ヒモ志望の不良冒険者、養い志望の優等生
はむばね
第1話 入学初日は騒動に
「そっか。なら、そうだな」
少女の頭を撫でながら、青年は実に気軽な調子で口を開く。
少女は泣いていた。
自分が取り返しの付かない過ちを犯してしまったのだと、ようやく気付いたから。
そんな少女に、青年は言った。
自分の全てを奪ったに等しい相手に対する言葉なのに、優しい優しい響きを伴って。
「将来俺を、君のヒモにして欲しい」
嗚呼。
その言葉に、どれほど救われたことだろう。
「立派に成長して、うんと稼いで俺を養ってくれよな」
どれほど、恋したことだろう。
◆ ◆ ◆
「いよいよ、私もネトワ学園に入学するのですね」
広大な敷地を囲む高い塀と、その唯一の通り道である無骨な門を眺めて。
ポーファは、感慨深げな声を漏らした。
ネトワ王国立ネトワ学園。
『世界最高峰の教育を』との理念を掲げ、およそ百年前に設立された教育機関である。
指導範囲は魔法理論の指南に体術訓練、魔物に関する知識や素材の採取方法の伝授に、実戦演習……と、多岐にわたる。
この百年でその看板に偽り無しとの評価を盤石なものとし、今や入学希望者は世界中から集まるまでになっていた。
現在ポーファの身を包むのは、ネトワ学園で支給される制服だ。
シンプルなデザインだが、実の所これらは幾重もの魔法が付与された優秀な魔法具でもある。
毎年、この制服の入手を主目的とした入学者も少なくないという。
ポーファは十五歳の女子として平均的な背格好ではあるが、しかし同じ服装の集団に紛れたとて彼女をその中から探し出すのは決して難しいことではない。
肩口で切り揃えられた金色の髪はそれ自体が光を放っているかのように輝いており、どんなに離れていようが一目で見つけることが出来る。
加えて、エメラルドのように美しい碧色の瞳を有する大きな目に、筋の通った高い鼻、桜色のふっくらとした唇。
それらが奇跡的なまでのバランスで配置された顔立ちは、十人いれば十人が振り返る美貌だ。
「その通り」
ポーファの傍らに立つ青年、セクレトが大きく頷いた。
こちらは、仕立ての良い黒地のスーツをビシッと着こなしている。
いつもは大体寝癖が見られる明るいブラウンの髪も、今日は綺麗に撫で付けられていた。
ただし、スーツの上に背負った無骨な大剣がかなりアンバランスではある。
「お前はここで、よく学び、よく遊び、ゆくゆくは立派な冒険者となり」
ポーファと並ぶと流石に霞むと言わざるをえないが、彼も十二分に異性を引きつけるに足る容姿と言える。
十代後半くらいに見える、精悍な顔立ち。
髪と同じ色を有する瞳は、強い意思を感じさせる光を宿していた。
自信に満ちたその笑みは、多くの女性にとって魅力的に見えるものだろう。
もっとも。
「そして、俺をしっかり養うのだ!」
口にする言葉込みでも魅力的に思えるかどうかは、賛否が分かれるところであった。
「はい、頑張りますね!」
『賛』の側に属するポーファは、何の疑問もないとばかりに輝く笑顔をセクレトに向ける。
「まぁ、それはいいんだけどさぁ……」
うんざり気味の口調で二人の会話に口を挟むのは、ポーファの弟でありガードという名の少年だ。
十二歳という年齢もあり、多分に幼さの残る顔立ちは「格好いい」というよりは「可愛い」と称するのが相応しいと言える。
金色の髪に碧色の瞳、そしてその美貌はポーファとの血の繋がりを確かに感じさせた。
現在は服装も、ネトワ学園の制服でありポーファとお揃いだ。
彼の髪が短く刈り上げられていなければ、多くの人が「美人姉妹」であると勘違いすることだろう。
もっとも、この髪型でなお同じ勘違いをされることも日常茶飯事ではあったが。
「なんか、すごい厳戒態勢なんだけど」
ガードが目を向ける先は、学園の門。
より正確に言えば、その向こうに待機している数十人の集団だろう。
無骨な鎧で全身を包む者、抜身の剣を構えている者、杖に膨大な魔力を込めている者、矢をつがえた弓の弦を引き絞っている者。
その装備は様々であるが、皆一様に顔には極度の緊張が表れていた。
「いっつもこんな感じ、ってわけじゃないよね?」
ガードが、セクレトをジト目で見上げる。
「はっはっはっ、ドラゴンでも出たのかな?」
答えるセクレトの表情は、朗らかな笑みであった。実に胡散臭い。
ガードが、再び武装集団の方へと目を向ける。
「ついに奴が来やがったか……」
「おい、増援はまだか!?」
「それが、入学式の準備に人手を割かれており……」
「言ってる場合か! こっちは最大警戒体制だって伝えとけ!」
そんなことを口々に言い合っている間も、彼らの視線は固定されていた。
例外なく、ポーファたち一行の方に向けて。
「これ、明らかに僕らを警戒してるよね?」
再び、ガードのジト目がセクレトを見た。
「はっはっはっ、人に擬態する魔物でも出たのかな?」
セクレトの表情は変わらない。
今一度、ガードが学園の方を見やった。
