現実逃避

SS

頭がスッキリとしない。常に重りを埋め込まれたかのように頭が重く、何を考えようにも気も頭も重くて上手くいかない。逃げたい、いや、逃げるところならば。


目を閉じて、ほんの少し現実から逃げ出す。


さざめく波の音が頭に木霊して話しかけてくる、くすくすと、波に紛れて笑い声がする。照りつける太陽がもう夏だと、ジリジリと焼き付けるように理解せざるを得なくなる。薄黄色いポップコーンのような花から香りが広がる。春に見かける花のような気がしたが、まあここは何でもない、どこでもない場所だ。ドードーと亀が岩をクルクル周り出しても不思議では無い。

湿った熱い空気が体を撫でて駆け抜けていく。草木がざわめいて泣き出す。鳥がアナウンスをしながら飛んでゆく。あの鳥はなんだっけ、どこかのデパートのロゴのような気がする。何かを話しているが異言語のように分かりそうで分からない、拡声器で響く声が。


貝殻で足を切る。砂が傷口に入り込みじくじくと痛む。砂が蠢いている気がして、より一層の痛みを感じる。塩が傷口の中を這い回るような。貝殻を見れば血の飛沫の模様で笑っているように見える。白い貝、と言えば真っ先に思いつくような典型的な形をしているくせに随分と生意気だ。


5月の真夏だ。

大きなみかん?オレンジ?自分にはよく分からないが、それをむしり、木が悲鳴を上げる。オレンジと言うには黄色い、柑橘の香りが潮の香りと喧嘩をしている。木はブツブツと文句を言い続けるが構わず皮をむいて血が滴る。この世界ではこれでいいんだったか、それとも変化なのか。それすらも分からなくなってきた。

そろそろ帰った方がいいかもしれない。嗚呼、なんてこった、帰り方が分からない。なら帰らなくてもいいのかもしれない。


テーブルがコトンと置かれ、その上には拳銃があった。弾がなかったので今しがた剥ききったオレンジを一つ一つ詰める。拳銃の総毛が逆立ち威嚇する。世界に向かって射撃するが撃ち抜いたのは鏡に映った自分だった。鏡の向こうの自分は脳髄を撃ち抜かれ、へらへらと笑いながらこちらを見る。なんて、下品で醜い自分なのだろう。オレンジと火薬の香りが入り交じる。いらだちを乗せて撃つ度にカチンカチン、と音がする。オレンジの酸味で銃も悲鳴をあげる。


鏡は粉々に割れて、目を開いた。

頭の重さは相も変わらずだが、珈琲でも入れようか。苦しみを緩和するように微かに柑橘の香りがしたような気がした。5月の朝がこちらを見ていた。

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