第4話 傍観
◆
「やられているな、これは」
思わず呟く俺だが、返事はない。無線封鎖しているからだ。
俺が乗るエクスは電磁カタパルトの加速そのままに問題の座標へ向かっている。
αとβ、つまり警察に追われている船と警察船とその周辺で起こったことは、つぶさに見ることができた。
βはαから発進したエクスに奇襲されて、あっという間に浮遊し始めた。その動きからするに、推進剤タンクを破壊されただろう。噴出する推進剤に振り回されている動きだと一目見てわかる。
それよりも目を引いたのは、βを航行不能にしたエクスの軌道だ。
母船であるαから逆進して、どうやって再び母船と接触するのかと思ったが、問題のエクスはβを軸にするように旋回するとそのまま百八十度、進路を変更させていた。
タネが分かれば単純な操作だ。
エクスはおそらく、高強度ワイヤーか何かがついている銛を装備していたのだろう。その銛をβに突き立て、ワイヤーが伸びきったところで振り子のように旋回するわけだ。
言葉にすれば単純だが、イレギュラーが多すぎることを想像すると神業に近い。
まずβは推進剤をでたらめに吹き出して予測不能な動きをしている。そんなものに銛を正確に打ち込むのも難しければ、軸が揺れている振り子がうまく機能するとも思えない。
あるとすれば、推進剤があらかた出尽くし、βが安定したところを狙えば成功確率は上がるかもしれない。
いずれにせよ、件のエクスは離れ業を難なくやり遂げ、母船へ一直線に戻り始めた。
この段階で警察船から発進していたエクスはαにかなり近づいていたが、フォローシップなしのエクスだけで臨検はできないし、当然、αにはβを撃破したエクスが舞い戻ろうとしていたわけで、警察のエクスは逃げの一手だったはずだ。
それなのに、何故かそのエクスは仲間の仇を討つ気になったように、速度を緩めてほぼ静止しさえした。
ありえない悪手に、はたで見ている俺が叱りつけたい気持ちだった。
結局、警察のエクスはαの軌道遷移に合わせたエクスの襲撃を受け、レーザー銃を駆使したり、破砕弾を使ったりしたようだが、相手を撃破するどころか、軌道を変更させることさえできなかった。
二機のエクスがすれ違った時、俺が乗るエクスはやや離れすぎていて、首を突っ込むことはできなかった。
すれ違った二機のうち一機はスムーズに前進していく。つまり正体不明のエクスは最小限の推進剤の消費で、母船へ向かって飛翔している。惚れ惚れするような、無駄のない機動だった。母船の方も船を減速させていて、エクスを迎え入れる準備は万端だ。
一方、もう一機のエクスは悲惨だった。おそらく交差した瞬間に推進剤のタンクを破壊されたのだろう、明後日の方向へすっ飛ぶように機動すると、ぎこちなく制動をかけたのも短い時間で漂流を始めた。漂流というには速度が出すぎていて、場合によっては死を覚悟する場面だ。
死を覚悟する場面ではないのは、俺のエクスがこの場にいるからだった。
所属不明らしいフォローシップとそこへまさに合流するエクスには興味がある。かなり強い興味だ。アルク云々などどうでもよくて、純粋にあの異常なテクニックの持ち主の顔を見てみたい。
警察に追われているのだからまともな人間ではないはずだが、知ったことじゃない。
ここで間抜けな警官を放り出しても、良心は痛まない俺だった。
良心は痛まないが、逆に考えれば、警官を半分殺したような例のエクスは、その警官が生き延びれば舌打ちの一つでもするかもしれない。嫌がらせとしては上等だ。
俺の乗るエクスの軌道を再確認する。
αの辿る軌道が減速により緩やかになっているので、推進剤を使えば一時間ほどで追いつけなくはない。ただ、その時には例のエクスはαに戻り、推進剤の補給を受けるだろうし、武装も整えるはずだ。一方、そこにたどり着いた俺のエクスは推進剤が心許なくなっているのは確実で、戦いたいと思える状況じゃない。
そこそこの相手なら推進剤の残量など気にしないが、目と鼻の先にいる奴は別だ。
万全でも勝ち切る自信はない。
