第2話 魔法少女
隕石が衝突したかのようにも思える爆炎の嵐が、視界を覆い尽くしていた。
「爆剣【天地斬り】。
それは、アニメとかでよくある使う技を熱く叫ぶような事ではなく。
まるで、今起こった現象の名を説明するような冷静な口調だった。
渦中に居た飛竜の群れは一匹を残し全滅。
その台詞を聞いたのは、俺と残った一匹だけだった。
「貴様……人間ッッッ……! 貴様等は一体何処から湧いて出た!?」
殆どの飛竜が灰色の鱗を持っているのに対し、その一匹は赤い鱗を持っていた。
とは言え、他の飛竜の全ては黒く焦げてしまったが。
「僕の持つ火力の中でも最大範囲を持つ天地斬りを堪えた事は褒めさせて貰う。貴公の名を聞いてもいいかな?」
勇が持っていた剣の種類が変わる。
黄金から漆黒へと。
長剣から大剣へと。
その姿が様変わりして、新たな剣の切っ先は残る一匹へ向けられた。
「人間にしては珍しい、武人の類か……。ならば儂も名乗ろう。千将ロディアス、いざ尋常に我が炎を受けて貰おう」
「僕は
「あぁ、儂は汝等を見た瞬間、殺せと軍へ命令した。汝に殺されたとしても、それは戦争の摂理であろう」
「悪いねロディアス。僕は負ける訳には行かない」
「儂も儂が率いたこの軍勢の、最後の悪足掻きをせねば将失格。仇は討たせて頂こう」
口を出せる空気では無かった。
全く理解できない事が多すぎて。
俺はただ、その光景を見るしかなかった。
沈黙が長かった様な、短かった様な……
やっと終わったという感覚があって、飛竜の口元に赤い炎が収束していく。
それを見た勇は、自身の持つ漆黒の大剣を大地に突き刺した。
「回炎・
収束された炎が高速で回転を始め、その色が青へ、そして紫へ変化する。
放たれた高速の火球へ向けて、勇は大剣を横向きに振るった。
持ち上がったのは、大剣だけでは無い。
大剣が刺さっていた地面の岩が大剣に纏わりついて、それも同時に持ち上げられる。
数十メートルに拡張された岩の剣が、火球と飛竜の両方を横から叩き壊す。
「岩剣【
数十メートルを横方向に吹き飛んで地面に落下した飛竜は、ピクリとも動かない。
間違いなく即死したのだろう。
俺は飛竜の群れの死骸にゆっくり近づく。
完全に焦げて死んでいる。
脳天を割られて完全に死んでいる。
その死骸を見て、自然と口から零れた。
「どう調理すれば美味いかな」
「食べる気かい?」
「そりゃ食うだろ。食われなきゃ、こいつ等は無駄な殺生だぜ」
勇の事は、それに比べれば些細な問題だった。
勇者だとか、凄い力を持ってるとか。
それは分かった。
分かったけど、別にだからどうすると言う事もない。
「分かった、僕も食べるよ」
「あぁ、肉質を調べて調理法を考えておく。ちょっと焦げ臭いかもしれないけど」
飛竜の数は数百匹だ。
こいつを腐るまでに全部食べ切るのは無理だろう。
でも、少しでも食べてやらないと、やるせなさすぎる。
「早一、僕の事は聞かないのかい?」
「まぁお前がいっつもしてた中二病発言が本当だったって事だろ? じゃあ何となく分かるよ」
けどだとしたら隠す気無さすぎだけど。
「異世界の勇者サマなんだろ? 助けてくれてありがとな」
「今まで通り勇でいいよ、早一。僕と君は友達だろ?」
少しだけ、不安気に勇は聞いて来る。
今の光景を見て、俺が引いたとでも思ってるんだろうか。
いや、ある意味それは正解だが。
だが別に、勇を嫌ったりするような事じゃない。
「あぁ、俺とお前は友達だ」
「うん、良かった」
そう言いながら、勇は鏡に近づく。
「収納」
そう呟かれた瞬間、まるで勇が持っていた剣と同じように鏡が消失する。
「何したんだ?」
「僕のピアスの中にある異空間に入れたんだ。ここで野晒しにしておくのは危な過ぎるからね」
その後、近くに小さな洞窟を見つけて勇はその中に鏡を設置した。
