第22話 かつての強者の現在は
「と、俺の話はこんなところだ」
笑みを湛えたまま、セクレトは肩をすくめた。
「面白かったかい?」
「……あぁ、とても興味深く聞かせてもらった」
一呼吸分間を置いた後、コーストがそう答える。
「そして、今の話を聞いて確信したよ」
彼も、笑みを浮かべた。
「やはり君は、弱くなった」
こちらは、悲しさの混じった笑みだ。
「今の君は、ポーファくんやガードくんを人質に取られでもすれば身動きできなくなってしまうだろう? 昔の君に、そんな弱みは存在しなかった」
「まぁ、そうかもな」
セクレトは、あっさりと頷いた。
「そんなもんは、あいつらを捕まえられるんなら……の、話だけどな」
そして、笑みの種類を挑発的なものに変える。
「大した自信だ。よほど彼女たちのことを信頼しているのだね」
コーストの言葉に、皮肉の響きはなかった。
「実際、やるなら最低でも昔の俺を相手取るつもりでかかった方がいいぜ?」
揺るぎない声で、セクレト。
「それは恐ろしいね。では、彼らでは荷が重かったかな?」
ポーファ、あるいはガードに対する襲撃者も存在する……という旨の言葉だ。
セクレトの動揺を誘う腹積もりか。
もちろん、セクレトが動じることはない。
「……どうやら、これは本当に彼女を捕らえるのは難しいらしいね」
それを感じ取ったか、コーストはゆっくりと首を横に振った。
「むしろ、今の君の方が与しやすそうだ」
セクレトに向けて、剣を構える。
「君の方も、彼女に対して有効な人質になりそうだしね。間違って殺してしまう心配もないなら、安心だ」
「ひひ、できっかな?」
セクレトも、大剣を構えた。
しばし睨み合った後、同時に動く。
「しっ!」
「ふっ!」
剣撃を放ったのも、ほぼ同時。
「ぐっ……!?」
ここは、セクレトが押し勝った。
コーストが、唇を歪めて大きく後ろに下がる。
しかしそれも、ただ勢いに押されただけというわけではなかったらしい。
「はぁっ!」
距離を空けたコーストが魔法を放つ。
光系統最上級魔法、『破輝』。
巨大な光の帯が、セクレトに向けて射出された。
「チッ……」
舌打ち一つ、セクレトは大きく横っ飛びすると同時に魔石を割る。
封じ込められていた闇系統魔法『黒壁』が発動。
セクレトを護る闇の壁が出現する。
しかし、『破輝』と拮抗し合ったのは一瞬だけ。
すぐに押し負けて、『黒壁』が掻き消された。
もっとも、セクレトとて元より防ぎきれるとは思っていない。
避けるだけの時間が稼げれば十分だった。
コーストの『破輝』に込められた魔力が強すぎて想定以上に早く『黒壁』が打ち破られ、左腕に大きな火傷を負うことにはなったが。
息つく間もなく、次々とコーストの魔法が放たれる。
火系統最上級魔法、『煉火』。
風系統最上級魔法、『虐風』。
水系統最上級魔法、『絶氷』。
セクレトは魔石に込められた魔法と体捌きでどうにか避け続けるが、一秒ごとにその身体に傷が増えていく。
「やはり、魔法を使えなくなっているんだね……それが、『奪死奪生』の副作用なのかい?」
攻撃の手を緩めることのないまま、コーストが問いかけてきた。
「体内で無限に魔力を生成して、その全てを余すことなく再生だけに費やす……どうやら、そういう仕組みらしいからな」
避けながら、セクレトが律儀に答える。
状況の割に、顔から余裕は消えていない。
「なるほど。魔王が自身に使わなかった理由は、その辺りにあるのかな……?」
そんな風に独りごちた後、コーストはセクレトに憐憫の目を向けた。
「にしても、かつて魔法師として頂点を極めんとしていた君がそのザマとはね。魔王との戦いで死んだ方が幸せだったのではないかい?」
「ひひっ……んなこたぁないさ……!」
再びの『破輝』を大きく跳躍することで、避ける。
「俺は現状に、満足してるからな!」
そして、セクレトはコーストに向かって一直線に駆けた。
コーストに焦りの色はない。
むしろ、その顔に浮かぶ失望が深まった。
次いでコーストが放ったのは、『暗獄』。
直接的な攻撃力はないが、目標に触れた瞬間に決して逃れられぬ監獄となる闇系統の最上位魔法の一つだ。
セクレトが、一度死ぬのを覚悟して突っ込んだと踏んだのだろうか。
もしもセクレトの狙いが本当にその通りだったなら、これで詰みだったろう。
しかし。
「それに」
ニィと笑って、セクレトは自ら『暗獄』に触れた。
「俺は、弱くなってなんかねぇよ」
瞬間。
魔法が、跡形もなく消え去った。
「んなっ!?」
コーストの顔が驚愕に染まる。
そしてそれは、致命的なまでの隙が生じたということでもあった。
「がっ……!?」
セクレトの剣によって胸を袈裟懸けに斬り裂かれ、コーストは短く呻き声を上げてよろめく。
致命傷ではない。
だが、まともに動くには支障が出るレベルものだ。
「なんだ、今のは……!?」
しかし今は、痛みよりも疑念が先立っているようだ。
「アンニヒレイション」
セクレトは、一言で今起こったことを説明した。
完全に真逆の構造を持つ魔法同士がぶつかり合った際に、両方の魔法がその魔法構造を食い合って消滅する事象。
「奥の手、ってやつだ。家族以外じゃ、俺のこれを知ってんのはタームのおっさんくらいだぜ?」
そう付け足して、笑みを深める。
