第6話

「あまり説明が好きではないのですが、仕方ないですかね。いいですか、よく聞いて下さい。そして、もし分からないことがあれば、すぐに質問して下さい。いちいち私が喋り終わるのを待たなくても、構いませんから。私の自己満足で終わってしまっては、意味がありませんからね。きちんと相手に伝わって初めて、説明をした意味があるのです。では、面倒ですがお話致しましょう」


 男は眼鏡をくいっとしながら、語る。説明するのが嫌いとか、絶対嘘だろう。玩具を見つめる子供のような目をしているもの。


「まず、この世にはイレギュラーと呼ばれる存在がいます」


「はい、先生!」


「どうぞ」


「そのイレギュラーとは、一体何なのですか?」


「それを今から説明する、と言っているのです。質問するのは結構なことですが、あまり先走らないように。走り過ぎたら、転んでしまいますよ」


「転んでもまた起き上がる。僕は、そんな強い男になりたい思っています」


「そうですか、勝手になってください。では、続きを話します」


 男は一度嘆息してから説明を始めた。


「【イレギュラー】とは、【レギュラー】ではないもの。つまり、通常ではないもののことです。例えば、私がかけているこの眼鏡。これは、私の視力を補ってくれるものです。眼鏡は視力を補う、それが通常でレギュラーです。そして、中にはそれに該当しないものがある。眼鏡でありながら、視力を補うことと別の役割や効果を持ったもの。そういったものが、イレギュラーとなります」


「最近の眼鏡は、視力以外にもブルーライトのカットとか、色んな効果を持っていると思うけれど。そういったものとは、違うのか?」


「全然違います。それは、意図して追加された効果でしょう? イレギュラーとは、意図せず、そして原因不明の役割や効果が追加されたものに該当されます」


「なるほど。じゃあもし、僕が今来ているこの制服に、身を包む以外の効果が意図せず宿っていたとしたら、イレギュラーというものになるわけか」


「その通り」


「それがあると、どうなるんだ?」


「世界が混乱します。通常ではないのですから、当然でしょう。ですから、イレギュラーはこの世から排除しなければならないのです。世界の平和のために。そして、世界からイレギュラーを排除するために設立された組織が【レギュメント】。私が所属している組織になります」


 なるほど。信憑性の高さは置いておくとして、一応理解は出来た。けれど、その話と僕たちに何の関係があるというのだろう。僕と貢は、どこにでもいる健全な高校生だ。


 その――はずだろう?


「どうでしょう、お分かり頂けましたか?」


「ああ、なんとなくだけれど。でも、レギュメントの一員である、ええと――」


「グラッシーズ。私のコードネームです」


「眼鏡!?」


「私の本体は、人の方ではありませんから」


 冗談なのか本気なのか。人格を持った眼鏡なんて、それこそイレギュラーじゃないか。


「なんでグラッシーズは、僕たちを見ていたんだ? イレギュラーの反応がどうとか言っていたけれど、まさか僕たちがイレギュラーだとでも?」


「――ほう。なるほど、これは」


「――なんだ?」


「いや、なんでも。確かにあの橋の上でイレギュラーの反応を感知していたのですがね、どうにも今は薄れています。別の場所に移動でもしたのか、それとも、まだレギュラー寄りの存在であるから分かり辛いのか。まあどちらにせよ、ここにこれ以上長居する必要はなさそうですね」


 グラッシーズは僕に背を向けて、歩き始めた。得体の知れない男ではあるし、言っていることも非現実的であるように思う。けれどそれでも、なんとなく。この男の言っていることは、嘘ではないように思えている。あいつの正体の不明さが、グラッシーズの言葉の信憑性を高めているのかもしれない。


「ああ、それと。これは大人としての忠告ですが。川遊びはほどほどに。溺れたら、大変ですからね」


――何を言っているんだ? 僕は、川で遊んでなどいない。僕は眺めていただけで、川で遊んでいたのは貢一人のはず……。


 なのに、どうして。


 どうして僕が履いているズボンが――こんなにも濡れているんだ?

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