第6話 新領主の真意?

 マリーとバンプは遁走を余儀なくされていた。

 シルバーウルフは、体高でマリーと並ぶほどの巨体を持ち、そのくせ俊敏だった。

 マリーの最大出力の冷気を纏わせても意に介さず、バンプの攻撃は空を切った。

 先ほどまでの連戦による消耗も多分に影響していたが、明らかに格上の相手に二人が死を意識したのだ。


「無理よ! 逃げましょう!!」


 マリーが叫んだのと、バンプがマリーを引きずるように近くにあった細道に飛び込んだのはほぼ一緒だった。

 二人がいた場所をシルバーウルフの凶悪なあぎとが薙ぐ。

 もし行動を起こさなかったら、今頃二人は身体に大きな無数の穴を開けていたに違いない。

 飛び込んだ坑道は幅が極端に狭くなっていて、シルバーウルフは入ってこれないようだ。

 鋭い牙の生え揃った口元を突っ込み、二人を噛み殺そうとするが、巨躯が邪魔して、届かない。


「まいったな……あそこから動く気配ないぞ。試しに鼻先をブッ刺してみるか?」

「やめてよ。ここの壁、そんなに丈夫じゃなさそうだわ。下手に傷付けて見境無しに暴れられてもし崩れたどうするの? 生き埋めで最後だなんて真っ平だわ」

「じゃあ、どうする? あの犬っころを倒さないと元来た道には戻れないぞ」

「他の道を探しましょう。道を知っている訳じゃないけど、この廃坑の入り口、私たちからすれば出口は一つじゃないわ。繋がっている道もあるみたいだから、運が良ければシルバーウルフに遭遇せずに元の道に戻れる可能性もあるわ」

「よし。それならすぐに動こう。この道が行き止まりになってないことを願うばかりだな」


 マリーとバンプはシルバーウルフの放つ唸り声を後にし、細道を進む。

 ひんやりとした空気は緊張の連続だった二人の気持ちを幾分か和らげた。

 しばらく何事もなく、魔物に遭遇することもなく一本道が続く。


「それにしても……」


 不意にマリーが声を発した。

 前を歩くバンプが立ち止まり後ろを振り向く。


「なんだ? どうした?」

「いえ。この廃坑にこれほどの魔物が蔓延っていただなんて、想像もしなかったわ。もし、このまま放置していたら、大変なことになっていたかもしれないわね」

「まったくだな。どういう理由で魔物が集まっているのかは分からないが、町の近くだ。そのうち被害だって出てただろう」

「被害が出れば本格的な調査や討伐隊が編成されていたかもしれないけれど。でも、それだってきっと初めはそこまでの準備はしないに違いないわ。仮に日に日に魔物が増えているのだとしたら。調査隊にすら被害が及んでいたかもしれない」

