第7話 出口へ
見知った顔に出会えて、本当に良かった。
二人がいるってことは、ここは廃坑の中なんだろう。
まさか散歩していたら、穴に落ちるなんて思わなかったな。
まぁ、よくあることだから、今更驚かないけど。
驚いたって現状が変わる訳じゃないしね。
ランディがいればどうにかなったかもしれないけど、僕だけで登ることは到底無理だ。
エリザももしかしたら無理やり登っちゃうかもね。
彼女は大体のことを力技でなんとかしちゃう癖があるから。
廃坑に入る予定なんてなかったからランタンも持ってきてないし、他の出口を探そうにも困ってたところだ。
そもそもここがどこだか分からないからね。
その点、ちゃんと入り口から入ってきたであろう二人に聞けば、出口まで連れて行ってくれるに違いない。
二人ともきちんとランタンを用意しているし、もし調査がまだ終わってないなら、二手に分かれて僕だけでも先に帰してもらおう。
「それで。調査は無事に終わったのかな?」
終わってるなら仲良く三人で帰れる。
一人の散歩も好きだけど、他の人と歩くのも嫌いじゃない。
何故か特定の人以外には二度目誘う断られることが多いけど。
「調査は……まだ途中です。ただ、一度戻って増援をお願いする必要があります」
「そうなの? 僕はてっきり二人でできると思ってたんだけどなぁ」
「……!!」
廃坑で何を調査するか未だにちゃんと分かってないけど、マリーとバンプに任せると言った時、パメラは否定しなかった。
もし、問題があったのなら、優秀なパメラのことだ、きっとダメ出しをしてたに違いない。
今日なんかほぼ全部の書類でダメだしされたからね。
「まぁ、いいや。それじゃ、帰ろうか。二人も出口に向かってるんだよね?」
「……はい。ただ、戻り方が分かりません。アーク様はご存知ですか?」
「えぇ? 二人とも迷っちゃったってこと? しょうがないね。ひとまず歩こうか。出口なんていっぱいあるからね。それについでに調査も終わらせられればいいし」
廃坑の中はごちゃごちゃしているけれど、いろんなところに出入り口がある。
計画的にした訳じゃなく、結果的にそうなっただけって誰かが言っていたっけ。
とりあえず歩いていればどこかの出口に当たるだろう。
僕はランタンを持っていないので、先頭にバンプ、次に僕、後ろにマリーの順で坑道を歩いていく。
なんだか子供時代にエリザやランディ、友人たちと歩いたのを思い出して楽しい。
ただ、少し気になるのは前を行くバンプの格好だ。
護衛として参加しているのは分かるけど、とても動きづらそうな甲冑を着ている。
何よりさっきからガチャガチャと音がうるさい。
外だったらそんなに気にならない音なんだろうけれど、狭い廃坑の中では音が響くし、距離も近い。
そんな危険なこともないんだから,もっと軽装にしたらいいのに。
「ねぇ。バンプのその甲冑さ。脱いだ方がいいんじゃない?」
「何を言ってる?」
後ろから声をかけたら、不機嫌そうな声が返ってきた。
でも、もうバンプは僕を新領主だと知っているからいきなり暴力を振るわれることはないだろう。
後ろにマリーのもいるしね。
そういう時の僕は強気だ。
「その甲冑さ。この場所に相応しくないよ。絶対脱いだ方がいい。君にとってもさ」
「何を訳の分からないことを……」
「まさか……気付いてないの? うーん。それじゃあ、仕方ないか。僕が我慢するしかないね。まぁ、気が向いたら、脱いでみてよ」
「ふん! なんのことだか分からないが、現状に集中しろ。分かれ道だ。どうする?」
バンプが照らした先には、道が左右に分かれていた。
マリーが少し前に出て何かしている。
何をしてるんだろう。
「ダメね。ここは前に通った道ではないわ。印が感じられない。問題はどちらへいくかね」
「いく先なら簡単だ。右にいこう」
「右に行くだと? 何か根拠があるのか?」
「根拠? そんなの必要かい? まぁ、騙されたと思って右に進もうよ。それとも、右がダメだっていう根拠がバンプにはあるのかな?」
「くっ! 分かった。右に進むぞ!」
何故かバンプは語気を強めて右の道へと進んだ。
置いてかれないように僕も後を追う。
正直、正確な道が分からないのに迷ったって仕方ない。
突き当たりだったら戻ってくればいいし、何もなければ進めばいい。
どっちを選んだって、最終的には結局運次第なんだから。
まぁ、僕の運はなかなか悪い方だけれど。
「あの……アーク様はこのことを知っていたんですか?」
「うん? なんのこと?」
「調査内容のことです」
「え? あ、あぁ。もちろんだよ。知らないで二人に頼むと思う?」
「そうですか……」
危ない、危ない。
特に書類を読んでないことまさかバレてるのかな?