更に、今度は見た事が無い文字の書かれたレイピアの様な剣を取り出し、その切っ先で洞窟の入り口をなぞっていく。
「何をやってるんだ?」
「結界を構築してるんだ。この線は人間以外には跨げない」
確かに、勇のなぞった場所にそって、刀身に刻まれてるのと同じような謎文字が地面と壁、天井に刻まれていた。
「へぇ、便利だな。色々と」
「まあね。ここは確かに僕の知ってる異世界にかなり近い。だとしたら亜人や魔獣がいつ襲って来るとも分からない。だから準備は大事だよ。それと早一にもこれを渡しておくね」
そう言って勇が取り出したのは、琥珀の様な金色の宝石が付いた指輪と、鍔に歯車の様な装飾が施された鉛色の剣だった。
「指輪は簡易収納の魔道具で、剣を入れておくための物だよ。それでそっちの剣は『自動剣【エクス・マキナ】』って言って、持つだけで一流剣士に近い動きができる様になる。まぁ、動きが読まれて負けるけど。弱い魔獣なら倒せるくらいには強い剣だよ。デメリットも無いしね」
「へぇ」
取り敢えず、言われるがままその二つを受け取る。
指輪を右手中指に付け、剣を握る。
「それで、入れって念じてみて」
「よっと」
剣が消えた。
「出てこいって念じると出て来るよ」
剣が手元に出て来た。
「ほんとだ」
「ピンチの時はそれを使って。けど地球で使っちゃ駄目だよ?」
「こんな物騒なモン日本で振り回せねぇよ。お前こそ、イジメられた時とかなんで使わなかったんだ?」
「……別にこの能力は、僕が研鑚によって培った物じゃない。異世界に来た時に授かっただけだ。だからそれを使うのは卑怯でズルでしょ? それに僕は地球では普通に生きたかったしね」
「じゃあまたこっちに来て良かったのか?」
「正直気になってたんだ。僕が地球に帰った後、異世界がどうなったのか。だからそれを確かめる為にも、もう少し鏡を使わせて貰っていいかな?」
当たり前だが、俺は地球でワイバーンなんて見た事無い。
同じように地球には無い様々な物がこの世界にはあるんだろう。
それには『未知の食材』が含まれる筈だ。
俺が料理をする根源的な理由は、美味い物を食べたいから。
この世界でなら、まだ味わった事の無い味を知れるかもしれない。
けど俺は普通の一般人で雑魚だからな。
「勇が協力してくれたら、俺としては万々歳だ。美味い異世界料理を死ぬほど食わせてやるよ」
そうして、俺と勇はしばらくこの異世界を見て回る事を決めた。
◆
まぁ、学校があるから放課後だけだが。
「ごめん早一」
勇と異世界に行った次の日の昼休み、勇は開口一番俺にそう切り出した。
「今日委員会があって……」
こいつは一年のクセに図書委員長という大役を担っている。
というか、図書委員は基本全員引っ込み思案で、勇がお願いされて、それを勇が断れなかっただけだが。
「あと明日と明後日野球部とサッカー部に助っ人頼まれちゃって。悪いんだけど、冒険は少し待ってくれないかな?」
中二病の癖にイケメンで、しかも勇者なら当たり前なのかもしれないがスポーツ万能と来た物だ。
これでモテないのだから逆に凄い物だと思う。
「おっけ。肉はちょっと持ち帰ったからな、その研究だけにしとくよ」
「助かるよ。料理も期待してるね」
そんな会話を昼休みに済ませた放課後。
家に帰ろうと荷物を纏めていた時だ。
「飯田君、ちょっといいかしら?」
そう、一人の女生徒が声を掛けて来た。
振り返ると、そこに居たのは俺の隣の席の『
いや、おかしい事がある。
魔使黒遠は学校でもかなり知名度がある。
勇に負けず劣らずの美形。
大和撫子を体現した様な雰囲気。
寡黙で清楚で、振った人数は一年ながら百に達するとまで噂される学校の有名人だ。
そんな異質すぎる雰囲気から、隣の席と言っても俺は魔使と真面に話した事は一回も無い。なんで喋りかけてくる?
