第21話 彼の日の誓いは永遠に
実のところ。
当時のポーファは、そこまで複雑な思惑を抱いていたわけではなかった。
ただ、目の前で生の炎を終わらせようとしている人に死んでほしくなかった。
それだけだ。
それが、優しさだと思っていた。
けれど。
「助けてあげてください……!」
その願いが実際に叶った瞬間、それが間違いであったことを知った。
『それ』が発動した瞬間に、全てがポーファの頭の中に流れ込んできたから。
『それ』の効果も。
彼の名前も、生い立ちも、半生も、抱き続けた夢の内容も。
それは果たして、不幸にも言うべきだったのか。
あるいは、幸いにもと言うべきだったのか。
ポーファは、六歳という年齢にしてその全てを理解出来る程に聡明な少女であった。
「嗚呼……」
ゆえに。
「嗚呼……!」
先程までを更に倍する勢いで、涙を流した。
「ごめんなさい……!」
それは、懺悔の涙であった。
「何を、謝ることがある?」
すっかり傷の治った彼が、とても優しい声で問いかけてくる。
「わ、わだじは……」
ポーファは、最早鼻を啜ることさえ出来なかった。
「わだじは……」
グシャグシャになった顔で、ただ懺悔することしか出来なかった。
「あなだの全でを、奪っでしまいじだ……」
自分が取り返しの付かない過ちを犯してしまったのだと、ようやく気付いたから。
「そりゃあ違う」
彼が、ポーファの頭の上に手を載せた。
「俺は、何も奪われてなんていないさ」
そして、撫でる。
「むしろ、貰ったんだ」
やはり、とても優しい手付きだった。
「何も謝ることなんてない」
「でも……!」
ポーファは、泣き止むことが出来なかった。
彼が本心からそう言ってくれているのであろうことは、直感的にわかった。
「うーん……」
彼を困らせてしまっていることも、わかった。
「君は、どうすれば泣き止んでくれる?」
それでも。
「私に、罰を……! 償いを……!」
そう、請わずにはいられなかった。
それが、彼を更に困らせるであろうこともわかっていたのに。
「そっか。なら、そうだな」
彼の口調は、とてもとても軽いものであった。
それからやっぱり、とてもとても優しかった。
「ヒモ、ってわかるかな?」
わからなかったので、ポーファは首を横に振って周囲に涙を撒き散らす。
「ま、簡単に言えば……定職にもつかず、女の人に養って貰う人のことなんだけど。俺、昔っからそれになるのが夢だったんだよな」
それが嘘であることは、すぐにわかった。
彼が本当に抱いていた夢だって、先程全てポーファの中に流れ込んできていたのだから。
世界一の冒険者に、世界一の魔法師になるという夢。
今や、決して叶うことはなくなった夢。
それは、魔王という格上の存在を認識したから……
あるいはそれだけなら、彼は未練なく逝ったのだ。
心穏やかに、終わりを迎えられたのだ。
「だから、俺の夢を君が叶えてくれ」
そんな最期が奪われたことを、彼は知っていて。
歪んだ生を押し付けられたと、彼は知っていて。
拒絶することだって可能だったのに、それでも彼が『それ』を受け入れたことも。
それが、他ならぬポーファのことを思っての決断だったことも。
全部わかっていた。
「将来俺を」
もう、とっくに彼との繋がりは失われていたけれど。
それが彼の優しさから出た言葉であることは、そんなものがなくたって勿論わかった。
嗚呼。
「君のヒモにして欲しい」
その言葉に、どれほど救われたことだろう。
彼は、そんな甘い罰を与えてくれて。
「立派に成長して、うんと稼いで俺を養ってくれよな」
ほとんど何も持っていなかったポーファに、生きる目的まで用意してくれたのだ。
それは、彼の贖罪でもあったのだろう。
ポーファの親を、住む地を、奪った張本人としての。
しかし実際のところ、彼の存在はきっかけに過ぎない。
ポーファは母の所業を認識していたし、ゆえにこれがいつか訪れる未来であることも予感していた。
その際には己の命も失われるのだろうと理解していたし、ゆえに将来に希望の類を抱くこともなかった。
けれど。
「……はい」
そう言って頷いた時から、それはポーファの生きる理由であり夢にもなった。
「はい……! 必ず……!」
その返答が彼を縛る新たな鎖になることもわかっていたけど、それでも。
「必ず私が、養ってあげますね……!」
それでもポーファは、頷いてしまった。
「セーくん……!」
どうしようもなく、彼に恋してしまったから。
「あぁ。頼むぜ、俺のお姫様」
それから、十年の時が経過した。
彼は、様々な顔を見せてくれた。
彼は、様々なことを教えてくれた。
彼は、様々なものから守ってくれた。
彼が、ポーファの世界に色を与えてくれた。
たとえ、それが彼の罪悪感から来るものであったとて。
その間、ずっと。
ポーファは毎日、彼に恋し続けている。
◆ ◆ ◆
「笑えるでしょう?」
男たちに向けて、ポーファは笑った。
「たかだか小娘一人の涙を止めるためだけに、あの人は全てを捨ててしまいました」
皮肉げな笑みではある。
「あの人は、否定するでしょうけれど。私が、彼の全てを奪ってしまいました」
けれどそこには、どうしようもない程の愛おしさが溢れていた。
「冒険者として自由に生きる道も、魔法師としての誇りも、夢も、名声も、それまでの生き方も……それから、死ぬ権利さえも」
それは、体裁としては男たちに対して語っている言葉ではある。
「だから私は、決めたのです。私が奪ってしまった全てのものを、あの人に返そうと」
けれど実のところ、半ば以上ポーファの独白であった。
「世界一の冒険者になりましょう。世界一の魔法師になりましょう」
ポーファが、笑みを深めた。
「魔王だろうと誰だろうと、超えてみせましょう」
今度は、皮肉げな色はない。
「それから」
心からの笑みだった。
「あの人と一緒に幸せになれたら、最高です」
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