今は極端な方向転換のトリックが分かっただけでよしとしよう。
嫌がらせを選択しよう。
そう決めたものの、俺はしばらく推進剤を吹かさなかった。αとは進行方向がほぼ同じなので、戦闘距離に取り込まれる心配はないが、αはおそらく俺の乗るエクスの存在をセンサーで察知している。なので、αが俺のことを放っておこうと判断するだけ距離ができるまで待ったのだ。
時間にして十分ほどだったが、αはエクスを回収したようで、加速して軌道を変更した。惑星「ホプリア」方面へ進んでいく。
今すぐフォローシップと合流して俺も「ホプリア」へ直行したいが、うすら間抜けの警官の乗るエクスを回収してやらなくては。
推進剤を使って軌道をゆっくりと変えていく。「ミリオン号」から射出された勢いを完全に失わないようにするにはテクニックが必要だった。もしあと十分でも軌道変更が遅ければ、困難な事態だったのは誰にとっての幸運かは不明だ。
俺の乗るエクスのセンサーの圏内からαが消えた。パッシブな探知の範囲外に出て行ったのだ。まぁ、あの船が向かった先はおおよそわかればいい。そこらじゅうに停泊可能な場所があるわけではないのが、ど田舎であるμ星系のいいところだ。
たまに罵りたくなる時もあるが。
俺はαのセンサーに用心して、反応が消えて十五分ほどを待ってから無線封鎖を解除した。
「へい、メイ、相棒、聞こえているか?」
『聞こえていますよ、ダカール』
返事と同時にデータリンクが再開される。エクスのセンサーではかすかな痕跡だった我らが「ミリオン号」の座標がはっきりと表示される。俺の機体を分離した座標から予定通りに進んでいる。人工知能らしい律儀さだ。
俺のエクスは弧を描くようにして警官のエクスを追っているが、「ホプリア」の重力の影響を受け、軌道は大きく膨らんでいる。一方、「ミリオン号」はほぼ直進しているが、警官のエクスと交差できる座標と進路ではない。
「警官を助けるぞ。一度、合流しよう」
『了解です。最適な軌道を算出しました』
メインスクリーンに簡略図が出る。文句なしの計画だ。
「こちらのセンサーには何も出ないが、警官のエクスは救難信号を出しているようかな」
『微弱で、曖昧ですが信号は出ていますよ。αのエクスが推進剤タンクと一緒に通信装置を破壊したのでしょう』
「警察船はどうしている?」
『やはり通信不能な状態で漂流していますが、そちらには星系警察の船が接近中です。接触までの予想時間は十二時間ですが』
生きた心地がしないだろうな、と思ったが、漂流船の中にいる連中を励ます方法はない。
それにしても俺が目の当たりにしたエクスの戦闘テクニックはずば抜けている。フォローシップの通信機を破壊するのはわかるが、エクスの通信装置を破壊するのは針の穴に糸を通すという奴だ。
こうなると逆に、警察のエクスがどの程度、破損しているかが気になる。もし操縦している警官がエクスごとぐちゃぐちゃになっていたら悪夢を見そうだ。
ともかく、拾ってやるしかない。
推進剤を半分ほど使ったところで、「ミリオン号」が光学映像で捕捉できた。気が早いことにエクスを収めるコンテナがすでに開放されている。
遠目に見るといかにもボロ船だが、まぁ、事実だ。建造されたのは俺が生まれた頃で、今までに十人以上が使用してきた経歴がある。俺としては最低限の生活できて、エクスを運べればいいだけのフォローシップだ。
メイの操作でわずかにな推進剤の噴射があり、俺のエクスと「ミリオン号」の相対速度が重なる。あとは俺の方で横へ移動してやり、メイの操るロボットアームが機体を固定するのを待てばいい。
ロボットアームは一発でエクスを固定し、ゆっくりとコンテナへ引きずり込んでいく。ここで事故が起こると「ミリオン号」は分解するかもしれない。人工知能は学習を深めているので操作ミスは滅多にしないが、どれだけ操作が正確でもロボットアームが破損したりしても事故は起こる。
もっと安心できる船に乗りたいものだ。
コンテナ内にエクスが固定され、ハッチが閉まる。微かな振動とともにメインスクリーンが真っ暗になった。コンテナが密閉されたということだ。
