第10話 決闘騒動は収束に

 セクレトの存在を認めたオリギネットに対して、ポーファの表情も和らぎ。


「どうやら私達、良い関係を築けそうですね」


 むしろ、その顔にはかなりの親愛が宿っていた。


「ん? そうかもしれないね! ははは!」


 よくわかっていない様子ながら、オリギネットも快活に笑っている。

 どうやら、セクレトの実物を目にした興奮のあまりかなりハイになっている状態らしい。


「ところでポーファ殿、今度セクレト様のサインを貰ってきてもらえないかい!?」


「せっかく本人が目の前にいるのですから、直接お願いされては?」


「それはそうなのだが、恐れ多いというか……」


「大丈夫ですよ、セーくんは優しいですから。おーい! セーくーん!」


「あっあっそんな、心の準備がまだ……!」


 慌ててオリギネットが手をワタワタと動かすが、既にポーファの声はセクレトの耳に届いていたようだ。


「呼んだか?」


「おわっ!?」


 いきなり目の前に現れたセクレトに、オリギネットが驚きの声を上げた。

 視認不可能な速度で瞬時に移動するという、実に無駄な神業である。


「こちら、フォメート様です」


 と、ポーファが手の平でオリギネットを指してセクレトに紹介した。


「は、はははは初めまして! オリギネット・フォメートと申します!」


 貴族式の最敬礼で、オリギネットが頭を下げる。


「あ、こりゃどうもご丁寧に。セクレト・エネーヴです」


 こちらはだいぶ適当な感じで、セクレトも頭を下げ返した。


「ふむ、なるほどなるほど」


 そして、再び上がってきたオリギネットの顔をジッと見る。


「よし、君の言いたいことはわかった!」


 次いで、ガチガチに固まっているオリギネットの肩にポンと手を置いてそう言った。


「つまり、次は俺と決闘したいってことだな? やっぱ、学園生たるものそれくらい喧嘩っ早くないといかんよな!」


 ヒハハと笑って、愉快そうにオリギネットの肩を叩く。


「いや、そんな、恐れ多……!」


 対するオリギネットは、かなりテンパった様子でグルグルと目を回していた。


 しかし、数秒の後。


「……けれど、稽古を付けていただけるなら! これ以上の光栄はありません!」


 どうやら一周回ってどこかのスイッチが入ったらしく、そう言ってビシッと敬礼する姿からは幾分硬さが抜けている。


「よしよし、そんじゃあ早速始めよう。学園長、立会人よろしく」


「まぁ、別に構わんが……」


 不承不承といった様子で、パス学園長が頷いた。


「流石に、学園長以外の先生が立会人だと俺を止めるのは難しいだろうからな……」


「お主何するつもりなんじゃ!?」


 ポツリと漏らされた不穏な呟きに、パス学園長が激烈に反応する。


「はは、冗談冗談。流石の俺も、学生さん相手に無茶はしないっての」


「そう言って、お主が無茶しなかった記憶なぞないのじゃが……」


 パス学園長がセクレトに向ける目には、一欠片の信頼も混じっていない。


「あの、セクレト様……剣は使われないので……?」


 そんな折、丸腰のセクレトを見てオリギネットが恐る恐るといった様子で尋ねた。

 現在のセクレトが、剣一本で戦うスタイルなのも知っているのだろう。


 しかし、すぐにハッとした表情となって激しく首を横に振る。


「いえ、失礼致しました! 僕程度を相手するのに剣など必要ありませんよね!」


「や、つーか今日、剣持ってきてないし」


 セクレトは、あっさりとそう返してパタパタと手を振った。


「ちゅーかお主、なんで帯剣しとらんのじゃ……仕事は……?」


「はは、嫌ですね学園長。流石の俺も、卒業後に訪れた時にまで学園に真剣や魔物を持ち込む程物騒じゃないですよ」


「昨日のお主に聞かせてやりたい言葉じゃな……」


「まぁ、日々成長する俺にとって昨日の自分と今日の自分は別人のようなもんだしな」


「お、おぅ……」


「ゆえに、明日の俺は今の言葉をすっかり忘れて真剣や魔物で大暴れするかもしれん」


「絶対やめとけよお主!?」


 二人がそんなやり取りを行う傍らで、オリギネットは深呼吸を繰り返している。


「そろそろいい頃合いかな?」


 彼の目に冷静さが戻ってきたところで、セクレトが正面から向き合った。

 どうやら単に無駄話をしていたわけではなく、落ち着くのを待っていたようだ。


 なお、学園長の血圧は無駄に上がった模様。


「はい! よろしくお願いします!」


 一度深くお辞儀した後にオリギネットが剣を構えたのを見て、セクレトがパス学園長に目配せを送った。


「……それでは、始め!」


 半ば以上やけっぱちな雰囲気を醸し出しつつ、パス学園長が高らかに宣言する。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 今度も、先に動いたのはオリギネットだ。

 小細工は不要とばかりに一直線にセクレトとの距離を詰め、上段に剣を振りかぶる。


 それが、振り下ろされて。


「おー、流石学園生。いい筋してんねー」


 そして、その瞬間に勝負は決していた。


「……え?」


 一度目を瞬かせた後、オリギネットがゆっくりと視線を下げる。


 彼の視界には、いつの間にか自分の手を離れ……逆に己の喉へと突き付けられている、剣の切っ先が映っていることだろう。


「体幹はよく鍛えられてる。けど、ちょっと筋肉の付き方がバランス悪いかな? もうちょい下半身にも重点を置いた方がいい。それから、視線でのフェイントが浅い。ある程度以上の相手になるとたぶん初見でフェイントだって見抜かれるから、やるならあともう少しだけ長めにやった方がいいかな」


 オリギネットの剣を手にしたセクレトが、スラスラと指摘する。


「あ、はい……ありがとうございます……」


 未だ呆然としているオリギネットの耳に、どの程度入っているのかは不明だが。


「あー……そこまで!」


 遅れて、パス学園長がそう宣言した。


「流石ですね、セーくん!」


 それを受けて、ポーファがセクレトへと駆け寄る。


「後方伸身二回宙返り三回捻りを決めたところとか、凄く格好良かったです!」


「ひひひ、そうだろうそうだろう」


「い、今の一瞬にそんなことが……!? 正直なところ僕には何も見えませんでしたが、その動きが秘訣なのでしょうか!?」


「いや、その動きには何一つとして意味がないけど?」


「どういうことですか!?」


「お主はホント、昔から無意味なことに費やす情熱に関しては無意味に凄かったのぅ……」


「意味のあることばかりを求めてちゃ、人生が無意味になるからな……」


「なるほど、深いです……今のお言葉、我が家の家訓としても良いでしょうか!?」


「やめておけぃ、此奴の口から出て来る言葉の半分くらいは適当じゃ」


「失礼だな。こっちゃ、八割方は適当だと自負してるってのに」


「逆に、残りの二割は何なんじゃ……」


「愛の言葉、かな……」


「流石、素敵ですセーくん!」


「その通りだね! 格好いいです、セクレト様!」


「ウチの生徒が洗脳されとる!?」


 などなどなど。

 最後の方は、割とカオスの様相を呈していたが。


 入学二日目。

 この日を以って、ポーファの実力及びセクレト・エネーヴとの関係が全校に知れ渡り。


 羨望、嫉妬、憧憬、嫉妬、等々。

 各所からポーファに向けられる各種の感情は、加速度的に増加することになるのであった。


 ついでに、セクレトに向けられる生暖かい視線も一部(主に若手の教師陣)の間で増加したという。

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