第12話 グラスを合わせて
◆
俺は惑星「ホプリア」の第五ステーション、その奥まったところにあるバー「ジュビリー」で酒を飲んでいた。
所属不明船の追跡からすでに一ヶ月以上が過ぎている。
俺はエクスで出撃し、まんまと罠にはまって殺されかけた。
敵のエクスは、αとの間に高強度ワイヤーを延々と伸ばしていたのである。俺と交差した時もそのワイヤーを引きずっていた。
一般的なエクス同士の戦闘のように、一瞬に全てがかかっていた。
俺の放ったネイルは、敵のエクスの推進剤タンクを直撃した。俺は相手のネイルを際どく回避した。
そこだけ見れば俺の勝ちだが、続きがあった。
敵のエクスはワイヤーを器用に操り、交差直後の俺のエクスへ絡めてきた。両足が絡め取られた瞬間、αと敵のエクスの間でワイヤーが引き絞られた。
俺のエクスは自身の推進力も加わって、実に鮮やかに両足を切断されたのだった。
機体は自動で姿勢制御を行ったが、両足がないのでは苦労を強いられた。その間にも敵のエクスは反転し、αの方へ戻っていった。ワイヤーは攻撃用ではなく、αへ戻るための装備なのだった。ついでに言えば、ワイヤーはすでに投棄されてそこらを漂っていた。巻き取る時間などないという判断だろう。
いずれにせよ、俺のエクスはしばらく宙を漂ったが、程なく「ミリオン号」が迎えに来た。メイはここに至っても無線封鎖していたので、俺の機体の遭難ビーコンを頼りに場所を探り当て、作業も無言で行った。
フォローシップとエクスが接触して、始めて相棒と話すことができた。
「通報はうまくいっているか?」
『もちろんです。機動隊本部は大わらわでしょう』
オーケー、と答えて、俺はシートにもたれかかった。
αらしいフォローシップを追跡すると決めた時、俺はマーガレットに断らずに機動隊本部に詳細な通報を行った。それも単に通報するのではなく、時限式に自動通報するようにした上に、マーガレットからの通報はいかないようにメイに対応させた。マーガレットの携帯端末とメイがデータリンクされているから可能だったことだった。
機動隊にはうまいタイミングで動いてもらう必要があった。αを逃さず、かつマーガレットが死なないタイミング。
俺たちは二機のエクスでαを足止めしたわけだが、マーガレットが無事に生還できるかは半々の確率だった。
敵のエクスがαに戻るのは、方法こそ不明だったものの確実だと俺は見ていた。もしエクスを捨てるなら、αの方はもっと加速しただろう。だから、マーガレットはほぼ安全だが、想定以上の速度でエクスがαに戻ると、マーガレットと交戦状態に入るのは必至で、そうなればマーガレットの運命は彼女の実力と運に委ねられる。
俺は「ミリオン号」の操縦シートで栄養ゼリーを口にしながら、αの周囲をセンサーが探知した略図で見物したが、おおよそは予定通りに進んだ。
敵性エクスがマーガレットと交錯した時はさすがに緊張したが、どうしようもない。マーガレットは失敗したようでエクスの反応が明後日の方向へ泳ぎ始めたが、やっぱり俺にはどうしようもない。
それでも問題の宙域にはエクスらしい影が全部で六機、接近しつつあったから、敵のエクスがマーガレットのエクスを徹底的に破壊する可能性はないと見ていた。
六機のエクスは警察機動隊のそれで、俺の通報を基にしたセオリー通りの配置と数だ。俺の通報を疑う上での対応として、どこまでも想定通りだ。
αは全力で現場を離脱しようとしていたが、推力が出ないように見えるのはマーガレットの攻撃が成功した証拠だ。
それから俺が目にしたのは、全てのお膳立てがご破算になる異常事態といえる。
件のエクスが、戦闘機動をはじめ、接近していた六機のエクスに襲いかかった。
悪夢のようだったが、一機のエクスが小刻みな機動変更と無茶な急加速と急減速で、六機のエクスの間を飛び回った。
圧倒的に優位だったはずの六機のエクスは一機、また一機と漂流をはじめ、機動隊の三隻のフォローシップが現場に来る前にその戦力をほぼ奪っていた。
αはαで健気に宙域を離脱しようとしており、敵を全て片付けて唯一残ったエクスがそれを追っていく光景に、俺は何も言えなかった。
機動警察も意気地がないことにαを追うのを諦めた。仲間のエクスを救助する必要もあったのだろう。マーガレットのエクスもそのうちの一つに含まれたのを俺は確認し、やっと事態が収束したと落ち着くことができた。
