第2話 級友との会話は穏やかに
入学式の後、ポーファたち新入生は各々が所属するクラスの教室へと振り分けられた。
なお、入学式は恙なく実施されている。
校門付近での『騒動』があったにも拘らず、というのは『世界最高峰』を掲げるネトワ学園の面目躍如といったところか。
教室では今後の予定や基本的な生活ルールなどの説明を受けた後に、クラス全員の自己紹介。
それだけで本日の放課は終了で、お昼前に解散の運びとなった。
ポーファも帰る準備をしていたのだが、そこに。
「ねぇねぇ、エネーヴさん」
「ちょっと~、お話し出来ないかな~?」
そんな風に話しかけてきた二人組がいた。
片方は、やや釣り気味の目が勝ち気そうな印象を与える少女だ。
癖のある赤髪は、ショートボブ。
もう一方は、対照的に垂れ目のおっとりとした少女である。
ストレートの黒髪は、腰近くまで伸びている。
リース・オフスと、サリィ・オート。
先程クラスメイトとして自己紹介していた二人の名を、ポーファは頭の中で確認する。
「構いませんよ。オフスさん、オートさん」
微笑んでそう返すと、二人は驚きを顔に表した。
「よく私たちの名前、覚えてたね」
「もしかして~、もうクラス全員の名前覚えたとか~?」
リースが目を丸くしたまま、サリィがほんわりと微笑んで、それぞれそんなコメントを口にする。
「お二人だって、私の名前を覚えてくださっているではありませんか」
ポーファは、笑顔を携えたままそう返した。
既にクラス全員の名前を記憶したのは事実だが、そんなことをひけらかすつもりはない。
「そりゃ、なんてったってエネーヴさんは新入生代表だもん」
「編入組の中じゃ~、一番の有名人だよ~」
ネトワ学園は初等部、中等部、高等部に分かれており、それぞれ六歳、十二歳、十五歳から受験の権利が与えられる。
今回ポーファが入学したのが高等部、ガードが入学したのが中等部であり、二人はそれぞれで新入生代表の挨拶を勤めていた。
これは、入学時の試験で最も優秀な成績を収めた者に与えられる役割だ。
ちなみに入試は座学と実技の二部に分かれており、両方で一定以上の成果を示さなければ入学は認められない。
「編入組が新入生代表になるのって~、十四年ぶりなんだって~」
「普通は、内部進学組の誰かになるからね」
ネトワ学園では初等部から中等部、中等部から高等部へとそのまま進学する者が多い。
しかし特段、内部進学組に何かしらの優遇措置があるわけではない。
新たに受験してくる者と同じ試験を受け、合格基準に達しなければ容赦なく落とされる。
とはいえ、試験の内容は元々ネトワ学園で教えているものだ。
新入生代表に内部進学者が選ばれやすいのも道理と言えよう。
という旨は、ポーファもセクレトから聞いていた。
「私の場合、ここの卒業生で優秀な冒険者に長年師事していますから」
事実、ポーファとガードが優秀な成績を収められたのはセクレトの教えを受けてきたからに他ならない。
「そうなんだね~」
「あ、でも気をつけた方がいいよ?」
サリィがホワホワと頷く傍らで、リースが声を潜めてポーファに顔を寄せた。
「内部進学組の、特に貴族ってプライドが高いから。エネーヴさんに代表取られた連中、きっと面白くないと思う。変ないちゃもんつけられるかも」
その表情には、若干の嫌悪感が滲んでいる。
「そうなんですね。ありがとうございます、気をつけます」
実際には気をつけようがあるのか微妙な案件ではあるが、情報はあるに越したことはない。
ポーファは素直に礼を言った。
「けれどそういう意味で、お二人は……?」
続けて、言葉を選びつつ尋ねる。
ネトワ学園が制服を採用している理由の一つには、貴族と平民の区別なく平等に扱うという意図もあるそうだ。
とはいえ髪や肌の手入れ具合、ちょっとした所作などにおいて貴族と平民ではどうしても差異が表れる。
そういった点から、ポーファは二人を貴族であると見ていた。
また、既に随分と馴染んだ雰囲気であることから、恐らくは内部進学組であろうとも推測している。
つまりは、彼女たちの言う「面白くない」と思っている側の人間だ。
「ま、確かにウチも分類上は合致するけどね」
果たして、リースは肯定の言葉と共に頷いた。
「つっても、我が家は領地も持たない男爵位だし。ウチ自身、ぶっちゃけ成績もそこまでいいわけじゃないしね。エネーヴさんのことは、純粋に尊敬してるよ」
次いで、肩をすくめる。
その声には特段やっかみや嫌味の響きは含まれておらず、ポーファの耳には本心からの言葉であるように聞こえた。
「エネーヴさんに声をかけたのも、ただの興味本位だし」
そう言って、リースは軽く笑う。
「ところで~、エネーヴさんは卒業後の進路~、もう決めてるの~?」
流れに乗ったのか、サリィが興味本位丸出し感を見せつつ質問してきた。
「ちなみに私は~、商会志望だよ~」
まずは自分からということなのか、そんな言葉を付け加える。
にしても、口が達者なイメージの強い商人の世界をサリィのような子が志しているのは少し意外だった。
「この子んち、代々王家御用達の商人でさ。その功績が認められて、爵位を授かった家なの」
そんな内心が表に出てしまっていたのか、リースがサリィと指してそう説明する。
「この子の両親もこんな感じだけど、なかなかのやり手だし。この子も、これで良い商人になるかもよ?」
そして、イタズラっぽく笑った。
「御用入りの際は~、是非オート商会でお求めください~」
ちゃっかりそんな宣伝を挟む辺り、確かにそうなのかもしれない。
「あと、私は騎士団志望ね」
今度は自分を指し、リースがそう告げる。
