鳴神高校異界調査部 ~部員は異世界帰りの勇者、裏切りの魔法少女、究極の人造人間、千年を生きる吸血鬼、一般人の俺~

水色の山葵/ズイ

第1話 勇者


 夏休み。

 俺は田舎の祖父母の家に来ていた。

 都会の便利さは無くとも、色々な新体験を与えてくれるこの田舎の雰囲気は嫌いでは無い。


 爺ちゃんは農家で色んな野菜を育てている。


 漠然とした物ではあるが、料理人を将来の職業にしたいと考えている俺にとって、新鮮な野菜で色んな料理の試作ができるここは、願ったり叶ったりな場所だという事もここが気に入っている理由の一つだろう。


 あと、そこら辺に沢山虫が居るから味を確かめられるしな。

 昆虫食こそ食糧難の救世主。

 未来の希望である。


 しかし、何故かその思想が家族に受け入れられる事は無い。

 食卓に昆虫食を出すのは止めてくれと父さん母さんから猛抗議を喰らった。

 だから、皆こっちに来て三日で戻って行っちゃったしな。


 まぁいいや。

 家で虫を繁殖させて、分からない程度に家族の料理に混ぜて具合を確かめるから。

 実際何回かこっそり入れた時は、分からずに美味しいって言って食べてたし。


「すまん早一、蔵の掃除をお願いしてもいいかのう?」


 爺ちゃんももう80を越える。

 あまり無理な仕事はさせられない。

 俺は爺ちゃんのお願いを二つ返事で引き受けた。


 かなり昔からあるであろうこの家には、それなりに大きな蔵がある。

 扉を開けて見ると、大量の埃が舞い出て来た。


「ゲッフン!」


 これマスク持ってこないと無理だ。

 ていうか、家の掃除道具全部持って来よ。


 そんな風に始まった蔵の整理は、三日程を掛けてやっと落ち着いた。

 よくわからない物も大量に出て来た。

 我が飯田いいだ家はもしかしたら昔はそれなりの名家だったのかもしれない。


「これ『なんとか鑑定団』に出したら良い値するんじゃないか?」


 一際豪華な装飾の姿鏡を見ながら呟く。

 枠とか金色だし、結構重たかったぞ。

 純金とかだったら、将来店を構える時の足しになるかも。


 でもま、爺ちゃんの出しな。直しとくか。

 そう思っていると、縁側を歩いていた爺ちゃんから声が掛かった。


「おぉ、それなんじゃったけなぁ? 早一、駄賃に持ってっても良いぞ」

「え、ほんとにいいの? 結構高そうだけど」

「あぁ、よいぞよいぞ」


 そのまま、ほっほっほ、と笑いながら爺さんは歩いて行った。

 けどこれ結構でかいけど、どうやって運ぼ。

 うちの軽自動車じゃ絶対乗らないよ。


 という事で、家に宅配して貰った。



 ◆



「って事があった訳なんだよ」

「なるほど。ちなみに早一が僕の為に造って来てくれたこのお弁当ってさ……いや、聞かないでおく事にするよ」

「美味いか?」

「うん、美味しいよ」


 料理をする人間にとって、これほど聞き心地の良い言葉は他に無いだろう。


「って違ったや。俺が言いたいのはその後なんだよ」


 夏休みが終わり、久しぶりに登校して来た初日。

 俺は、一番仲が良い友人と言っても過言ではない聖勇ひじりゆうに、そのあと起こった不思議な出来事を話す事にした。



 ◆



 鏡を持ち帰った俺は、さっそく自分の部屋にそれを設置してみた。


 デザインはアンティーク調の様にも思えるが、縁の金色の部分には見た事も無い文字が刻まれている。

 これはもしかて、歴史的にも価値のある物なのでは無いだろうか。


 そう思いながら、鏡を丁寧に拭いていた時だ。


 磨かれ、やっと俺の顔を写しだした鏡の一部に触れた手が――



 吸い込まれた。



 少なからず鏡に体重を預けていた俺は、倒れる様に鏡の中へ全身が呑まれた。


 見た事も無い景色。

 それに、室内に居た筈なのにどう見てもそこは外だった。

 空は曇っているのか、光はそんなに刺していない。

 いや違った。空の色が青じゃ無くて紫なんだ。

 夜程暗くは無いけれど、朝程明るくない。

 そんな世界。


 正直、一目で察してしまった。

 ここは地球なのだろうか。


 荒野の上にポツンと置かれた俺と、隣にあるのは俺が入ったはずの姿鏡だけ。


「帰るか……」


 現実逃避さながらに鏡にもう一度手を触れる。

 すると、来た時と同じように手が吸い込まれた。

 そのまま身体を入れると、潜った先は間違いなく俺の部屋だった。



 ◆



「で、何回か入ってみたんだけどさ、やっぱり全然別の場所に繋がってるみたいなんだよ」

「それで何度も入ってみる度胸が凄いね。誰かに相談した方がいいんじゃないかい?」

「だからこうして相談してるって訳だよ」

「僕に?」

「そりゃあまぁ、一番信用してるし」


 勇と出会ったのは中学三年の時だ。

 俺が虫遊びし過ぎてクラスメイトにイジメられていた時、助けて貰ったのだ。


 それからは、両親も居なくて一人暮らししてるという勇の為に、偶に弁当を作ってやったりしてる。


「⋯⋯そこって、全然地球っぽく無かったんだよね?」

「あぁ、空の色が全然違ったし。夜行った時は月が三つもあったからな」


 とはいえ、勇もかなり変わっていて、イジメっ子に立ち向かった時は「僕を好きなだけ殴ればいい。大丈夫、慣れてるからさ」なんて言っていた。


 そのスタンスが三日くらいボコボコにされても崩れなかったから、イジメっ子も飽きたらしく俺と勇は虐められなくなった。


 そんな勇の変人さ加減は俺と友人になった後も継続されている。


 例えば、ゲームの話でゴブリンというワードが出ると、「ゴブリンか、あれは結構恐ろしいんだよ。僕もかなり苦戦した」なんて意味不明な事を言い出して周りの人間を引かせている。