「実際、今の俺たちが被害を被ってる訳なんだがな」


 マリーは今回の調査を命じた男の顔を思い浮かべていた。

 新領主アーク。

 彼は急ぐような案件ではないと疑問を呈したマリーに、「その時は急ぎじゃなかったんだろうけど、今は早ければ早いほどいい」と言っていた。

 それに準備を十分にするようにとも。

 魔術を扱うための杖も、秘蔵のポーションも持ってくる気など始めはなかった。

 ただ意味の分からない指示を出した新領主に、何も無かったと報告する際の攻撃材料として持っていくことを決めた。

 結果を見れば、確かに廃坑調査は早急に行わなければいけない問題に発展していた。

 アークの指示を無視し、準備を怠っていたとしたら、今頃二人は広場の魔物の死骸と並んでいたかもしれない。

 もしくは、初めの魔物を葬った後、廃坑に入ることなど考えずに、問題の魔物を排除し問題なしと報告していたかもしれない。

 廃坑に入って探索を行う提案をしたのは、準備をして、気持ちに余裕があったのが原因なのだから。


「彼は……新領主はこの事態を知っていたのかしら」

「あいつが? そんな訳ないだろ」

「普通に考えればそうなのよね。いくら領主の息子とはいえあの書類を見る機会なんてなかったはずなんだから」


 前領主が行方知れずになった後、急を要する案件は、騎士団長であるエリザと、魔術師団長であるランディに知らされ、二人に判断を委ねる形で対応していた。

 そのエリザとランディすら、自分が知らされた以外のことは知ることができない。

 何かを頼まれることもないアークならなおのことだ。

 ――しかし……

 思考の波に溺れそうになり、マリーは頭を振った。

 今考えないといけないことは、どうやってこの廃坑から無事に抜け出すかだ。

 アークが知っていたかどうかや、自分たちを任命した理由は、戻ってからゆっくりと聞き出せばいい。

 報告しなければいけないことはたくさんあるのだから。


「ごめんなさい。先を急ぎましょう」

「お、おう。しかし、えらく長いな。これまでの道はすぐに分かれ道があった気がするが」


 分かれ道がないことは選択を迫られないという意味では良いことだ。

 選択を余儀なくされた場合、そして選んだ結果に満足できない場合、人は誤った選択をしたのではないかと不安になる。

 選ばなかった選択の方が良かったのではないかと。

 もちろんそうであった可能性も残っている。

 そして、選んだ選択が悪く、残りの選択肢が最悪である可能性も。

 少なくとも二人は進むか戻るかの選択肢の中で、すでに戻るが最悪であることを理解している。

 進む他ないのだ。

 その結果もまた、最悪だったとしても。


「この先少し広くなりそうだ……待て! 何か……いるぞ」

「魔物!?」

「分からん。どうやら一匹みたいだ」


 バンプは下げていたショートソードを構え、急襲に備えながら前に進む。

 マリーも先ほど回復したばかりの魔力のほとんどをシルバーウルフに使ってしまったが、万が一を考えすぐに魔術を唱えられるようにした。

 影しか映さなかった何者かの端がランタンの灯りに照らされる。

 布のようなものが見えた。

 正確な色は分からないが、土にまみれているようだ。

 人間のように衣服を纏った魔物を瞬時に思い出す。

 ゴブリンやオーク、オーガなど多くの二足歩行の魔物は布を身体に纏うと聞いたことがある。

 ここは元は人の手で掘られた坑道だったとしても、今や多くの魔物がはびこる廃坑なのだ。

 衣服を着ているからといって、人間である可能性は低い。

 もし人間なら……すでに事切れているに違いない。

 バンプは無意識に唾を飲み込む。

 相手の正体をきちんと確認してから攻撃するべきか。

 それとも奇襲を行うべきか。

 決断をしなければいけない時間は差し迫っていた。


「あれ? えーと、マリーとバンプ、だっけ?」


 唐突に放たれた声に、二人は困惑してその場で動けなくなった。

 幻聴だとさえ思った。

 しかし、二人して同じ幻聴が聞こえることなどあるのだろうか。

 幻覚まで付随して。

 高等な魔術に、そのようなことを引き起こすことのできるものがあるとマリーは聞いたことがある。

 もし突如現れた幻覚と、聞こえた幻聴が魔術によるものなら、二人にはなす術などない。

 現実と見紛う幻術から覚める方法など知らない。

 仮に覚めたとしても、そんな高等魔術を操る相手に敵うはずないのだから。


「おま……どうしてこんなところに?」


 口を先に動かせたのはバンプだった。

 驚きのあまり無礼なことを口にしたが、すんでのところで飲み込めたらしい。

 手遅れだが。

 言われた方は気にした様子もなく、衣服についた土を払う。


「やぁ、良かったよ。二人と合流できて」


 本当に良かったと思っているような表情だ。

 少なくとも廃坑にはびこる魔物を恐れている様子は感じられない。

 昨日、呼び出されて初めて会った時と同じく、何を考えているのか分からない顔だ。

 服装を見て疑念は深まる。

 武器らしきものは見当たらない。

 腰に小物がいくつか入りそうなバッグを付けているだけで、まるで普段着だ。

 言いたいことも聞きたいことも無数にある。

 何から聞けばいいか分からないくらいだ。

 それでも、とようやく言葉を捻り出す。


「こんなところで何をなさっているんですか? アーク様」

「何って……散歩?」


 僕は頬を指でかきながら、何故か凄い形相を向けてくる二人にそう答えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いつもお読みいただきありがとうございます!

なかなかピンチっぽいマリーとバンプがアークと遭遇です。

これから三人はどうなるのでしょうか。

面白そう、続きが気になる、と思っていただけましたら、フォロー、星、レビューしていただけますと励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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