結局、問題の船がアルクの船だったかはわからないが、強敵だったのは確かだ。それでもあの船はきっと今頃も機動隊に追われているだろう。推進剤が乏しい状態では、機動隊を完全には振り切れまい。それはマーガレットの手柄だ。
結局、俺はマーガレットを助けた謝礼を受け取っていない。それどころか、彼女と会ってすらいない。連絡先の交換をしていないし、彼女も俺とは関わりたくないだろう。警官と何でも屋では、住む世界が違いすぎる。
ブルーアイのグラスを口元へ運ぼうとすると、扉が開いて男性が入ってきた。
マーガレットと一緒の時に話しかけてきた男性だった。
俺と彼の視線が交錯するが、どちらからともなく表情を緩めた。彼はゆっくりとした歩調で少し離れた席に座った。店には俺一人しかいなかったので、今は二人きりだ。彼もブルーアイを注文し、すぐにグラスが出てくる。
「今日はお連れの方はいないのですね」
男性の言葉に、まあな、と答えておく。
「あいつは仕事があるんだろうさ」
「警官の仕事ですか?」
さあ、という意味で、首を傾げておく。
「警官といえば酷い目に遭いましたよ」
男性がグラスを傾けながら、疲れた声で言う。
「何の疑いもないのに臨検を受けまして、期日までに荷物を運べないところでした」
「それはまた。でも、警官はそれが仕事でしょう」
「乱暴な仕事です」
二人でグラスを口に運び、少しの沈黙があった。
「あなたも警官ではないのですか?」
唐突に問いを向けられたが、俺は別に動揺もしなかった。たまにあることだからだ。
「今は警官じゃないな。何年か前までは警官だった気もするが」
「何故、警官を辞めたのですか?」
「面白い商売じゃなかった、というべきかな」
フゥムと男性が頷く。
「今は面白い職業をしてらっしゃる?」
「何でも屋だよ。それと、賞金稼ぎ」
男性が破顔する。
「警官から賞金稼ぎに鞍替えですか。面白い」
「自分でもそう思うよ。俺の名前はダカール・ブリッジス。あんたは?」
男性はグラスの中身を飲み干すと、こちらを見た。
「私は、アントニー・クルップスと言います。しがない運送屋です」
「アントニーさん、警官には気をつけたほうがいい。優秀な奴は優秀だ」
「肝に銘じておきます。優秀な賞金稼ぎにも気をつけるとしましょう」
言いながら、アントニーは席を立ち、バーテンダーに携帯端末で支払いをした。まだグラスの酒は残っていた。
「お先に失礼します、ダカールさん。また会いましょう」
「あんたのあだ名は」
俺が視線を向けずに声を向けると、アントニーは足を止めたようだった。
「もしかして、アルク、というんじゃないか?」
「親しい仲間は、そう呼びますね。では」
今度こそ、アントニーは店を出て行った。俺は溜息を吐いて、グラスの中のブルーアイを飲み干した。
どうやらアルクは一筋縄ではいかないらしい。追跡から逃げ切った上で、ここまでやってきて、俺に存在を教えすらした。そこまでやっても何も変わらないという自信があるのだ。
いつかマーガレットが船を降りたところを押さえればいいなどと言っていたが、とんでもない。アルクは丸腰に見えたが、確保できるとは思えなかった。ガタイがいいわけではないのに、逆にこちらが組み伏せられそうだった。
俺はバーテンダーにもう一杯、ブルーアイを注文した。
扉が開く音がした。
そちらを見ない俺の隣の席に小柄な人物が腰掛ける。
「お久しぶり、ブリッジス船長」
隣の人物、マーガレットはそう言うと、バーテンダーにフレッシュジュースを注文した。
「ご無事で何より、巡査長殿」
「降格されて、今は巡査。あなたのおかげでね」
そういう組織だったな、と思い出したが、遠い記憶だ。
「で、嫌味を言いに来たのか?」
「いいえ、謝礼を渡しに来たの。その前に、乾杯しましょう」
バーテンダーが二人の前にそれぞれグラスを置いた。俺はグラスを持ち上げて、問いかけた。
「何に乾杯するんだ?」
「お互いの無事と再会に」
オーケーと俺はグラスを掲げ、マーガレットも倣う。
「無事と再会に」
「無事と再会に」
グラス同士が涼しい音を立てて触れ合った。
(了)
μ星系の交差軌道 和泉茉樹 @idumimaki
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