 クラスでは「黙っていれば学校一イケメン」という称号が囁かれていたりするほど顔は整っているのだが、残念イケメンという奴だ。


 地毛で金髪だし。目鼻立ちもかなりいい。

 瞳も金眼というかなり目立つ見た目だ。


 あと何処で売ってるか分からない様な、先にキューブがついたチェーンピアスを付けている。

 これはどちらかと言えば中二病要素だな。


「もしかして僕が行ってた異世界……?」


 ほら、言い出した。

 まぁ、異世界という表現は言い得て妙かもしれないけど。

 でも実際に見ても無いのに出て来る言葉にしては、ワードセンスありありだ。


「早一、今日君の家に行ってもいいかな?」

「え? なんで?」

「その世界に君一人で行くのは危ないからさ。僕なら君を守れると思う」

「……そういうのは女子に言った方がいいぞ?」

「え? 守る相手に男か女かなんて関係あるのかい?」


 教室の女共が聞き耳立ててるから。

 俺とお前が変な関係だと疑われるんだよ。

 俺は食には煩いが、異性の好みは普通です。


「分かった、分かったから。もうちょっと小声で頼む」

「そうだね。あまり他人に知られない方がいいもんね」


 ほら、また女共がキャーキャー言うじゃん。



 ◆



 という事で放課後。

 勇は俺の部屋に来ていた。


「夏休み中にお昼ご飯ご馳走になった時以来だね」

「あぁ、今日の晩飯も俺が作ってやるから楽しみにしとけよ」

「いいのかい? その、前から言ってるけど食材のお金だけでも出すよ?」

「いいって、お前は俺の練習台なんだから。美味いとか不味いとか言ってくれてればいいの」

「……そうかい? でも早一の料理は毎回美味しいけどね」

「そりゃどうも、って訳でこれが問題の鏡です」


 金色の装飾に囲われた卵型の姿鏡から、かぶせていた布を取り、片腕突っ込んで出し入れして見せた。


「ほらな?」

「確かに」


 そう言いながら、勇も鏡に手を突っ込む。

 勇の手も俺と同じ様に中へ入った。


「入ってみるか?」

「そうだね。見て見たい。本当にあの世界かどうか……」

「あ、そうするか」


 付き合いが長いと、中二病発言の殆どを無視できるようになる。

 正直、一々ツッコンでると話が進まないしな。


「じゃあ着いてきてくれ」

「先に行くと危ないよ」


 そう言いながら、勇も俺を追って中へ入って来た。

 ここにはもう十回以上入っている。

 いつも代わり映えしない景色で飽きるくらい。


 入ればやはりいつも通りの荒野が広がっていた。

 空は紫。月はまだ出てないな。

 現実とこの世界の時間はリンクしてる。


 けど、ここから動いた事はない。

 歩くと疲れそうだし。

 迷ったら鏡があるここに戻って来るのが難しそうだし。


「魔力が濃い……僕が知ってるあの世界よりずっと……」


 そ、そうですか。


「下がって、早一」

「なんでだ?」

「来るよ。群れだ」


 そう言って勇は上空に視線を向ける。

 沢山の点が烏合の様に集まっている。

 どうやらそれは俺達の方へ向かってきている様だ。


「鳥か?」

「いや、違う」


 遠すぎて大きさとシルエットが良く分からなかった。

 だが、それは恐ろしい速度で近づいて来て。

 直ぐにその姿は露わになった。


「飛竜の群れだよ」

「ひりゅう……?」

「ワイバーンとも言うね」


 いや、意味が分からなかった訳じゃ無くてな……


「肉食だから僕等を狙って来るよ」

「じゃあ早く鏡の中に逃げようぜ」

「それはできないよ。この鏡が破壊されたら二度とこっちに来れないかもしれない。飛竜が鏡を通って現世に現れるかもしれない。それは困る」

「じゃあどうするって言うんだよ!?」

「迎撃……いや、殲滅するよ」


 そう言った勇の手には、いつの間にか『剣』が握られていた。


「早一、今まで黙っていてごめん」


 そう言いながら勇は、黄金の装飾が成された貴剣を両手で構える。


「実は僕は、異世界で勇者をしていた事があるんだ」


 光が剣へ収束していく。

 まるで、その輝きは勇が特別な人間である事を示している様で。


 黄金と白金が混ざった光の収束と共に、勇は、一歩前に出る。


「僕の勇者としての力を説明するね。僕は、あらゆる魔剣、聖剣、妖刀、神剣をデメリットや装備条件を無視して使用できる。そして、収納用魔道具であるこのピアスには僕が異世界で収集した999個のつるぎが保管されてるんだ」

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