第7話

 グラッシーズと別れた後、急ぎ家まで向かったけれど既に貢の姿はなかった。しばらく待っても僕が来ないものだから、呆れて帰ってしまったのだろう。念のため、貢に確認を取ろうと思いスマホのアプリを起動させたけれど、そういえばあいつの連絡先を知らなかった。まあ、明日また学校で会えるだろう。


「未錐。あんたも成人の年齢なんだから、川で遊んだりするの止めなね。お姉ちゃん、びっくりして近所に言いふらすところだよ」


「僕を辱めることが趣味なのは幼少期から知っているからどうでもいいけれど、どうして僕は別のズボンを履く許可を頂けていないのだろうか? 我が姉よ、僕が風邪でもひいてしまったらどうする気だ?」


「仕事を休んで、一日中看病する気」


「優しすぎて、涙がでるぜ」


 その優しさを、現時点で発揮してもらいたいものだが。洗濯機に放り込まれたズボンが帰還するまで、僕はこうしてパンツで過ごさないといけないのだろうか。正直なところ寒さもそこまで感じないし、一人リビングにいるだけなら問題はないのだけれど、姉とはいえ誰かの前で下着姿でいるのは少し気恥ずかしい。


「お姉ちゃんのこと、異性として見てる?」


「いや、それはない。ただ、人前で肌を出すことに慣れてないだけだ。僕が露出狂だったなら、我が姉の前でも平然と裸で過ごしているさ」


「過ごす前に警察に連れて行かれるだろうけどね。はあ、しょうがない。うるさいけれど可愛い弟だし――」


 お。ズボンを持って来てくれるつもりか? 別に許可さえくれれば、自分で取りに行くけれど。


「未錐一人じゃ恥ずかしいのなら、私も下着姿になってあげよう」


「やめろ。そっちの方が恥ずかしい」


「あ。やっぱり、お姉ちゃんのこと異性として見てる」


 異性として、というか、これは単に女性の肌を見慣れていないだけだ。あ、これこそ異性として見ている証拠か。


 いやまあ、兄弟とはいえ性別はあるのだから、姉が女性に見えておかしくはないだろう。


「まあ、年頃だししょうがないよね」


「こっちとしてはそれで片付けられるのも癪だけれど、まあいいか。さて、そろそろお風呂も沸いただろうし、入ってくるとするか」


「しっかり温まってきなね。ていうか未錐、あんた川に入れるようになってたんだね」


「水への恐怖心はもうほとんどなくなってるからな。まあそもそも、川に入っていたのは僕じゃないんだけれど。ほら、我が姉も知ってるだろ? 僕が小さい頃、一緒に溺れて我が姉に助けてもらった女の子」


「あー。あれ、女の子だったんだ。確かに、女の子っぽい名前だったかな」


「いやまあ、僕にもまだあいつが男なのか女なのか分かってはいないんだけれど」


 僕は風呂へ入る前に、冷蔵庫からお茶が入ったポットを取り出してコップに移した。コップ一杯のお茶を飲み干して、リビングの扉の取っ手に手をかける。


「未錐、あんたその年になってまだ持ち歩いてんの?」


「――え? なんのこと?」


「何って、川で遊んだんでしょ? まあ、人の趣味にとやかくは言いたくないけれど、あまり人目につかないようにした方がいいかもよ。露出狂と一緒で、通報されてもおかしくないだろうし」


 唐突に、何の話だ? 一緒に川で遊んだのは、貢だけれど、あいつと一緒に遊ぶことに何か問題があるのか? それに、持ち歩いてるって?


 僕と我が姉の思い描いている絵に、何かずれがあるような気がする。一体、なんだ? なにがおかしいんだ?

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