第5話
歩道で行き交う人影の群れの中で、ただ一つ、動かずに佇んでいるのだ。こっちを向いているのか、どんな風体なのかははっきりと分からないけれど、あの人影から何か嫌な空気が流れ込んでいるような気はする。
もし、本当にこっちを見ているとして、一体何を見ている? 河川敷? 川? それとも、僕? それとも――貢?
「貢! 今すぐ帰るぞ! 早く、そこから出て来い!」
「おわ! どうしたんだよ、急に大声出して。俺が濡れてる姿に興奮しすぎて、おかしくなっちゃったのか?」
「くだらない冗談は、後だ! 僕にもよく分からないけれど、ここから離れた方がいいような気がするんだ」
「うーん。未錐が必死になってるのは伝わったから、従うとするかな。よっと。うわあ、川の中にいる時はあんまり感じなかったけど、川から出ると濡れてる足の不快感、半端ないね。もう、川に住んじゃおうかな」
のんびりと、いつもの調子の貢。それはそうだ。あいつはまだ、あの異様な存在に気が付いていない。教えて無駄に怖がらせる必要もないだろう、とにかく今は、あいつが動き出す前に――
「どこに行った?」
「――え? 俺はここにいるけど」
あそこにあった人影が、いなくなっている。
本当はただ、あそこで立ち止まってスマホを弄っていて、操作が終わったから歩いてどこかに行ったとか、そういう平和的なオチもあるのかもしれないけれど、この不安感は、そんな楽観的な憶測では拭いきれない。たとえ、川に飛び込んだとしても、僕の身体にべっとりと張り付いていることだろう。
「貢。久しぶりにかけっこをしないか? ここから僕の家まで、どちらが先に辿り着くか、勝負だ!」
「お! 未錐にしてはいい提案だ! よし、そんじゃあ、さっそく。位置について、よーい、どん!」
どん、の合図で走り出したのは、あいつ一人だけだった。
僕はまだ、この河川敷を離れるわけにはいかない。その理由が、あいつを守るためなのか、それとも別の何かなのかは現時点では分からない。
けれど。今からきっと、はっきりするだろう。
「その眼鏡は、よく見えるんだな。橋の上でこっちを見ていたのは、お前だろ」
いつの間にそこに立っていたのか分からなかったけれど、僕の後ろに立っていた、黒いスーツに身を包んでいて、黒縁眼鏡をかけているオールバックのこの男が、異様な視線を飛ばしてきていた人物なのだということは、不思議と分かった。
「おやまあ。よくお分かりで。といっても、あれだけ分かりやすく視線を飛ばしていたんです、さすがに分かりますかね。さてさて。貴方が私に問いたいことは恐らく二つ。何者だ、そして、何故見ていた。簡潔に答えましょう。私は、イレギュラーを滅し世界の秩序を守るレギュメントの一員。そして、そんな私がイレギュラーの気配を感じたので、こちらを見ていたのです。どうです? 納得出来ましたか?」
…………。
…………。
「勝手に話終えたところ悪いんだが、もう一度説明してもらってもいい?」
突然現れて矢継ぎ早に変な設定を語られても、いまいち頭に入ってこないんだもの。
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