第23話 かつての災禍は再来へ

「……もう一度言うぞ」


 乾き気味の口内から、セクレトは少し掠れた声を絞り出した。


「それは、アンタが扱えるような代物じゃない」


 先程と同じ言葉を繰り返す。


「何を言っているんだい?」


 禍々しい魔力に包まれたコーストが、軽く腕を振る。


 すると周囲の草木がガサガサと動いて、多数の魔物が出現した。


 イビルベア、キラーフロッグ、エンペラーコカトリス、ヒュージオーガ、スライムミュータント、etcetcetc……。

 どれも、Aランク冒険者ですら手こずる相手ばかりだ。


 更に、空を見上げてみれば数体のドラゴンまで宙を舞っている。


「従魔の指輪、というらしいね。スタンピード期も、この指輪が森の最奥に封じられていた影響らしい。それを意図的に発動させてやれば、この通り」


 その指に光る災禍を自慢するかのように、コーストは両手を広げた。


「十分に、使えているだろう?」


 確かに現状、その指輪……『魔王の遺産』を、問題なく使えてはいるようだ。

 だが、セクレトが懸念しているのはそういうことではない。


「セクレト」


 再び口を開きかけたセクレトに先んじて、コーストが言葉を被せる。


「この期に及んで、問答なんて無意味だ」


 そして、コンサートでも指揮するかのような仕草で優美に腕を振った。


「だろう?」


 それを合図に、一斉に魔物たちが襲い掛かってくる。


「チッ……!」


 無視するわけにもいかず、セクレトは迎撃に回らざるをえない。


 四方八方から迫りくる牙を、爪を、毒液を、ブレスを、時に弾き、時に躱し、時にカウンターで斬り裂き、時に魔石の魔法で防ぎ、時に反魔法で消滅させ、どうにか対応する。


 ドラゴンですらも、一対一であればセクレトにとってはそれほどの脅威にはならない。

 しかし、何しろ数が多すぎる。


 セクレトは、ほぼ防戦一方の状態となっていた。

 もっとも、この状況において防戦で耐えられる者など世界にそう何人もは存在しないだろうが。


「ははっ! 流石だ! 流石だよ、セクレト!」


 コーストの狂喜が更に膨らむ。


「なら、こうするとどうなる!?」


 呼応するかのように、彼が身に纏う禍々しい魔力もまた大きく膨らんだ。

 途端、魔物たちの攻勢が更に増す。


 どころか。

 魔物の力そのものが、増している。


「ぐっ……!」


 先程までは避けきれた攻撃を、今度は受けざるをえなくなった。

 その上、想定以上の威力に大きく体勢が崩れる。

 魔物たちまで禍々しい魔力を纏い始めているため、彼の指輪の効果と見て間違いないだろう。


「く、う、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 それでも、セクレトはギリギリのところで崩れなかった。


 現在のセクレトにとって、死ぬこと自体は問題ではない。

 しかしここで一度死んでしまったが最後、生き返るのに必要なタイムラグが致命的なまでの隙となる。


 そうなってしまえば、この場で魔物に殺され続ける状況から抜け出すのは非常に困難となるだろう。

 恐らくは、コーストの狙い通りに。


 ゆえに、セクレトは粘り続ける。


 とはいえ、現状を打破する手がない。

 何かのきっかけで事態が好転するのを待つ、という消極的な方針を選ばざるをえなかった。


「はははは! これでも耐えるのか! 素晴らしすぎるよ! なら、もっとだ!」


 結果的に、ではあるが。

 その『きっかけ』が訪れるまでに、そう時間はかからなかった。


 ただし。

 それは、セクレトが望んだものとは正反対の方向に事態を急変させるものだったが。


「……おや?」


 一段と魔物の纏う魔力が増したところで、コーストが首を傾けた。


 同時に、魔物たちが一斉にピタリとその動きを止める。


「制御が……?」


 コーストの身に纏う禍々しい魔力が、不安定に蠢いていた。


 かと思えば、凶悪なまでに暴れだす。

 それが、次々と魔物を飲み込み始めた。


 飲み込まれた魔物は、抵抗の素振りも見せることなく消えていく。

 ドラゴンでさえも、一瞬で。


「コースト! 今すぐその指輪を外せ! まだ間に合うかもしれねぇ!」


 全力で空気を吸い込みたがっている肺に更なる無茶を強いて、セクレトは精一杯に叫ぶ。


「はは、何を言っているんだい? こんな素晴らしイチカラ、テバナスワケ」


 コーストの目が、『黒』く濁っていく。


「ガ」


 そして。


「ナ」


 至極、あっさりと。


「」


 コーストの全身は、『黒』に飲み込まれた。


「だから言っただろうが、馬鹿野郎が……!」


 やるせない調子で独白し、セクレトは拳を握る。


 が、すぐに頭を切り替えざるを得なかった。

 かつての友の死を、嘆いていられる状況ではない。


「これは、あの時の……」


 禍々しい魔力は今や実体化し、その『黒』は巨大な球体を形作っている。


 その姿に、セクレトは見覚えがあった。

 一瞬目にしただけだったが、確かに目に焼き付いている。


「魔王の、最期の魔法」


 だから、同じものであると断言することが出来た。


 あの時は瞬時に爆発的な広がりを見せていたので、今回の場合はその点だけが少し異なる。

 広がる速度は、元の使用者の魔力量にでも依存するのだろうか。


 いずれにせよ、今回のこれも着実に大きくなってはいる。

 どこまで広がるかは不明だが、楽観視は危険だろう。


 かつて魔王の最期の目を見た時に、セクレトはそこから感じ取っていたことがあったのだ。


 それは、後悔。


 そして、決意。


 後悔はわかる。

 だが、死の間際に一体何を決意することがあるというのか。


 ここから先は、セクレトの憶測ではあるが。

 結果的に魔王は自分ごと帝都を滅ぼしたが、本人にそのつもりなどなかったのではないかと睨んでいる。


 ましてあの時、すぐ傍には我が子がいたのだ。

 自身の死に場所が想定外だったのか、魔法が未完成だったのか、それとも何かしらの暴走だったのか。


 原因は定かではないが、魔王が望まぬ魔法の発動に対して抗おうとした可能性は十分にあるだろう。


 そして、もしもあれが稀代の魔法師によって精一杯抑えられた結果だったのだとすれば。


「今回は、世界すら滅ぼしかねない……ってか?」


 笑いながら、笑えないことを口にするセクレトであった。

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