第2話 ダカール
◆
俺は「ミリオン号」の操縦シートに寝そべって、天井に展開した望遠映像を見ていた。
所属不明船と、μ星系警察機動隊の船は遥かに遠くて爪の先よりも小さい。
どちらも大型船ではないどころか、中型船でもない。エクスを運用する場合に最も多用されるタイプの宇宙船。フォローシップと俗に呼ばれるタイプだ。
速度も概算が出ている。所属不明船αと警察船βの相対速度は大差ない。その二隻をやや離れて「ミリオン号」が追う形だ。
『ダカール、このまま追うのですか?』
壁に埋め込まれたスピーカーから軋むようなノイズ混じりの機械音声が呼びかけてくる。「ミリオン号」の全てを取り仕切る人工知能だ。メイ、と名付けている。
シートの上で身じろぎして、片手にはめたグローブで映像をなぞる。
画像が切り替わり、望遠映像ではなく航路図になった。α、β、そして「ミリオン号」が辿った経路が表示され、さらにこれから先の予想航路も表示された。宇宙船は極端な軌道を描けないわけではないが、あまりに極端だと船体に異常をきたすか、中にいる乗員が悲惨な事態になるので、よほどの場面ではない限りは緩やかな軌道を作る。
「無線は傍受しているよな?」
『三十分前からひたすら、停船を呼びかけています。それに対する所属不明船からの返信はありません』
「なるほど」
ちょっとだけ考えて、俺はまたグローブの指先を動かす。
受動的なセンサーで周囲を探査した記録で、付近に隕石などはないらしい。ノイズがやや多いが、それはこういう場面ではありきたりな結果である。
ただ、反応を辿っていけば警察船から何かが離れて行っているのは自明だ。
時間を見れば四十五分ほど前になるか。ほぼ一直線だが、惑星「ホプリア」の方向へ流されているし、さらには恒星μへ引きずられてもいる。
エクスの典型的な慣性航行である。向かう先はαの前方だ。あと十五分ほどで到達し、そこで推進剤で減速すると思われる。完全には止まらず、αと速度を同期させるだろう。
問題は、星系警察がフォローシップからエクスを発進させるのが接触のほぼ六十分前という、子どもでもわかるマニュアル通りの対応だということだ。αが星系警察を振り切るのにこれを利用しない理由はない。
「どうなるかな、あの船は」
『警察船のことですか?』
「他にあるか? どうも彼らは困ったことになりそうだが」
『でもダカールは警察船を心配しているわけでもないですよね?』
そうだよ、と答えながら、またグローブを動かす。経路図がぐっと広域を表示して、αの辿ってきた航路がずっと伸びる。βと接触するより前に、また別の船とαが接触しているのがわかる。その所属不明船はすでにはるかに離れていると言ってもいい場所を航行していると予想され、「ミリオン号」のセンサーではどうやっても把握不可能だ。
「本当にアルクが乗っているかな」
問いかけたつもりでもなく、内心の言葉が口から漏れただけだったが、相棒であるメイはちゃんと答えてくれる。
『可能性は五分五分でしょう。彼のエクスが出てくれば、はっきりします』
「お前も大概、悪党だな。警察のエクスがドンパチを始めればいい、ってことか」
『アルクは無駄な殺しはしません。そうでしょう?』
かもな、とだけ答えておく。
アルクという男は、μ星系でも名前が通っている悪党の一人だ。麻薬を中心とした違法物質、俗に言う「ソルト」の密売人の元締めで、星系警察も追っているが、賞金稼ぎどもも追っている。
俺は賞金稼ぎを専門でやっているわけではないが、アルクには会えるものなら会ってみたい。と言っても、アルクは本名も顔も不明で、正体不明である。奴の本名を通報するだけでもちょっとした額が星系政府から支払われるのだ。
狙ってアルクのものらしい所属不明船を探していたわけではないが、偶然、何もない空間で二隻の船がランデブーするのを見つけたのが、ここまでの追跡行の始まりだった。
宇宙船同士が接触するのは決してないわけではない。推進剤や生命維持に必要な物資のやり取りが行われることはある。
俺が幸運だったのは、その二隻の様子をそれとなく確認しているうちに、星系警察の船が接近してきたことに尽きる。「ミリオン号」のセンサーは悪くないが、それでも二隻を探知範囲の境界近くに置いていたので、警察船が出現した時は、俺も驚いた。
警察船が登場すると、二隻は別々の方向に分かれていき、一方を警察船が追いかけて行ったが、もう一方はとりあえずはフリーで逃げて行った。
