第25話 あなたと共に永遠を

 どれくらいの時間が経っただろうか。


 断続的な死は、容易く時間感覚を狂わせる。


 わかるのは、どうやらまだ世界は滅んでいないらしいということくらい。

 なぜなら、自分の足がまだ地に着いているから。


 否。

 わかることは、もう一つあった。


 わかったことが、一つだけあった。


「……ひひ」


 セクレトは、笑い続けている。


 死に続けて読み続けるのは、とんでもなく苦しくて、苦しくて、苦しくて。


 そして、たまらなく楽しかった。

 かつて目指した頂に限りなく近いのであろう魔法理論に触れる度、魔法師だった頃の心が躍る。


 永遠に続けたいと思うくらいに。


「ひひははははっ!」


 だが、どんな時もいつかは終わるものだ。


 だから、この死ぬほどに楽しく死に続ける時間も終わりを迎えた。


「今回は俺の勝ちだなぁ、魔王陛下様よぅ……!」


 セクレトが、その魔法構造を完全に読み解いたことによって。


「……と、言いたいところだが」


 ふと、セクレトの笑みが引っ込んだ。


「ま、今回は引き分けてってところだな」


 その時になってようやくセクレトは、ボタボタと何かが地面に落ち続けていることに気付く。


 血だ。

 自身の鼻から吹き出している。


 身体は死ぬ度に復活していたが、どうやら脳の負荷に耐えられなくなったらしい。


 グイッと手で乱暴に血を拭っただけで、気にしないことにした。


「こりゃ、反魔法は無理だな。アホみたいに時間がかかるから、構築して書き込んでる間にたぶん世界が滅ぶ」


 当面の、そして最大の問題に意識を集中する。


「とはいえ、差し当たり拡散を防ぐ理論は出来た……はず。あとは、適当な魔力伝導体に陣を付与してやればいいわけだが……」


 独り言と共に、セクレトは懐から鉱石を取り出した。


 アダマンタイト。

 以前、依頼で採取した時に自分で使う分も確保していたものだ。

 ミスリルより更に優れた、最高品質の魔力伝導体である。


「こいつで試してみる、と……」


 セクレトは、アダマンタイトを『黒』へと押し付けた。


 瞬間、鉱石が跡形もなく消滅する。


「そりゃ、こうなるわな」


 予想していた展開に、セクレトの反応は軽く肩をすくめたのみ。

 いくら魔法伝導率が高かろうと、『黒』自身が放つ圧倒的な魔力に耐えられなければ意味を成さない。


 端から、セクレトの本命は別の策にあった。


「………………」


 少しだけ、躊躇する。


「……他に手はない、からな」


 もう一度考えて、もう一度同じ結論に至り。

 小さく、笑った。


「ま、しゃーない」


 あくまで軽く言って、セクレトは歩き出した。


 目の前の、『黒』に向けて。


「嗚呼、麗しの魔王陛下」


 芝居がかった動作で大きく両手を広げる。


「こんな不作法者めで、誠に恐縮ではございますが」


 抱きしめるようにして、『黒』に触れた。


 死ぬ。


 生き返ったら、構わず進む。


「ちょっくら、お付き合いいただきますよ」


 死んで、生き返って、進む。


 少しずつ、セクレトの身体が『黒』と同化していく。


「不肖セクレト・エネーヴの、一世一代の大魔法に」


 セクレトが至った結論。

 封印の役割を果たせる魔力伝導体は、この世にたった一つだけ存在する。


 それは、セクレトの身体そのものだ。


 元来、生物の身体……とりわけ、人体はあらゆる鉱物をも上回る最高の魔力伝導体だ。

 だからこそ、人は己の身一つで魔法を扱えるのである。


 ただし、他の人間ではやはり『黒』の魔力に耐えることは不可能だ。

 ゆえに、この役割を果たせるのは世界でセクレトただ一人だけ。


 かつての研鑽を通じて、恐らくは今の世界で最高峰レベルの魔力を通してきた魔力伝導帯で。


 他ならぬ魔王の力によって、決して朽ち果てぬ物質となった。


「永遠に」


 セクレトの身体に、複雑な魔法陣が浮かび上がる。


「一緒に」


 セクレトの身体が、『黒』に埋まる。


「逝き続けようぜ?」


 セクレトの意識が、『黒』と同化していく。


 完全に同化した時、セクレトの役割は終わって始まる。


 後は、悠久の時を『黒』の中で過ごすのみだ。

 ただ、封印を維持するための装置として。


 とっくに、覚悟は決まっている。


 どうせ、一度は死を受け入れた身だ。

 永久に死に続けるってのも、悪かない。


 そんな風に考えていた。


 徐々に、自我が薄れていく。


 最後に残った薄ぼんやりとした意識の中で、思い浮かべたのは『家族』の顔。

 血の繋がらない、しかしセクレトにとっては確かな本物の家族。


 あの二人なら、もうセクレトがいなくなろうがどうとでも生きていける。

 その点については、微塵も心配していない。


 ただ、別れの言葉も交わせなかったことだけがほんの少しだけ心残りだった。


 もっとも、そんな感情もすぐに『黒』へと溶けていく。


 全てが溶けていく。


 そして。


 セクレト・エネーヴの意識は。




「あらセーくん、浮気ですか?」




 急速に、浮上した。

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