第9話 決着後は穏やかに

 パス学園長による決着宣言から、遅れること数拍。

 先程までを更に倍する程に観客がワッと沸いて、会場が熱気に包まれる。


「うむ……まさか、修練場を壊すこともなくここまでの力を見せつけるとは……実に見事であったぞ、ポーファ・エネーヴ。修練場も壊さず、鮮やかな手際……本当に、修練場も壊さず……」


 パス学園長は、目の端に涙を浮かべていた。

 それが感動から来るものなのか安堵から来るものなのかは、本人のみぞ知る。


「いやぁ、驚いたよ。これほどとはね」


 額の汗を拭いながら、オリギネットがポーファに歩み寄った。

 顔には、清々しい笑みが浮かんでいる。


「セーくんの教え方が良いだけですよ」


 こちらは汗一つかかず、ポーファが涼しい顔で答えた。


「セー……? それが、君の師なのかい?」


「はい」


 ポーファが頷く。


「そして、いずれ私が養うことになる人でもあります」


 そして誇らしげにそう続けると、オリギネットの爽やかだった表情が曇った。


「確かに師としては優秀なのかもしれないし、決闘に負けた身ではこれ以上何を言うことも出来ないが……」


 と、その時である。


「あっ、クソ! 間に合わなかったか!? これ、もう完全に終わっちゃってる雰囲気だよな!?」


 そんな言葉と共に、一人の男が修練場に駆け込んできた。


 誰あろう、件のセクレト・エネーヴである。


「セーくん!」


「げぇっ!? お主、何しに来おった!?」


 ポーファが親愛の笑みを浮かべ、パス学園長が盛大に顔を顰めて仰け反った。


「何って、ポーファの晴れ舞台を見に来たに決まってんじゃん?」


 駆け寄ってきたポーファの頭の上に手を載せながら、セクレトは如何にも当然といった表情で言い切る。


「……待て待て待て待て」


 こめかみに指を当て、パス学園長は難しい顔で首を横に振った。


「決闘の情報は学外秘じゃぞ? なぜお主がこんなすぐに現れるんじゃ。ちゅーかそもそもお主、警備の者はどうした? お主のことは最重要警戒人物として通達しとるのじゃが?」


 ちなみにポーファが決闘を申し込んでから現在に至るまで、一時間も経過してはいない。


「俺、学園内に何人か密偵放ってるし。あと、警備は普通にすり抜けた」


 やはり、何の疑問もないとばかりの表情でセクレト。


「………………待て待て待て待て」


 理解が及ばなかったのか少し間を空け、パス学園長は先程以上に大きく首を横に振った。


「まぁこの際、お主を止められんのはしゃーないとして……この学園に、ただの密偵が入り込む隙があってたまるかい」


「いやー、いくら学園の警備が優秀っつっても現役Aランク冒険者のガチ斥候職が相手だとキツいっしょ」


「お主、なにAランクの冒険者をぶっちぎりの私事に使っとるんじゃい!?」


「ちゃんとギルド経由で依頼出してるぜ? ちぃと隠密能力は高めに要求してるけど、安全で実入りがいいってんでかなりの人気依頼になってるらしい」


「お主自分は滅多に依頼受けんくせに、しれっと依頼は出すって……お主、マジでそれ……マジそれお主……」


「別に、自分が受けなきゃ依頼出しちゃいけないなんて決まりはねーじゃん? つーかそれ、冒険者ギルド内部の話で学園長には関係なくない?」


「仮にもお主が卒業生である以上、関係ないわけあるかい! ワシが日々、タームからどんだけ愚痴聞かされとると思うとるんじゃ!」


「マジで? ウケる~」


「ウケんわ! ちゅーかまぁ愚痴に関してはいいとしても、お主の実績は即学園の信用に関わるんじゃからな!? Sランクになった途端に失踪したかと思えばふらっと帰ってきて、今度は滅多に依頼受けんとか! 何やっとんじゃお主!」


「あー……まぁ失踪に関しちゃちょっと悪いかなって気もしてるけど。でも、冒険者ってそんなもんだし? 最近も、マジでやべぇ依頼はちゃんとこなしてるじゃん?」


「ぐむむ……実際、それだけでも貢献度は計り知れんからな……」


「大体、何でもかんでも俺に丸投げしてきすぎなんだっての。大半の依頼はAランク以下でも出来るやつばっかじゃねぇか」


「まぁ……確かに下を育成するためにも、何でもかんでも上のモンがやりゃあいいっちゅうわけでもなかろうが……」


 なんだかんで、学園長が丸め込まれ……もとい、説得されていく傍ら。


「つ、つ、つ、つかぬことを伺うが、ポーファ・エネーヴ殿」


「なんでしょう?」


 何やら声……どころか全身を震わせたオリギネットに話し掛けられ、ポーファは小さく首をかしげる。


「彼が、君の師ということでいいのかな……?」


「はい、その通りです」


 ポーファが頷くと、オリギネットの震えが更に加速した。


「ままままましゃか……あのお方の御名前は……」


 その震えっぷりは、今や生まれたての子鹿すらも軽く上回っていると言えよう。


「セクレト・エネーヴ様……かい……?」


「はい、その通りです」


 ポーファは、先程と全く変わらぬ口調で全く同じ答えを返した。


「嗚呼!」


 オリギネットが、天を仰いで感嘆の声を上げる。


「まさか、憧れのセクレト・エネーヴ様に会える日が来るとは!」


 まさしく、感極まったという表情であった。


「憧れ、ですか?」


「そうとも! 新たなダンジョンを発見・踏破した数、実に十七! 最危険種指定の魔物の討伐数なんて数え切れない程だ! 伝説の盗賊団『金色の鷹』の単独壊滅は演劇にもなっている有名な話だね! エリクシルの完全再現を筆頭とする、魔法薬の復元・開発による貢献度も計り知れない! 彼が新たに提唱した魔法理論が、今日の基礎になっている分野も多いよね! つい昨日、グレートドラゴンを一人で倒したとも聞いている! 立場上冒険者になることは許されないけども、そうでなければ僕は彼を追って冒険者を志していただろうね! 僕の憧れそのものさ!」


 興奮した様子で捲し立てる。


「では、クソ野郎というのは?」


「もちろん取り消そう!」


 重ねた問いにも、即座にそう返答。


「詳しくは知らないが、どうやら大きな誤解があったようだからね!」


「ふふ、そうですか」


 ポーファの表情が、ようやく和らいだ。

 元々終始笑顔ではあったのだが、教室での一件以来ずっと身に纏っていたオリギネットに対する棘が取り払われた形だ。


 基本的に、ポーファはセクレトの味方をする者の味方であった。

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