「な、何か用……ですか?」
「何故敬語なのかしら? クラスメイトでしょう?」
「そう……だな。どうした?」
「今から、貴方の家に行っていいかしら?」
俺は即座に周囲を見渡した。
よし、かなり小声だったから誰にも聞かれてない。
この全校生徒から人気を集める才色兼備の大和撫子を家に連れ込んだなんて噂が立てば、俺の学校生活に支障が出かねない。
いや待て……
これは寧ろチャンスなんじゃ無いか?
俺は一人っ子だし、母さんは俺をかなり遅く出産したからもう四十代後半だ。
「若い女か……」
「……何を言っているの? それに目が怖いわよ」
「いや、来なよ家。丁度良い物を用意してあるんだ」
「そうなの?」
「うん。全く気にしなくていいよ。きっと、凄く気分が良くなる奴だから」
「…………貴方ってそういう人だったのね。いいわ、じゃあ行きましょうか」
「うん、行こう」
昨日の夜作ったクッキーとショートケーキがある。
正直、親や勇に食わせても感想が微妙だと思ってたんだよ。
けど、魔使さんならちゃんとした味の感想を言ってくれるだろう。
◆
「どうぞ」
「お邪魔します。結構整っているのね。男の子の部屋ってもっと散らかってると思っていたわ」
そりゃ、部屋の空気が悪いと食べる物の味にまで影響しますから。
流石に部屋その物をレストラン風に改築する金は無いから、適度に掃除をしてるだけだけど。
ベッド、勉強机、部屋の真ん中にちゃぶ台、座布団が三枚。
大体それが俺の部屋の内装だ。
「好きにくつろいでて、お茶持って来るよ」
「お構いなく」
「遠慮しないで。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「じゃあコーヒーでお願い」
そう言って俺は急いで冷蔵庫に入れていたケーキを切ってクッキーを皿に並べる。
そしてコーヒーを入れて部屋に戻った。
「どうぞ」
「その、用意がいいのね」
「いえいえ、どうぞ」
「美味しそうだわ」
「ありがとうございます。どうぞどうぞ」
「やけに勧めて来るわね。それに貴方の分のコーヒーは無いし。何か入ってるのかしら?」
「……え? あ、いや、え? 入ってないですよ、隠し味に粉末状の
「挙動不審過ぎるわよ貴方。まぁいいわ、食べてあげるわよ」
そう言って魔使さんはフォークを握り、ショートケーキを口に入れた。
口の中でそれを融かし、飲み込んで、一言。
「美味しいわね……」
よし!
「嬉しいよ。それ実は手作りなんだ」
「手作り……凄いのね。お菓子作りが趣味なのかしら?」
「いや、実は将来料理人を目指してるんだ」
「⋯⋯もしかして学校で言っていた気分が良くなる物って……」
「そう、このお菓子。どうかな、美味しい物食べると気分良くならない?」
俺がそう聞くと、魔使さんはクスリと微笑んだ。
「えぇ、そうね」
それから、ゆっくりとケーキを頬張りながら彼女は話し始める。
「それじゃあ、私の用事も伝えるわ」
「確かに、なんで俺の家に来たんだ?」
「その姿鏡にかぶせられているシーツ、取ってもいいかしら?」
「え……なんで中が姿鏡って知ってるんだ?」
「見たの、貴方がコーヒーを淹れてくれている間に」
「見、見ただけ……でしょうか?」
「触ったわ。凄いわね、吸い込まれる鏡なんて初めて見た」
……スゥ。
……やっちまった。
そう思いながら、どう言い訳しようか考えていたら、魔使さんは奇妙な事を口にし始めた。
「異世界。隣の席で貴方たちがそう話していた時から気になっていたの。そして、この鏡を見て確信した。私が昔、怪物を狩っていたあの世界はやっぱり異世界だったんだって。だとしたら、私は行かなければならないの。【魔法少女】として、あの世界にもう一度」
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