんだ寝不足か?」やっば〜。バレないように顔のヘナ濃いめに入れてたんだけどバレちまった。親父は毎度のことだと呆れながら肩をすくめてトレイの朝食を摂る。「他の部族の者も宿泊してるのだからあまりだらだらしないでシャキッとしなさい。」でたでたお小言。「じゃあ眠気覚ましにちょっと身体動かしてくる。」ホバーボードを抱えて宿を飛び出す。朝日が目に沁みる。陽光の暖かさを皮膚に感じながら徐々に上昇し広場を見下ろす。中央にきてこんなに人出が多いのは初めてだ。様々な色の衣装が入り混じり女衆が抱えているビーズの箱の粒の集まりのようで面白い。アレって工具箱の螺子やパーツがゴロゴロしてるみたいなんだよな。身支度しながらドレッドのヘアビーズを見つめる。


「流石に警備多いな。まぁ仕方ないか。」いつもホバーで遊んでいる広場が年に一度のコロニー集会の人で埋まってしまっている。仕方なく丘隆状にカーブを描いた宿の屋上デッキでホバー滑りをするとビーズがカチカチと小気味いいリズムでなびく。滑りながら遠目に昨日の高架のある大通りを眺めさらにその奥に白く複雑に分岐するハイウェイを眺める。あの分岐する道の隙間にウゴウゴと潜んでいるコンテナは影も形も今日は見えない。どこかに移動して身を潜めているんだろう。朝露の水分の混じった清々しい空気を切りながらそんな事をぼんやりと眺めていると目の前に黒いホバーボードの機体の奴がシューっと滑るように現れた。グリーンの蛍光色の照射ライトの軌道が綺麗なS字に蛇行していく。スピードこそ出してないが余裕のある滑りっぷりに目がとまる。「いい音出してんじゃん。」流されるように上肢を伏せ下肢を捻り、ウェイクやホバーホップを互いに繰り返しながら技をクルクルと繰り出し合いテールが動くたびに空気が舞い上がり滑り込むのを競いながら風がうねっていく。

ぐるんっと、一際大きなテールを相手が振ったかと思うとハンズフリーで大回転をしながら逆さまになって俺の顔を覗き込む。「あっぶねー!」ひやっとした俺の表情に機体と揃いのフェイスマスマスク越しにニヤリと笑うその様子がイラつく。青から赤にランプを変えて加速し進路を少し変え身を捻りながら水平にクルクルと回転しながら足首でホバーを安定させる。俺は軽く肩で息をしながら汗を拭いながら止まるのをブラックフェイスが見るとハンズアップして手を叩いてソイツは走り去る。「同い年くらいか?」タトゥーがやけに多かったから年上かもしれない。息を切らさない男が颯爽と去る姿が鼻につく。チッと舌打ちをし空を見上げた。


ホバーを停めると同じ朱色に染めた部族羽織りの集団に捕まる。

「ヒイトさんそろそろ行きますよ。ほらジャケット着てください。」房髪をたらし毛先にやはりビーズを留めたレブルートと少し小柄なテテッグが羽織を抱えて走ってきた。急かすように支度を手伝いながら「どうです?新しいパーツ。」「ああ、カーブの時の出力がいい感じ。昨日はお前も来ればよかったのに。」ヒソヒソと話す。「そういえば、黒いホバーとフェイスマスクのやつ知ってる?俺らと同じくらいの。」「黒い?いやそれだけじゃちょっと分かんないですね。お知り合いですか?」レブルートはきょとんとした表情で聞き返す。「女の子ですか?おっぱい大きい子なら探しておきますよ。」テテッグはニコニコ笑いながら興味津々に声をかける。「……いや、いい。」親父の視線が痛い。「ところで嫁御に土産は買ったのか?」「うぁやっべぇ。」最近、婚約をしたが幼馴染なのでついいつもの調子で忘れてた。ウェンダーおじさんが「手土産の一つくらい……。」呟きながら視線は『昨日買っとけよ……。』と、ジト〜と明らかに呆れ顔で苦笑する。


