第6話 二日目開始も騒動に
入学式の翌日。
つまりは、リースとサリィがエネーヴ家を訪れた翌日でもあり。
「昨日はありがとね、ポーファ!」
「とっても楽しかったよ~」
登校したポーファの元に、そんな言葉と共に二人が寄ってきた。
「めっちゃ美味しかったし、全部!」
「ドラゴンのお肉を食べたなんて~、一生自慢出来ちゃよ~」
と、昨日も散々言っていた類のことを繰り返す。
一晩明けても、まだ興奮が冷めやらぬらしい。
「ふふ……改めてセーくんに伝えておきますね。きっと喜ぶと思います」
ポーファが微笑む。
すると教室の各所から「ほぅ……」と、うっとりする調子の溜息が漏れ聞こえてきた。
自分たち――というか、自分たちが話し掛けている人物――が教室中の注目を浴びていることに気付いたのか、リースとサリィがやや気まずげな表情となる。
「セクレト様がポーファのお兄様だってこと、秘密にしといた方がいいんだよね?」
顔を寄せ、声を潜めたリースがそう尋ねた。
「別段、その必要はないですよ。学園側も普通に把握していますし、隠すつもりはありませんから」
「あ、そなの?」
ポーファに言われて、拍子抜けしたような表情となる。
「セクレト様にご兄弟がいるだなんてのも初耳だし、てっきり秘密にしてるのかと思ったんだけど」
「というか、家族の情報まで出回っている冒険者の方が珍しいのではないですか?」
「それもそっか」
リースの表情に、納得の色が生まれた。
親兄弟の名声を利用するために自ら吹聴する者もいないではないが、基本的に自身の生い立ちや家族構成を積極的に語りたがる冒険者は少数派である。
あまり面白くない過去を持っている者も決して少なくはないため、詮索しないのがマナーにもなっていた。
「でもでも~、ポーファちゃんが師事してた冒険者って~、セクレト様だったんだね~」
と、サリィ。
本人の承認があっても大声で言うのは憚られるのか、気持ち小声気味だ。
「そりゃ、新入生トップも納得って感じだよね」
そう言ってから、リースがふと表情を改めた。
「でも特に秘密にしてないなら、この件はむしろ早めに広めた方がいいかもね」
やや難しげな顔である。
「と、いいますと?」
ポーファが小さく首をかしげた。
「昨日も言ったけどさ、このままだと内部進学組の貴族連中がどっかで絡んでくると思うんだよね。けど、セクレト様に師事してたって話なら納得する人も多いと思うから」
「そうだね~」
サリィも、リースの言葉に同調する。
「特に厄介そうなのが~、フォメート様だろうし~」
「……?」
「公爵家の長男で、中等部時代はずっと主席だった方よ」
聞き覚えのない名にポーファが疑問を浮かべると、リースがそう補足した。
「確かに、まさにあの人なんかは前から公言してる通り……」
更に何かを付け加えようと、リースが口を開いた時である。
「頼もう!」
そんな大声と共に、勢い良く教室の扉が開かれた。
「ポーファ・エネーヴ殿はいるか!」
扉の向こうにいるのは、いかにも貴族然とした少年である。
年の頃は、ポーファたちと同じくらい。
ウェーブがかった深い金色の髪は、長めではあるが丁寧にセットされており清潔感がある。
多少幼さは残っているが、その甘いマスクで詩でも諳んじればときめく女性は多いだろう。
もっとも今、その表情は非常に険しいものとなっていたが。
「遅かったか……」
額に手を当て、リースが天を仰ぐ。
その横では、サリィも控えめながら苦笑を浮かべていた。
「私がポーファ・エネーヴです」
そんな二人を後ろにし、ポーファは少年の方へと歩み寄る。
「む、貴殿……が……」
ポーファが近づくにつれて、少年の険しかった表情が徐々にポーッと呆けたものに変化していった。
「はい、何か御用でしょうか?」
三歩分程の距離を空け、立ち止まったポーファが首を傾ける。
サラリと、髪が一房肩から落ちた。
「んおっ!? あ、あぁ……えーと……なんだ……」
我に返った様子の少年だが、しどろもどろで口をモゴモゴと動かすのみ。
先程までの堂々とした雰囲気は、もうどこにもない。
視線を外したかと思えば、すぐに吸い寄せられたかのようにまたポーファの顔へと目を向ける。
そんな仕草を、たっぷり数呼吸分は続けた後。
「ん、んんっ!」
咳払い一つ、少年は表情を改めた。
「僕は、オリギネット・フォメートいう者だ」
威厳のあるしかめっ面……を目指そうとした形跡は、辛うじて見られるが。
実際にはその頬は赤く染まっており、口元もヒクヒクと緩みかけ。
彼の試みが成功しているとは言い難い表情だ。
「どうも初めまして、フォメート様」
ポーファが微笑むと、少年……オリギネットの頬の赤みが更に増した。
「あー、そのー……君が、主席で、だから、えーと……」
相変わらず、口に出す言葉はしどろもどろで要領を得ない。
「つまり!」
かと思えば、何やらやけっぱちのように声を荒げる。
「決闘だ!」
そして、ポーファをビシッと指差しそう叫んだ。
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