こちらは、活発そうな彼女から想像しやすい進路であった。
「私は、冒険者になる予定です」
結局最後になってしまったが、ポーファも自分の進路予定を口にする。
「え、そうなの?」
「そうなんだ~?」
リースが露骨に、サリィが少しだけ、表情に意外さを浮かべた。
「おかしいですか?」
ポーファは小さく首をかしげる。
「んー、別に冒険者を悪く言うつもりはないけどさ」
そう前置きして、リース。
「学園生の進路としては、かなり少数派なイメージだったから。危険だし、安定しないし」
「学園経由しなくてもなれるし~?」
サリィも、不思議そうな声色だ。
「確かに、その通りだと思います」
ポーファは一つ頷く。
二人の言うことは、もっともだ。
「とはいえ、冒険者登録が出来るのは十八歳からですしね。それまでは、学園で学ばせていただこうと思いまして」
「それはそうだけど……凄い冒険者さんに師事してるんなら、わざわざ学園に通う必要もないんじゃ?」
リースが質問を重ねる。
「どれほど優秀な冒険者であろうと、一人の知識では限界がありますから。彼も学園の先生方には敬意を払っていて、ここで学ぶべきことは多いと言っています」
実際、セクレトが言っていた言葉だ。
人によっては今朝方の行動からは信じがたいと思うのかもしれないが、ポーファは微塵も疑ってはいない。
もっともポーファの場合、セクレトに関する大概の事柄について疑いを持つことなどないのだが。
「それに、一番の目的は人脈作りですね。学生時代の友人は一生の友人になる、とのことですし」
これも、セクレトの受け売りである。
なお、ポーファはセクレトが『学生時代の友人』とやらに会っているのを一度も見たことがない。
「ですから、お二人にこうして声をかけていただけてよかったです。初日から、目標の一歩目を踏み出せました」
ポーファがそう言うと、リースとサリィは目を瞬かせた。
しかし徐々にその言葉の意味が染み渡っていったかのように。
「はっはー、新入生代表の人脈第一号か」
「責任重大だね~」
リースはニヤリと、サリィはホワリと、表情を笑みに変えていく。
「んじゃ、今更だけど改めて」
と、リースがポーファに向けて手を差し出した。
「私は、リース・オフス。リースでいいよ」
「サリィだよ~」
リースの傍らで、サリィが両手を上げる。
「ポーファ・エネーヴです。私も、ポーファで構いません」
ポーファはリースの手を握った後、サリィに向けて頷いた。
「これからクラスメイトとしてよろしくね、ポーファ」
「よろしくね~、ポーファちゃ~ん」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。リースさん、サリィさん」
三人、ニコリと笑い合う。
「あれ~? ところで~?」
そこで、ふとサリィが疑問の声を上げた。
「ポーファちゃんは~、どうして冒険者を目指してるんだっけ~?」
「あぁ、そういやそこ聞けてなかったね」
リースの顔にも疑問の色が戻る。
「大物を狙えば、他の職業とは桁が違うくらい実入りがありますからね。それに、学園の卒業生ならEランクから始められますし」
冒険者になるためには、冒険者ギルドへの登録が必要となる。
逆に言えば、必要なのはそれだけだ。
登録したその日から、冒険者を名乗ることが出来る。
ただし冒険者には『ランク』が設定されおり、自分のランクより上の依頼は受けることが出来ない。
通常はFランクから始まり、依頼をこなしていくことで実力が認められればより上のランクに昇格。
ランクが上がる程に依頼は達成困難なものとなっていくが、その分報酬も上がっていく。
もっともFランクは最低限のチュートリアルのようなもので、ここで躓く者はまずいない。
というよりも、まともに冒険者を志す気がない者を振り落とすためのランクと言えた。
なので、Eランクスタートいうのもそう大した優遇措置でもない。
ちなみにDランクまでいけば「初心者卒業」、Cランクは「運が悪くなければ(=死ななければ)大半の冒険者がいつかは辿り着ける」程度のランクと言える。
そこから先は一気に門戸が狭くなり、Aランクに辿り着ける者は相当な実力者か豪運の持ち主のみ。
最上位のSランクともなれば、ほとんど伝説上の人物に近い扱いとなる。
「そんなに~、お金が必要なの~?」
「ちょっ……!?」
これは聞いてはいけない系のやつか……? とでも考えていたのか、あっけらかんと尋ねたサリィにリースが若干頬を引き攣らせた。
「えぇ。早く、セーくんを養ってあげられるようになりたいので」
こちらも平然と、ポーファが答える。
「セーくん~? 弟さんかな~?」
ガンガン踏み込んでいくサリィに、リースの頬の引き攣り具合が加速。
「いえ、年上の男性です」
しかし、ポーファがそう答えたところでリースも「ん?」と疑問顔となった。
「じゃあ~? 病気の人なの~?」
「いえ、至って健康体ですね」
「何か~、働けない事情があるとか~?」
「いえ、そういったことも特にはないですね」
「んん~? ……あ、わかった~! もう働けないくらいのお爺ちゃんなんだ~! じょじゅちゅトリックってやつだね~」
「いえ、むしろ働き盛りですね」
ポーファの回答の度に、「んんっ?」とリースの疑問色が強まっていく。
「あの……それじゃ結局、『セーくん』って何者なの……?」
ここに来て、リースもおずおずと尋ねた。
「将来、私のヒモになる人です」
答えるポーファは、この日一番の笑顔であった。
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