「学園長! 直接セクレト・エネーヴと対するのは危険です! せめて結界の魔石を!」
「奴相手にそんなもんは無意味だ! 『始まりの鮮血夜』をもう忘れたか!」
「保護者の欄に『セクレト・エネーヴ』の名を見た時は、同姓同名であってくれと願ったが……やはり本人だったか……!」
「セクレト・エネーヴ……! なぜ、今になって戻ってきた……!」
「学園の平和が保たれたのも、束の間だったか……」
悲痛な彼らの声を背景に、更に胡乱さを増したガードの目がセクレトに向けられた。
「滅茶苦茶、にーちゃんの名前連呼してるんだけど」
「はっはっはっ、セクレト・エネーヴでも出たのかな?」
この期に及んでも、セクレトは白々しい態度を崩さない。
「出たんだよ、にーちゃんが……ていうかにーちゃん、何したらこんなことになるのさ……あそこにいるの、学園の先生たちだよね……?」
一方のガードは、辟易とした表情で溜息を吐いた。
「はっはっはっ、若気の至りってやつだな。誰にでもある、青春の甘酸っぱい思い出だ」
「今んとこ、甘さ要素がどこにも見当たらないんだけど……」
武装集団……教師陣の目は、控えめに言って殺意に満ちている。
「ひひ。ま、俺ももう大人だからな。あの頃とは違うってことを見ていただくためにも、ここは一つ」
そんな言葉と共に、セクレトが一歩踏み出した。
呼応して、教師陣の緊張が一層高まる。
一触即発の雰囲気。
「お世話になった先生方に、ちょっくら『御礼』を進呈するとしよう」
そんな中、セクレトだけが至極気軽な調子で学園の門に歩み寄っていった。
一歩、二歩……三歩目と同時に、セクレトが手の平大の石を取り出してパキッと割る。
すると割れた石の上、宙空に『穴』が出現した。
空間魔法を付与した、使い捨ての魔石である。
使い捨てだけに純度は低めであるが、それでも一つで並の騎士団員の月給くらいの価格はする。
だが、それそのものに注目する者はこの場にはいなかった。
高級品ではあっても学園勤務であればそれなりに目することはある品だったし、何より。
『穴』から現れた、巨大な塊……魔物の死骸についての反応の方が、劇的だったためである。
「うぉぇっ!? くっさ!?」
「おいこれ、ステンチグリズリーじゃねぇか! なんちゅーもん持ってきやがったんだ!?」
「入学式にこの臭いとか、新入生が心に傷負っちゃうだろ……!」
「いや、ステンチグリズリーが死後に発する香りは一定以上の年齢にだけ悪臭と感じられるもの……! 十代には、むしろ芳しく感じられるはずだ……!」
「刺さるのは教員だけってことか……!? なんだそのお気遣い……!」
「いいから人数集めろ! さっさと解体して倉庫にぶち込むぞ!」
「確かにこれは、結界とか無意味ですね……!」
等々、蜂の巣を突いたかのように一気に場は騒然となっていた。
「ひひひっ。先生方、気に入っていただけましたかね? うぉぇっ」
「お前もダメージ受けてんじゃねーか!」
「いやぁ、俺も十代を卒業して久しいもんで。あ、そこの内臓付けると匂いが加速するんで気ぃ付けてくださいねー。あと、今のうちに氷用意しといてもらえます? 腐るの早いし、腐敗臭まで混じると気絶する人出始めるんで。さー、ちゃっちゃと解体しちゃいましょー」
「なんでお前が仕切ってんだよ!」
「いやむしろ仕切れ! この手の作業はコイツが一番詳しい!」
「おめーはホントに昔からよー! こんなの持ってくんならせめて事前に言っとけや!」
「モノは貴重品だし授業に使えるから、寄贈自体はありがてぇのが逆に厄介すぎる……!」
「今回は、魔物が生きてないだけまだマシかもな……!」
背負っていた大剣を振るって肉を斬り裂くセクレトと共に、教員たちが魔物を解体していく。
「凄いな、にーちゃん……学生の頃から何も変わっていないのが、手に取るようにわかるようだよ……」
「うふふ、セーくんが楽しそうで何よりです」
それを見ながらガードが半笑いで、ポーファがニコニコと笑って、それぞれそんなコメントを述べていた。
「もう収拾がつかなさそうだし、僕らだけで行こう。初日から遅刻したくないし、新入生代表の挨拶もあるしさ」
「そうですね」
軽く頷き合って、ポーファとガードは歩き始める。
セクレトを中心とした騒動の隣を、まるで草原を散歩するかの如き優雅な足取りですり抜けていく二人。
それはまるで、これからの日々を象徴するかの光景であった。
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本作を読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、少し下のポイント欄「☆☆☆」の「★」を増やして評価いただけますと作者のモチベーションが更に向上致します。
本日中に、第5話まで投稿致します。
よろしくお付き合いいただけますと幸いです。
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