まぁ、散歩したかったから選んだだけなんて今更言えないよね。
なんだか二人ともすごく疲れた顔してるし。
マリーの顔色なんてすごく悪い。
もしかして脱水症でも起こしてるのかな。
ちゃんと水分補給しないとダメだよ?
☆☆☆
アークと遭遇してから随分と歩いた。
不思議なことに、一度も魔物とは遭遇していない。
すぐ目の前のアークを見つめる。
どこをどう見ても平凡な若者にしか見えない。
そんな男がここにいること自体が異常だといえた。
どこから入ってきたかは聞いていないが、マリーたちが入った入り口付近だけ魔物がいたとは到底考えられない。
奥からだって無数に現れたのだから。
それなのに、アークは魔物と戦った気配が一切感じられない。
逃げ続けた?
あの魔物の群れから?
それができるだけでかなりの技能が必要だ。
アークは一切疲れているように見えない。
魔物が出る廃坑を歩いているというのにあまりに自然体で、緊張している気配も感じられない。
しまいには眠そうにあくびまでする始末だ。
「また分かれ道だ」
先頭を歩くバンプの声で立ち止まる。
「右だ。右でいいよ」
アークは、一切迷う様子も見せずに進むべき道を選ぶ。
もしかして道を知っているのだろうか?
もしそうだとしたら、力強い。
しかし、半ば無計画に採取を続けた結果、入り組んだ坑道が複雑に絡み合った廃坑の道を正しく覚えておくなど可能なのだろうか。
マリーは試しに魔術の痕跡がどこかにないか確認してみたが、気付ける範囲には何もない。
魔術で何かに印を付けること自体は難しいことではない。
印に込められた意味を知るためには、本人もしくは事前にルールを知らされている者以外には難しいが、痕跡の有無を知るだけなら別だ。
痕跡に気付かせない能力に高い魔術師になら可能だが、そんなことをわざわざする必要があるだろうか。
マリーはすでにアークという男の本質を読み取れなくなっていた。
つい先ほどまでは、バンプと同じく、なんの取り柄もなく、ただ長男だからという理由で新領主に選ばれたのだと思っていた。
だが、公表されていることが事実ならば、前領主は、自分に何かあれば、アークに任せると書き残していたらしい。
マリーが心酔すランディも、バンプが崇拝するエリザも小さい頃からその才能を如何なく発揮してきた。
そのことを親である前領主が知らないはずもない。
二人ではなくアークを頼る何かが、そこにあるのではないか。
ダメだ。
廃坑に入ってから緊張続きで思考がまとまらない。
喉も酷く渇く。
広場の戦闘の時に、飲み水などを入れたバッグは魔物の爪で損傷し、中身も破損してしまった。
魔力回復ポーションだけは懐に入れてあったから難を逃れたが、それも飲み干したし、そもそもあのポーションは喉を潤すには逆効果だ。
放出した魔力を一瞬で回復する代わりに、様々な副作用を甘んじて受け入れなければならない。
まずは味。
形容のし難い不快感が口の中を覆う。
臭いも悪い。
効果が高いものほど味も臭いもきつく、ランディからもらったポーションは、一口飲むのがやっとなくらいだ。
その分回復力は凄まじく、逆に一口以上飲む必要はマリーにはなかったのだが。
そして、治療用ポーションは体力を奪うが、魔力回復ポーションは気力を奪う。
飲み続ければ意識を保つのが辛くなる。
許容値を超えれば気絶してしまうに違いない。
今日はすでに三回口にしていた。
今こうして歩くだけでも一苦労だった。
「ねぇ。喉渇いてない? 水ならあるよ。口は……こっちはつけてないから大丈夫かな」
「え?」
「なんか、顔色悪いみたいだからさ。まぁ飲みなよ。ただの水だ。変なものは入ってないから」
突然アークが差し出してきた筒状の物を、意味も分からず受け取る。
確かに喉は渇いていた。
意外と気を遣える男だったようだ。
ありがたく頂こう。
しかし、軽く振ってみても中に液体が入っているようには感じられない。
蓋をとり中を覗くが暗くてよく見えない。
まさかおちょくられているのだろうか。
イラつきを感じながら、それでも喉の渇きに抗えず、口を当てあおる。
「あ! そんなふうに傾けたら……! あーぁ。そうなっちゃうんだよ……って、先に言った方が良かったかな?」
「そ、う……ですね……次からは、そのようにお願いします」
筒から勢いよく流れ出た大量の水で、マリーは顔からした全てが水浸しになってしまっていた。
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