第9話 アドバイス?

 シルバーウルフの突進にも似た噛みつきを、前に飛び出したバンプがショートソードで切り払うように迎え撃つ。

 完璧なタイミングに見えたが、シルバーウルフは急激に減速し、ショートソードは空を切る。

 止まった勢いを溜めに転換し、バンプの頭を噛み砕こうとシルバーウルフは跳躍した。

 攻撃が外れたことを悟ったバンプはすでに回避行動に移っており、ショートソードを立てたまま、前方に飛び出す。

 上と下で交差するように移動した際に、バンプのショートソードがシルバーウルフの腹部を薙いだ。

 銀色の毛が鮮血に染まる。

 唸り声を強くし、目にはバンプへの怒りの色が宿った。

 その目を突然強烈な冷気が襲う。

 マリーが顔目掛けて魔術を放ったのだ。

 冷気系の魔術に強い耐性を持つシルバーウルフだが、眼球に生じた冷気には耐えられなかったようだ。

 高い鳴き声をあげながら、その場で身体をくねらせる。

 隙を狙ってバンプがショートソードを振るうが、一撃を与えただけで素早く後退され、距離を取られた。

 一度戦っていたからか、それとも魔物との戦闘から幾分かの休息を取れたからか。

 先ほどよりはマシな出だしだ。

 勢いつき、距離を詰め、バンプはショートソードを振るう。

 しかし警戒されたのか、単純に素早さが劣っているのか、俊敏な動きに翻弄され、かすりもしない。

 マリーも援護を試みるが、果たして再度冷気の攻撃が通じるだろうか。

 実際、シルバーウルフは驚いただけに違いない。

 隙を作ることができても、ダメージを与えることはできない。

 何度も使える手ではないし、下手をするとシルバーウルフの近くで戦っているバンプに被害が及ぶ。


「くそっ! 動きが、速ぇ!」


 バンプの動きは決して遅くはないが、明らかにシルバーウルフの動きに対応できていなかった。

 シルバーウルフの攻撃を避けるのも、空振りするのも体力を消耗していく。

 このまま戦闘が続けば、先に体力が枯渇するのはバンプであるのは疑いようがない。


「バンプ! 下がって!!」


 叫んだ後、先ほどよりも魔力を込めた冷気をシルバーウルフの顔に発生させる。

 シルバーウルフは一瞬怯んだ後、素早く後退し全身を振った。

 どうやら二度目の奇襲は失敗に終わったようだ。

 距離を取られたせいで、バンプは一撃すら与えることは叶わなかった。

 再び始まる攻防。

 心なしか、シルバーウルフの攻撃の頻度が増え、代わりにバンプの手数が減ったように見えた。

 均衡が崩れるまでに多くの時間は必要なかった。

 シルバーウルフの牙が、避けきれなかったバンプの左腕に赤い筋を作る。


「ぐっ! くそっ! このやろう……」

「バンプ!」

 

 万事休す。

 利き腕ではないが、傷は集中力も体力も急激に奪っていく。

 万全な状態ですら押され気味だった相手に、手負では長く持たないだろう。

 ましてやここから起死回生の何かが起こることを期待するほど、夢想家でもない。

 マリーがそう思った時、バンプが意外な行動に出た。

 身に纏っていた甲冑を脱ぎ捨てたのだ。


「バンプ。何を……?」

「そこで突っ立ってるだけの奴が脱げ脱げうるさいから、脱いでやるんだよ! これでいいだろ!」


 マリーには意味が分からなかった。

 バンプが言っているのは身動き一つ取らずに横で見ているだけのアークのことに違いない。

 確かにここに来るまでの間、アークはバンプに甲冑を脱いだらどうかと言っていた。

 その意図はいまだに分からないが、バンプには伝わっていたというのだろうか。

 強敵を前にそれに従う理由も、意味も分からない。

 身を守る甲冑を脱ぎ捨てて、どんな効果があるというのか。

 しかし、甲冑を脱ぎ捨てたバンプの動きを見て、理解した。

 動きが明らかに速くなっている。

 甲冑の重さ、動きづらさの制限がなくなったバンプの動きは、先ほどまでとは全く異なっていた。

 当たらなかった攻撃が当たるようになり、回避行動にも余裕が出たようにさえ見える。

 マリーは驚きながら隣に立つアークを見た。

 バンプの変化を見て何を思うのか。

 変わらない表情からは、彼の思考は読み取れなかった。


 ☆

 

 バンプは内心、苛立ちを感じていた。

 甲冑を脱いでから、明確に動きやすくなったのは間違いない。

 素早く動き、相手を翻弄させ、少しずつ傷を与えて倒す。

 慣れ親しんだ本来の戦闘スタイルを考えれば、重い甲冑は足枷ともいえた。

 しかしバンプが望んだのは、一撃の下に敵を捩じ伏せるエリザのような剣技だった。

 自分とは真逆。

 憧れを現実にするため、朝早くから夜遅くまで、許される限り鍛錬を続けた。

 エリザにはまだまだ足元にも及ばない。

 理解していたが、いずれは……そう信じて貫くことを決めた戦闘スタイル。

 しかし初の実戦で、及ばないことを思い知らされた。

 

 ――なぜあいつが知っている?

 

 苛立ちの原因は、自分の技量が目の前の魔物に通用しないことだけではない。

 むしろ大部分は、自分が侮っている新領主アークに見透かされたことから来ていた。

 

 ――エリザ様が伝えたのか?

