第3話 ヒモの正体は不可解に

 ──将来、私のヒモになる人です


 ポーファの言う『セーくん』についての説明を受けて、リースとサリィが顔を見合わせた。


 その後、示し合わせたかのように同時に顔を寄せ合う。


「ヒモって~、ヒモのこと~?」


「ま、待って、落ち着きなさい。きっと思ってるのとは違う、ポーファの出身地方の方言か何かだよきっと」


 そんな風に密めき合った後、二人は再びポーファと向き合った。


「あー……その、ヒモって、アレかな? 旦那さんとか、そういう意味のアレ……?」


 リースの顔に張り付くのは、ぎこちない笑みである。


「いえ、むしろ婚姻関係は結ばないですね。それで、働かないで女性の収入で養ってもらうようなアレのことです」


 ポーファの明確な回答に、そのぎこちない笑みも固まった。


 再び、先程を倍する勢いで顔を寄せ合うリースとサリィ。


「ヤバいよ……思ってたのと寸分違わぬアレだったよ……」


「これって~、もしかしてアレかな~? ポーファちゃんって~」


 一瞬だけ横目でポーファを見た後、二人は視線を交わし合う。


「「悪い男に引っかかってる」~?」


 ヒソヒソ声が二つ、重なった。


「もしそうなら~、助けてあげないとだよね~?」


「う、うん……でも、とりあえずまずは事の真相を確かめないと……」


 頷き合い、二人は今一度ポーファと対峙する。

 その表情は、戦場に赴く戦士のそれに近かった。


 サリィの方は、それでもかなり緩めのものだったが。


「あー……ポーファ? その、セーくん? って人のことさ。もうちょっと、詳しく教えてくれない?」


 質問するリースの声は、所々裏返っていた。


「お二人とも、セーくんに興味がおありですかっ?」


 嬉しそうな表情で、ポーファがポンと手を打つ。


「それじゃ、もしよろしければなんですけど。今日この後、ウチに来ませんか? 私の入学祝いってことで、セーくんがご馳走を用意してくれてるはずですから」


 かなり前のめりな感じでの提案に、リースとサリィは一瞬だけ顔を見合わせる。

 それだけで、意思の疎通は完了したのか。


「そ、そうだね……」


「お邪魔~、しちゃおうかな~」


 二人揃って、ぎこちなく頷いた。


「そうですか。じゃ、早速セーくんに連絡しますねっ」


 ニコニコと笑いながら、ポーファは自分の鞄に手を突っ込む。


 取り出したのは、手の平サイズの金属プレートだ。

 表面には、複雑な紋様がビッシリと描かれている。


「あっ、すご~い。ミスリル製の通信具だ~。しかもその陣~……こないだ発売されたばかりの最新式~?」


 素の表情に戻ったサリィが目を輝かせた。


 魔力伝導率が一定以上存在する物体に魔法陣を描くことで、それは魔具と呼ばれる道具となる。


 効果は、陣の描き方によって多種多様。

 今回ポーファが持っているのは、同種の魔具同士で声を届け合うというものだ。


 通信具という通称がある程で、その効果を持つ魔具自体はそう珍しい類ではない。


 が、ミスリル製となれば話は別だ。

 なにせミスリルといえば、魔具の媒体として非常に優れていることで知られる金属の一つである。


 魔力伝導率が非常に高く、強度も文句なし。

 ただしその分、お値段は大抵の人にとって文句しか出ないものに設定されている。


「流石、お目が高い。実はこれも、セーくんが入学祝いとしてプレゼントしてくれたものなんですよ」


 得意げに言ってから、ポーファはそれを耳に当てて魔力を通した。


『はい、こちらセクレト』


 間を置かず、セクレトの声が耳に届く。


 最高級の逸品だけあり、音質は非常にクリア。

 まるで、すぐ隣で囁かれているかのようだ。


「もしもし、ポーファです」


 セクレトの声を聞き、ポーファの頬が緩む。


「今日この後なんですけど、お友達を連れて帰ってもいいですか? 二人なんですけど」


 などと、ポーファが通信具越しに会話している傍らで。


「凄いな~。いいな~。私もパパにおねだりしたんだけど、買って貰えなかったんだよ~」


「いや、アンタの通信具事情はどうでもいいから」


「でもでも~、アレをポンッと買えるってことは結構なお金持ちだよ~? セーくんさんって、普通に貴族とか商人なんじゃないかな~?」


「いいや、まだわからないね。もしかしたら、賭け事で大勝ちして手に入れた泡銭とかかもしれないし。そういう時に機を逃さず贈り物をすることで彼女を喜ばせると共に、この人は大丈夫なんだって思わせる作戦だったのかもしれない」


「わ~、だったら策士だね~」


「大体、こんな時間に家で料理作ってられるってどんな職業だって話よ」


「そりゃ~、無しょ……」


「ちょい待ち! その先は言わないで!」


「どうして~?」


「なんか、言葉にしちゃうとそれが現実になっちゃう気がして……」


「相変わらず~、リースちゃんは変なとこでヘタレだね~」


「そういうアンタは、変なとこで肝が座ってるよね……」


 リースとサリィは、そんなことを囁き合っていた。


「はい、じゃあこれから帰りますね」


 と、そこでポーファの通話が終わる。

 ポーファが通信具を耳から離すと同時に、顔を寄せ合っていたリースとサリィも素早く離れた。


「お待たせしました。セーくんも大丈夫だそうですので、是非ウチにいらしてください」


 邪気のない笑みを浮かべるポーファ。


「わ、わ~い」


「はは……楽しみだなぁ……」


 それに対して、二人が浮かべる笑みはやはり引き攣り気味のものであった。

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