第4話
貢はズボンの裾を上げて、川の中へと入って行った。ばしゃばしゃと水をわざと跳ね上げて、楽しそうに飛び回っている。時折妙な表情を見せる貢だが、ああして無邪気な顔を見せてくれると、どこか安心する。ああ、僕の知っている九倶都貢なのだな、と、変な猜疑心に駆られずにすむのだ。
「おい、貢。あんまり真ん中の方へ行くなよ。昔、僕とお前とで溺れたの覚えてるだろ」
「分かっているさ。といっても、こうして大きくなったんだ、今なら足がつくと思うけどな」
「ついたとしても深いことに変わりはないんだ。足を滑らせたりしたら危険だし、絶対に行くなよ」
「振り?」
「振りじゃない。僕はお前を心配して言ってるんだ」
「はいはい。もう、そんなにがみがみ言わなくたっていいだろ。未錐は俺のお母さんみたいだな」
「お母さんじゃない、未来の旦那さんだ」
「その年で結婚願望強すぎないか? この年齢のカップルって、イチャイチャしまくってるほど続かないイメージなんだけど」
「それが本当に事実なのだとしたら、俺と貢の関係は一秒ももたずに終わってしまうな」
「逆に一秒未満の間で別れるのが難しそうだけどな。まあ、そんなことより、未錐もこっちに来いよ! 一緒に青春を味わおう」
「いや、僕は行かない」
というよりも、行けないのだ。
小さい頃にその川で溺れてから、水の中に入るのが極端に苦手になった。今では大丈夫になっているが、溺れてから数年は、お風呂に入るのも酷だったぐらいだ。
貢の言っていた通り、この川はもうどの部分でも僕が両の足で立てるぐらいの水深なのだろう。足を滑らせて頭を石で打って、気絶でもしない限り、溺れることはない。
それが分かっているのだけれど。それでもやはり、幼少期のトラウマは中々消えてくれないようだ。
それにしても、あの時貢も一緒に溺れて、一緒に我が姉に助けられたはずだけれど、あいつはあまり水を恐れたりすることはなかったな。無邪気さゆえのメンタルなのか。あいつの性格は、たまに羨ましくなる。
しばらくあいつが川で遊んでいるのを陸から眺めていると、ふと妙な視線を感じた。
どこから感じているんだ? 辺りを見回してみても、河川敷には僕たちしかいない。となれば、ここじゃない別の場所からか。
僕は上を見た。川の上に架けられている橋には、車道も歩道もあって、それなりの大きさをしている。こちらから向こう岸へと移動する橋として、普段から利用者は多くいる橋だ。
人を見つけるとなればあの橋の上が妥当のような気もするけれど、ここから百メートルほどは離れている。あんなところからこっちに視線を向けたとして、鮮明に見えるはずもないだろうし、そもそも僕が視線を感じるのもおかしい。
でも。
一つだけ、明らかに異様な人影がある。
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