「馬鹿な……! 反魔法など発動していなかったじゃないか……!」
コーストの顔に、納得の色は微塵もなかった。
「今の俺ぁ、魔力を魔法として出力出来ねぇからな。だから、魔法に直接干渉したのさ」
「触れた瞬間に、魔法そのものに反魔法を書き込んだと言うのか……!? そんなこと、出来るはずが……!」
血が吹き出すのも厭わず、コーストが魔法を放つ。
「魔法なんてなぁ魔力そのものなわけで、いわば超上質の魔具媒体だ」
『破輝』。
光にセクレトが触れた瞬間、消滅した。
「ま、確かに一瞬で陣の生成から書き込みまでやるってのはちっと上級者向けだが」
『煉火』。
炎にセクレトが触れた瞬間、消滅した。
「もう、忘れたか?」
『虐風』。
風にセクレトが触れた瞬間、消滅した。
「俺が昔、なんて呼ばれてたのか」
『絶氷』。
氷にセクレトが触れた瞬間、消滅した。
「……『最速』のセクレト・エネーヴ」
コーストが呆然と呟く。
史上最速でSランクに至った実績と、それから。
常人離れした魔法構築スピードから付けられた、セクレトのかつての二つ名だ。
「あの頃の経験は、こうして今も生きてる」
もう魔法を使う気力もなくなったのか、コーストはへたり込んだ。
セクレトがそれを見下ろす。
「俺は、何も失ってなんていないのさ」
それは、本心からの言葉であった。
「……はは」
コーストが笑う。
「それでこそ……」
虚ろなものでも、やけっぱちになったようなものでもない。
「それでこそ、君だ! それでこそ、セクレト・エネーヴだ! 私は、そんな君とだからこそ戦いたかったんだ!」
歓喜の笑みだった。
「フィジカ帝国復興派なんてものに唆されて、こんなことをやらかした甲斐があるというものだよ!」
「まーた怪しげなのに加担したもんだな……んなことしなくても、普通に挑んで来いよ」
笑顔で両手を広げるコーストに、セクレトが呆れ気味に返す。
「それでは、君は本気で戦ってくれないだろう? 私はね、セクレト。ずっと昔から望んでいたんだよ。全力の君と戦って、そして」
コーストは、その顔に喜びを溢れさせたまま。
「君を、殺してやりたいと」
そんな言葉を紡ぐ。
「……アンタに、殺される程恨まれるような覚えはないんだが?」
「もちろん! 私が抱いているのは、そんな浅い感情ではないからね!」
コーストが大きく首を横に振った。
「かつての、最強を目指していた頃の君の姿は実に美しかった……それだけに、再会した時は失望したものだけれど。安心したよ。今は、君の言う……家族、ってやつかい? 少し方向が変わっただけで、君は今も大切なたった一つのことのために全力だ。実に美しい」
うっとりとした目でコーストは語る。
「そして、だからこそ」
まるで、神託を受けた司祭のように。
「そういうものを叩き潰すのは、とても痛快だ」
その口調は、己の言葉に微塵も疑いを持っていないものであった。
「思ったよかやべぇ奴だったんだな、アンタ……気付かなかったぜ」
セクレトが、小さく溜め息を吐く。
「ずっと心の一番奥底に封じて、誰にもバレないように発散してきた欲求だからね」
「流石に、この規模でやらかしてバレないようにはねーだろ」
「あぁ、その通り」
呆れ混じりのセクレトに、コーストはあっさりと頷いた。
「だから私は、自身すらもこれで終わらせるつもりだよ」
狂喜、狂気の目。
「君と共に。今度こそ君が色褪せてしまわないうちに。君には、それだけの価値がある」
それを、セクレトに向けた。
「嫌なお眼鏡に叶っちまったもんだな」
セクレトはが口を「へ」の字に曲げる。
「あぁ、そうだ」
突如、コーストは良いことを思いついたとばかりに手を打った。
「ここに一つ誓うよ、セクレト」
そして、やはりとても嬉しそうな表情で人差し指を立てる。
「もし君をここで封じることが出来れば、私は如何なる手段を用いてでもポーファくんとガードくんを殺そう」
「……あん?」
セクレトが、僅かに眉根を寄せた。
「復興派の目的はあいつらだろうが。殺してどうすんだよ」
「君を叩き潰せさえすれば、後はどうでもいいさあんな連中」
コーストはその言葉通り、全く執着を感じさせない口調だ。
「ゆえに、私はやると言ったらやる」
そんなことを言いながら、懐に手を入れた。
「だから、ありとあらゆる手段を講じて私を止めたまえ」
再び出てきた手は、指輪を摘んでいる。
「私も、ありとあらゆる手段を用いよう」
そして、それを自らの指に嵌めた。
瞬間、噴き出した禍々しさに。
セクレトは、その正体を悟る。
「……やめとけ。それは、アンタが扱えるような代物じゃない」
己が口から出てきた声は、自分で思っていた以上に硬い響きを帯びていた。
「改めて、自己紹介をしようか」
一見関係ないようなことを口にしながら、指輪にあしらわれた宝石を撫でるコースト。
「私の名は、コースト・スパンツリー」
セクレトの顔が、ギクリと強張る。
「捨てられた妾の子ではあるけど、父が遠縁でね」
コーストの口角が、更に吊り上がった。
「しっかり、魔王の血を受け継いでいる」
指輪の放つ禍々しさが、増していく。
「つまり」
そして。
「魔王の遺産だって、使えるのさ」
それが、爆発した。
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