俺はどちらかを選ぶことができたが、まさか警察の後を追うわけにはいかない。
それに、もし俺がアルクだったらどうするかを考えれば、フリーの方を追うのは当然だ。悪党をまとめる立場のアルクが、進んで警察船を引き付けるとも思えない。ついでに、もし俺がアルクの手下なら、警察はこちらで引き受けます、くらいのことは言っておいて機嫌を取りたいところだ。
そうして所属不明船を遠くから追いかけて、すでに二時間が過ぎている。その間に俺は警察の無線を傍受したり、センサーに映る周囲の反応をチェックしていたが、確信の持てる情報は手に入らなかった。
やがて応援の警察船がやってきて、所属不明船を追尾し始め、今に至る。
『ダカール。μ星系警察がここ一ヶ月で摘発した犯罪者の宇宙船の数を知っていますか』
「知るわけがないだろう。お前は星系警察の広報をずっとチェックしているのか?」
『たまには役立ちますからね』
人工知能の雑談というのも、ややこしい。付き合ってやるか。
「それで、何隻だ?」
『三十二隻です。しかしアルクらしい人物は確保されていません』
「μ星系から他の星系へ送られている輸送船の総数と比べれば、微々たるものだ。アルクが網を逃れる余地は十分にある」
『冗談に本気で反論しないでください』
別に本気で反論しちゃいない。
μ星系には地球化された惑星は存在しない。その代わりに第三惑星の「イグリス」ではガス資源が、第四惑星の「ホプリア」では鉱物資源が多く産出される。この二つの惑星にはそれぞれに巨大な採掘施設と精錬施設が付属し、ひっきりなしに輸送船が他星系へ送り出されている。そのための航路が設定されてもいる。
輸送船と呼ばれるコンテナやタンクは列を成していて、資源輸出は星系政府の国家事業でもあるため厳密に警備されているものだ。だから仮にアルクが安全に星系間を移動しようとして公的な輸送船に紛れ込むのは、効率が良さそうでも危険だった。
俺も頻繁に利用するが、宇宙空間には効率的航行に適さない経路がいくつもある。いわば抜け道だが、星系警察がその情報を知らないとは思えない。俺ですら何度か船を止められ、臨検された。
アルクもそんな抜け道を使っているのだろうが、彼の使う道は警察も知らないのか。
『αが進んでいる経路は、よくある経路です。その道をアルクが使うでしょうか』
こちらの心を読むような人工知能である。
「そういう偽装をすることもある。ただ、こうして警察に追尾されているんじゃ、アルクではないのかもな」
俺は天井の表示をグローブの一撫でで消して、シートに体を固定しているベルトの中で身をよじった。
眠れる気もしないが、少し休もう。
目を閉じた瞬間だった。
電子音が鳴り、目を開くと天井にいくつかのウインドウが表示されている。
「どうした?」
『αが減速しています。それと、センサーがノイズを検知しました』
賢すぎる人工知能も考えものだ。
「ノイズを検知などと言わず、エクスを検知と言えよ」
『まだ確信を得る情報は手に入っていません。αから離れる進路で、βとの交差軌道に乗っています』
面白くなってきた。
俺は自分を拘束するベルトを一度、外して宙に浮いた。体が漂わないうちにシートを起こし、ベルトを締め直す。操船に関する計器類は全てが起動していた。
「メイ、船をβとの交差軌道へ乗せろ。すぐにだ」
『αとβの交差より早い時間の接触になります』
「その様子を見せてやるんだよ。βが気づいているかは知らんが、αはこちらを知っているはずだ。この船が自分を追いかけていると気づけば放っておけないが、βの救援に来たと認識したなら無視する可能性もある」
『αは無駄な戦いは避ける、ということですか?』
別の言葉を使え、と思わず俺はやり返していた。
「俺がやろうとしていることを人命救助って言うんだよ」
人工知能は少しの沈黙の後、了解です、と告げると勝手に船を操舵し始めた。
メイも把握しているだろうが、俺の方でも状況をチェックしておく。
αとβは近づきつつある。
警察のエクスはそろそろ軌道修正するだろう。
では、所属不明船から離れたエクスはどこにいるか。
こちらから見る限り、高速でβに近づきつつあった。当たり前か、両者は正対して前進しているのだ。
人命救助の暇があるかな……。
アルクが無駄な殺しをしないことを祈ろう。
αがアルクの船でなければ、それまでだ。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます