第3話 オーディション合宿、開始!

「今日からここで生活するのかぁ」


 フィオーレプロダクションの所有する合宿所を見上げる。高いビルが空に突き刺さりそう。こんな所で生活することになるなんてちょっと前までの私は思ってなかったな。あの日……はぐれ魔物から助けたお兄さんに芸能界にスカウトされた日。夢見ていたアイドルという職業に挑戦できる日が来るなんて思ってなかった。私がオーディションに参加することは社長さんにも認めてもらえたらしく、ペーレさんがそれを伝えに来てくれた。同時に、彼も審査に参加するからこれからはあまり助けになれない、ということも伝えられた。それは重々承知の上だ。だけどここではペーレさん以外に知り合いもいないし、正直知らない土地で頼れる人がいないのはちょっと、いやかなり怖いけど頑張るしかな……


「モナミ!?あなた、モナミじゃない!?」

「え!?」


 いきなり声をかけられて振り返ると、真っ赤な長い髪にキリっとした雰囲気の美人が立っていた。私はこの子をよく知っている。そしてその子は真っ直ぐに私に向かって駆けてきて飛びついてきた。


「K2!?」

「そうよ!まさかここでモナミと会えるなんて!っていうかここにいるってことは、あなたも!?」

「ってことは、あなたも!?」

「もちろん!」


 力強く笑った彼女が口を開く。


「アイドル、目指しに来たに決まってるじゃない!」

「だよね!」


 K2ことカレン・ナイトレイ。何年か前にギルドでチームを組んでいた彼女は炎の魔法の使い手で、尚且つ腕もいい。魔法が使えるからそちらを極めるのかと思いきや、槍の腕前も立つという才女だ。そんな彼女はギルドでも引く手あまただったのだが、私の剣の腕を見込んでくれたらしい彼女の方からチームを組まないかと誘ってくれたのだ。彼女が家族の仕事の都合で引っ越すまでチームは続き(引っ越したくないとK2はごねたらしいが家族と一緒にいられるならその方がいいと送り出したのは私だ)、K2は最後に会った日にはまた絶対会いに来るからと言い残して引っ越していった。そんな彼女と再会できたのは単純に嬉しい。


「それにしてもここの事務所、オーディションに参加するにはスカウトか練習生試験の突破しかないのよね?どちらにしてもカレンを選ぶなんて見る目あるじゃない。ここでオーディション受けることにしてよかったわ」

「K2は私を買いかぶりすぎだよ」

「そんなことない!むしろ他の人の見る目がないのよ」


 ギルドに登録したばかりの時、「無能力」だと知られると馬鹿にしたり下に見てきたりする人たちは少なからずいた。実力で黙らせるしかないと思って黙って我慢していた時、いつも私の代わりに怒ってくれたのはK2だった。黙ってやられてていいの、こんな奴らねじ伏せちゃいなさいよって発破をかけてくれた彼女には今でも感謝している。挑発に乗せられた人たちと模擬戦をして勝った結果、ギルドでの私を見る目は確かに変わったんだから。思い出に浸っているとまたもや後ろから声をかけられる。


「中、入らないの~?」

「あ、ごめんなさい!入口塞いじゃってました?」

「ううん~。君たちが楽しそうだから見てただけ~」


 のんびりした声に振り返るとふわふわと揺れる猫耳。どうやら獣人族の女の子らしい。


「君たちもオーディション?ノノもなんだ~」

「えっと、はい!」

「よろしくね~」


 ノノと名乗った猫耳の少女はにこにこ笑って握手を求めてきた。応じると楽しそうに上下にぶんぶんと手を振られる。か、かわいい……!ノノちゃんはK2ともぎゅぎゅっと握手をすると、またね~と言いながら一足先にビルの中へ入っていった。


「私たちも行きましょうか」

「そうだね!」


 K2と連れ立って合宿所に入る。受付で名前を言って自分の部屋番号の鍵を渡される。2人1部屋の部屋割りらしく、残念ながらK2と同室ではなかった。しかし一緒の建物にいるというだけで心強い。K2とは休憩時間にまた会おうと約束して分かれ、自分の部屋へと向かった。


「201号室……ここかな?」


 ナンバープレートを確認して部屋へと入る。既にルームメイトは到着していたようで、ドアを開けると綺麗な青い瞳と視線が合った。


「あ、えっと……201号室のルームメイトさんですよね!モナミ・サンフィールドといいます、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします。私はココ。ココ・グリーン」

「え」


 ココ・グリーン。その名前にはとても聞き覚えがあった。


「グリーンさんってもしかして『Windy』の」

「……知ってるんだ?」

「は、はい!私、『Windy』の……特にグリーンさんのファンで!ここにいるってことは、グリーンさんオーディションに!?」

「え、ええ」


 グリーンさんは私の勢いに面食らっているようだ。ひ、引かれたかな!?だって憧れの人にここで会えるなんて思わないじゃない!?


「その……私のファン、って」

「そうです!」


 食い気味に頷く。


「正確無比なパフォーマンスに緻密な魔法演出!ダンスフォーメーションもグリーンさんが考えてたんですよね!?『Windy』のパフォーマンスはグリーンさん無しでは成り立たないと思ってましたし今でも思ってて……!あ、もちろん今の『Windy』も凄いと思いますけどやっぱり私の憧れはグリーンさんっていうか!体調悪くされて引退するって聞いたときは残念だったけど心配で、でもここで会えるなんて……!生きててよかった……!」

「そ、そんなに!?」


 目を丸くしたグリーンさんは呆気に取られた顔をしていたが、徐々に笑顔になっていき、ついには声を上げて笑い始めてしまった。今度は私が呆気に取られる番だった。


「え、えっと、グリーンさん?」

「ココでいいわ」

「ええ!?」

「『Windy』のことを知っている人に会うことは覚悟してた。でも私のファンって言ってくれる子に会うなんて全く思ってなかった!」

「グリーンさ……ココさんのファンいっぱいいると思いますけど!?」

「そんなことないのよ。……私、ずっと後列だったでしょ。ダンスを正確に覚えても、魔法がどんなに使えても……派手なパフォーマンスをする前列の子には敵わない。それでもきっと上に行くんだ、私のやり方で進むんだって思って無理して身体を壊して……一度はアイドルでいることを諦めようと思った。でも諦められなかった」

「そんな、ことが」

「ええ。そんな時にスカウトでチャンスをもらえて。最後のチャンスのつもりでここにきたの。……でも、やっぱり不安で。そんな時にあなたにあんな素敵なこと言われちゃったら、ねえ?私のやってきたことって間違いじゃなかったんだって思えて嬉しくなっちゃった」

「ココさん……!」

「モナミちゃん、だったわね?一緒に頑張りましょうね。私、あなたみたいな子と一緒にパフォーマンスしてみたい」

「は、はい!」


 期せずして憧れの人に出会い、嬉しい言葉をもらってしまった。明日からのオーディション前全体練習も頑張ろうと新たに思うのだった。

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