作家探偵と助手

背中

ぺらり、とページを捲る音と、

万年筆と紙が擦れ合う音が交互に響き渡る。


時折、ページを捲る手を止めては先生の背中を盗み見る。

原稿と向き合うときだけ丸まっている背中。


日も落ち始め、暗くなる室内に気がつき、立ち上がる。

先生が、それに気が付いたかはわからない。

時々手を止めては書き進める音がする。

控えめに電気だけつけて、部屋を出た。




本を読むのは好きだ。

好奇心や、想像が、心を追い立てページを捲る手が止まらなくなる。

物語の山場を超え、どこに進むのか、時間も忘れて貪る。

それがどんなに、物語と自分とを重ね合わせて、捲る手が鈍っても、だ。


コトコトとヤカンの揺れる音で我に返る。

急いで火を止めて、お湯を注ぐ。

珈琲の香りが台所を満たす。

先生はまだ、原稿と向き合っているだろうか。

諦めて寝転んでいるだろうか。


2人分のマグカップを持って部屋へ戻る。

ああ、案の定。

寝転んだ先生と目が合う。


先生、珈琲ですよ。と声をかけると、気がきくな!と明るく綻ぶ。

少し冷えた手にマグカップを渡す。


ああ、先生。その顔が見たくて、僕は今この物語の中にいて。

先生のためなら、なんでもできるんです。

この物語の、どの役割を与えられようとも、それを完遂したいんです。

助手だって、悪役だって、恋人だって、先生が主人公なら、どんな役割だって。


いつか、ページは尽きる、その日まで。

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作家探偵と助手 @renyazure

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