『ダカール、警察のエクスを追いますよ』
「どれくらいで捕捉できる?」
『三十分を予定しています』
「この船の推進剤は残るよな?」
当然です、と心外だというニュアンスを込めて人工知能が答える。
「冗談に本気になるな。エクスに推進剤を入れてくれ。俺はここで待機するから、近づいたら教えてくれればいい」
『食事を摂ったほうがいいですよ』
前に食事にしてどれくらい過ぎたかな、と操縦室のパネルを操作して時計をチェックする。μ星系時間で五時間ほどだった。さして長いわけでもない。
「救助活動が終わってからで良いだろう」
『了解しました。何か音楽でも聞きますか? 公共放送から海賊放送まで、好きなチャンネルを言ってください』
「少し黙っていろ。考えたいことがある」
了解です、という返事の後、もうメイは一言も言葉を発さなかった。
加速している「ミリオン号」の影響でシートに軽く押さえつけられながら、センサーでしか知らない二機のエクスの一瞬の攻防を想像し、思い描いた。
レーザー銃はともかく、破砕弾を無効化するとは、場馴れしている。
あのエクスの操縦士は、軍人か何かか? それとも、例えば……傭兵?
俺はパネルを操作してスクリーンにセンサーの記録情報を再生させた。そこへ自然と、「ミリオン号」が探知した情報が加わってくる。メイは俺が何をしているか、知っているのだ。
まぁ、これくらいのサポートは人工知能の本分だろう。
スクリーンには三次元で何が起こったかが、しかし曖昧に表示された。
うーん、情報不足だな。
それでも例のエクスの性能は少しはわかる。推進力、それと航続距離の概算。
情報は繰り返し再生される。俺はじっとそれを見つめ続けた。
速いし、上手い。無駄がない。
凄腕じゃないか。
『ダカール』
「なんだ?」
答えながらも、俺は目の前の映像を見据えていた。
『警官のエクスと接触するまで五分です』
思わず手が動き、パネルを操作して時計をチェックしていた。いつの間にか二十分以上が過ぎていた。
もうそんな時間か。
「奴さんは何か言っているか?」
『やはり微弱な信号以外はありません。呼びかけにも反応はありません』
これはやっぱり、操縦者の生死は絶望的か。
「光学映像を回してくれ」
短い返事の後、映像が回されてきた。
エクスだ。ぐるぐると回転していて、制動がかけられるようでもない。ただ、思ったよりも損傷は少なかった。メインセンサーが吹っ飛んでいるのと片足が消滅しているが、上半身はほぼ無傷だ。バックパックが破損しているから、その影響で通信装置がイかれたのかもしれない。
クラウン社の「ストロングマン」の新しいモデルだ。カタログで見たことがある。だいぶ装備が追加されているから、それもあって損傷が軽く済んだのかもしれない。
「俺が出ないといけないな。コンテナを開放してくれ」
『回転速度からして、ロボットアームでは保持は難しいかと。よろしくお願いします、ダカール』
俺はベルトを締め直し、それからシートに腰を落ち着けた。ペダルを踏み、操縦桿を握る。
脳裏で、センサーが描き出した二機のエクスの交差のシーンが瞬く。
一度、目を閉じるとその残像も消えた。
コンテナの外へ移動する機体が揺れる。メインスクリーンを光学モードにすると、今までの闇とは違う漆黒が見えてくる。星が遠くにまばらに見える。μも「ホプリア」も「ミリオン号」の陰だ。
それよりも、エクスだった。
俺の乗るエクスの光学映像と、「ミリオン号」の光学映像が合成され、手に取るようにわかる。
ついにフォローシップの外にエクスが出て、メイが発進までのカウントダウンを始める。
俺は首を少し回し、タイミングを測った。
カウントダウンはゼロになり、エクスが「ミリオン号」を離れる。
目的のエクスは目と鼻の先を漂っている。
推進剤で加速と減速を小刻みに繰り返し、速度を同期させていく。
手こずらせないでくれよ。
(続く)
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