広場からホールに順々に入っていく。親指と人差し指の付け爪型のデバイス同士を軽くタップして手の甲のボディモニターに入館コードを表示させ静脈認証でセキュリティを通過する。白く清潔だがやや古ぼけた円形の集会場は幕や花で飾られて、中央の舞台から引かれた幕ごとにいくつかののブースに仕切られている。「集会所の隅で見学をだけの予定だったけど、親父に連れまわされて各部族に挨拶だってさ。」「まぁ当然そーゆーのありそうですね。」レブルートは諦め顔で遠い目をしている。面倒なのはみんな一緒だ。「各部族から婚約のお祝いまでもらっちゃったんですからお礼の一つも言わないと仕方ないっすね。」テテッグはそばかすの頬を緩ませてケラケラ笑いながら「よその部族の美人さんに会えるかもしれないからいいじゃないっすか。」と座席番号を確認する。


時間を告げるように、舞台中央につながる幕の中央の鈴が引かれる。鈴の音とともに幕がゆらゆら揺られ徐々に幕に映像が染まっていく。


ひとつ……赤茶けた砂と岩の広陵とした大地


ふたつ……青々とした水面の揺れる海と砂浜と水上コテージ


みっつ……緑あふれる田園地帯と深い森


よっつ……黒い岩壁の山岳にそびえ立つ鉄塔群


それといくつかの小規模部族の地の映像が流れ暗転した。「……都合の悪いところはどこも見せないんだな。」誰にも聞こえない声でぽそりと呟く。親父とウェンダーおじさんが睨んでいるような気がしたが見ないフリをした。暗転した幕は鈴のシャラシャラという震わせた音に合わせて星粒を徐々に広げていく。シン……と静まり返った会場を厳かで神聖な空気が支配した…幕の中央に母星・地球が映る。「今回は随分と手が混んでますな。」と親父やウェンダーおじさん達側近連中が目配せをしている。鈴の美しい音色と幕が震える様に見入りながら星粒がシャワーのように降り注いだ。

暗転した星の光の中でアンドロイドが通り一遍の開会の挨拶とつまらない政治やら法律の話が読み上げられる。「なぁこれなら放送聞いてるだけで良くね?」「まぁまぁこうやって中央に遊びに来れるんですから、いいじゃないですか。」「まあな。」アンドロイドの話ほどつまらないものはない。幕に表示される映像を観ながら、時折、親父たちが答弁したり腕組みをしながら唸っている。


「なんか変じゃないか?」「へ?」テテッグはキョロキョロと周りを見渡す。「ボクには話が難しくて何が変だか……。」レブルートがハッとした表情で顔を上げる。「焦げ臭いですね?」


キャア!円形の集会場の反対側から叫び声が聞こえた。


「いけない!避難するんだ!!」ウェンダーおじさんが血相を変えて退路を確保する。

館内中にブザーが鳴り幕の一部が燃えている中央の運営が鈴ごとけたたましく幕を引く。

会場の避難を促すアナウンスに従って一番近い出入り口に足早にかける。人混みの中、煙が徐々に色を濃くしていく。我先にと逃げ惑う人の波に揉まれ、煙の匂いと人の渦に酸欠になりながら広場に流されていく。「いいかヒイト坊ちゃん!絶対に避難場所から離れないでください!みんな気をつけて!!」大きな怒声を上げてウェンダーおじさんが叫び、親父が「アレは無事か!!」「とにかく全員避難するんだ!」と罵声が行き交う中、各々に命じながら指示をする。


あっという間に会場の外に投げ出され呆然と人の波を見ながら外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。「みんなはぐれたか。」酸欠か人に酔ったのか少しグラグラする頭をふり、朝のホテル裏の丘隆の縁に腰掛け会場の様子を眺め呆然とする。「随分と大変なことになったね。」ハッと振り向くと後ろから黒いマスクの男がクスクスと笑いながら声をかけてきた。


やけに綺麗に笑うものだから、パシンッパシンッ……と金属が弾けるような甲高い音が幾つか残酷なほど鼓膜に突き刺さるように響いたが、マスクのグラス越しの睫毛の瞬きの音のようにとても澄んでいた。

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