第7話 騒動鎮静は一転に
「理由をお伺いしても?」
いきなり決闘を申し込んできた貴族の少年、オリギネットに対して一切の動揺を宿さない声と表情で問い返すポーファ。
「何か、お気に触るようなことをしてしまいましたでしょうか……?」
次いで、申し訳なさげに目を伏せた。
「や、違う! そういうわけでは!」
途端に、オリギネットが慌てて手をワタワタと動かす。
「僕を抑え主席を射止めた者の実力を、この目で確かめようと思ったのだ!」
それが素なのかテンパった結果なのか、居丈高に言葉を紡ぐオリギネット。
「まぁ、そうでしたか」
ポーファは微笑みでそれを受け止める。
「ですが、決闘とは少々穏やかではないのではございませんか?」
「う、それは……」
自覚はあったのか、オリギネットが顔を引き攣らせた。
ポーファに突きつけていた指も、ヘニャッと曲がる。
「僭越ながら、フォメート様とはこれから三年間を学友として過ごさせていただく身です。その間、力を示し合う機会は幾度となくありましょう。健全に、切磋琢磨していければと考えているのですが……私の我儘、聞いていただけませんでしょうか?」
「う、むぅ……」
手を組み上目遣いで懇願するポーファに、オリギネットが呻いた。
しばし、葛藤の表情を浮かべた後。
「確かに、そうだな」
ふっとその表情を和らげる。
「これから三年間よろしく頼むよ、エネーヴ殿」
それから、ポーファに向けて手を差し出した。
「はい、こちらこそ」
ポーファがそれを握り返す。
「すごい、あのフォメート様を……」
「根は悪い人じゃないんだけど~、一方的に話を進めるのに定評があるのにね~」
「なんつーか、男のあしらい方が板についてるよね……ポーファって、意外とケーケンホーフ……?」
「男の人の~、っていうか~、困ったちゃんの扱い方って感じがするけどね~」
少し離れたところでは、リースとサリィがヒソヒソとそんな会話を交わしていた。
「あぁ、そういえば」
先程までよりは幾分落ち着いた様子で、オリギネットがふと思いついたような声を出す。
「君について、よからぬ噂を聞いたのだが……」
そして、眉を顰めた。
「何でしょう?」
「いや、君のような人に限ってないとは思うのだが……」
オリギネットは額に指を当て、軽く首を横に振る。
「君が、将来ヒモを養うために冒険者を目指しているのだとか何だとか……」
はは、と苦笑とも嘲笑とも取れぬ笑みを浮かべるオリギネット。
リースとサリィが、「あちゃあ……」とでも言いたげな表情を浮かべる。
前日、ポーファと二人は特段声を潜めるでもなく話していた。
元々クラス内の注目を集めていたところにその話題。
どこからともなく広がって、他クラスにも届いたというところだろう。
「はい、事実です」
周囲がどうなることかとハラハラ見守る中、ポーファがあっさりと肯定を返した。
「なっ……!?」
オリギネットの顔が再び引き攣る。
「正気か、君!?」
思わずといった調子で叫び、ポーファの両肩をガッと掴んだ。
「君は騙されている! 今すぐそのクソ男に会わせたまえ! 僕が成敗してくれよう!」
その、瞬間。
「……は?」
空気が凍った。
ポーファは笑顔のままである。
「今、何とおっしゃいましたか?」
しかし、なぜだろう。
教室中で、その笑顔を見て震えが止まらなくなる者が続出しているのは。
「今すぐそのクソ男に会わせろと言ったのだ!」
唯一、オリギネットだけが先と同じ調子で叫んだ。
一人空気が読めていないのは、熱くなりすぎているためなのか生来鈍い質なのか。
「そうですか……わかりました」
空気が、凍った。
今度は比喩ではない。
ポーファの身体から広がる冷気が、物理的に周囲の気温を下げていた。
「うぉっ……!?」
オリギネットが驚いた顔で飛び退き、その手に魔法の炎を灯す。
彼の手を覆いかけていた氷が、熱によって溶けた。
「な、何を……」
する、と言いかけたのだろうその言葉が途中で止まる。
オリギネットは、呆然とポーファを見つめていた。
「オリギネット・フォメート」
ポーファは相変わらず、微笑である。
冷笑ですらない。
まるで、日向で丸くなる猫を愛でているかのような笑顔だ。
にも関わらず、その身が纏う雰囲気は罪人を裁く地獄の女神の如く。
「貴方に、決闘を申し込みます」
そっと手を上げ、優雅な仕草でオリギネットを指した。
「な、や、え……?」
対するオリギネットは、目を白黒させるのみだ。
「いや、それは先程、君の方が断って……」
辛うじて絞り出したかのように、そう呟く。
「過去は過去、今は今。世の中は常に移ろいゆくものなのです」
「し、しかしだね……」
「オリギネット・フォメート」
再び断罪者に名を呼ばれ、オリギネットがビクッと身体を震わせた。
「決闘を申し込まれて逃げるのが、フォメート家の教えですか?」
「なっ……!?」
淡々と紡がれる挑発に、オリギネットの顔色が変わる。
「家名を貶されては、黙っているわけにはいかないな……!」
その目に、強い意思の光が戻った。
「ならばどうするのですか? オリギネット・フォメート」
その火に、ポーファが油を注ぐ。
「いいだろう、受けて立つ! ポーファ・エネーヴ!」
かくして、あれよあれよという間に両者の決闘は成立したのであった。
「なんていうか、ポーファって……」
「一部に関してだけ~、沸点低すぎ~?」
教室の一角では、そんな言葉と共に半笑いを浮かべる女生徒二人の姿が見られたという。
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