 

 バンプの元々の戦闘スタイルを知っているのは、バンプの騎士団入団審査に立ち会ったエリザくらいだ。

 エリザに憧れ真似るような動きを見せた時、エリザは一度「自分の得意な動きを最初から見せてくれ」と言った。

 今よりもずっと拙い動きが紛い物だと指摘されたようで、恥ずかしかったが、落とされるよりはと本来の動きを披露した。

 結果的に合格した後、バンプはエリザに憧れていること、戦闘スタイルを変えたいことを素直に伝えた。

 エリザは笑顔で「君の好きにすればいい」と言ってくれた。

 そもそも、たかが騎士になったばかりの新米の戦闘スタイルを、実兄とはいえ、話題にするとは考えにくい。

 認めるのは悔しいが、エリザにとってバンプは、その他大勢の一人なのだから。


「だったら、戦う動きすら見てないあいつが、気付いたっていうのかよ!」


 怒気を込めて放つ一撃が、シルバーウルフの鼻先を削る。

 すでにいく筋もの赤い線が、シルバーウルフの身体中に刻まれていた。

 傷の数だけ見れば、バンプが優位に立っていた。

 しかし、決断するのが遅過ぎた。

 甲冑の上とはいえ左腕に受けた傷は、明らかにバンプの攻撃の威力を低減させている。

 シルバーウルフに攻撃は当たるようになったものの、どれも厚い皮膚を深く傷つけてはいない。

 一方でシルバーウルフの攻撃は、一撃でも食らえばそれでお終い。

 再起は不可能だ。


「結局、どっちも中途半端か……」


 力を求めれば届かず、届く攻撃では決定打に欠ける。

 せめて他に攻撃の手段があればと、一瞬だけマリーとアークに意識を向ける。

 魔術を使えることには驚いたが有効な攻撃手段を持たないマリー。

 アークについては未知数だが、今の今まで何も行動しないということは期待しても無駄だろう。

 全く焦っていないところを見ると、何か策はありそうに見えるが、それが自分一人だけ助かる手段というのも十分に考えられる。

 もしかしたら、バンプがやられるのを待っているのかもしれない。

 昨日あれだけ無礼な振る舞いをしたのだから、今さら文句を言える立場でもないが、そうだとしたら悪趣味なことこの上ない。

 意識をすぐにシルバーウルフに戻し、ショートソードを振るう。

 左腕の傷がずきりと傷んだ。


 ☆☆☆


 僕は驚いていた。

 バンプが左腕をやられたと思ったら、いきなり甲冑を脱ぎ出し、押され気味だったのが優勢に変わったんだから。

 まるで物語に出てくる主人公のようだ。

 普段は重い装備をわざと身に付け、ピンチになった時に外すと途端に動きが良くなって、敵を圧倒するんだ。

 まさか、現実で目にするなんて思わなかった。

 ただ、素人目には、あまりダメージが通ってるように見えない。

 隣に立っているマリーを見る。

 彼女は魔術が使えるようだ。

 一緒に戦わないのかな?

 もしかしてエリザみたいに「これは訓練だから手出し無用」なんて約束してるのかな。

 そんなことしてる場合じゃないと思うんだけどね。

 もう夜が遅いから、できるだけ早く帰らないと。

 こういう時は素直に直接聞いてみるのが一番だ。

 もし訓練だなんて言ったら、今日だけは遠慮願おう。

 お腹も空いたしね。

 もしくは僕がお腹を空かせたシルバーウルフに食べられちゃうかもね。


「ねぇ。マリーは攻撃をしないの? バンプ一人で戦うよりもいいんじゃない?」

「私は……冷気系の魔術しか使えなくて……シルバーウルフは冷気に強い耐性を持つので」

「冷気系? 氷とかで物理的に攻撃するのはできないの?」


 魔術のことはよく分からないけど、冷たいのなら氷を思い浮かべる。

 夏の暑い日なんかは、ランディに頼んで氷の塊を出してもらって、削って糖蜜をかけて食べるのがお気に入りだ。

 そんなものを今出してもらっても困るけど、氷の礫やなんかで魔物を仕留めたのを見たことがあるから、攻撃にも十分使えるんだろう。


「氷系魔術は冷気と水の複合で。残念ながら、私は水系の魔術が使えないので扱えないのです」

「水がないとダメなの? 水か……水……その水筒の水とかダメなのかな? まだまだたくさん入ってると思うけど」

「水筒の……? いえ……まさか……やってみます!!」


 なんだかよく分からないけど、やってみてくれるみたいだ。

 これで倒すのが早まるといいなぁ。


「それで……申し訳ないのですが、魔力が枯渇しかけてるんです。先ほどの魔力回復ポーションを少しいただけませんか?」

「ポーション?」

「先ほど飲まれてた黒いポーションです。よほど効果の高いものだとは分かっています。値段は想像もつきません。しかし、数滴。いえ、一滴で十分ですので」

「黒い……あぁ! これのこと? 好きなだけ飲んでよ。こっちは手付かずだからさ」


 さっきは要らないって言ったのに、実は味見したかったんだね。

 言ってくれたらすぐにあげたのに。

 気に入ってくれるといいなぁ。

 でも、こんなタイミングで味見してみたいだなんて、ちょっと緊張感ないんじゃないかな。

 僕がいうのもなんだけどね。

 ところで……ポーションってなんだろう?

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