第20話

 お父様たちはリネルドをすでに平民にしたみたいだけれど、やっぱりもう少しだけ貴族でいてもらいましょう。せっかく集めた証拠もあるし、貴族でいたほうが自分がいかに愚かだったか教えられるもの。


 開き直って今は平民だからって言い訳を聞きたくないし。言う余裕はないと思うけれど念の為、ね?



「お父様。我がチェルニ家から1歩でも出ればリネルドは"平民"ですよね?」


「なっ!」


「ああ、そうなるな」


「お父様、グラン子爵。それは少し待って頂いても? う〜ん、婚約破棄もかしら?」


「レイリーア……様。やっぱり俺のことが好きなんだな!」


「うるさいわね駄犬。そんな訳ないでしょう?」


 気持ちの悪いことを言われて思わず即答してしまったわ。


「私はこれまでに"貴族"であり、"婚約者“であったリネルドの"色々"なことの証拠をまとめましたの。正直、リネルドはグラン夫妻の前では良い子な面の厚い猫を被っていたので、おふたりには辛い思いをさせてしまうかもしれません」


「大丈夫です。親として気づかなかった責任が私たちにはあります。どうぞ、お話しください」


「夫の言う通りですわ。それに辛い思いをされたのはレイリーアさんでしょう?」


 真面目な顔で、でも穏やかに微笑みながら夫妻に言われる。やはり、おふたりのことは嫌いになれないし、これからも交流を続けたいわね。


「それでは今、辛うじて"貴族"であるリネルドの浮気の証拠諸々を見て頂いても?」


「「もちろん」」



 ちらりとリネルドの方を見る。私が証拠を持っている事が信じられないっ! って感じの表情ね。あんなに分かりやすい行動をとっていたのに、まさかバレていないなんて考えていたのかしら?


「シェイ、アレン。集めた証拠を」


「「はい、お嬢様」」


 ふたりに証拠が書かれている紙を配ってもらう。シェイとアレンには証拠集めの手伝いを一緒にしてもらったわね。証拠が増える度にふたりのリネルド嫌いは強くなっていったのよね。主人を裏切る行為をしているから当然だと思うけれど。



 ……あら早い。もう配り終えたみたいね。


「では、私からみた彼の態度がどうだったか? を私と同じ視点で考えて見て下さい」


 リネルドが私の婚約者になった日からの問題を教えてあげましょう。


「まず初めに、婚約が決まった後の話です」


 婚約は書面だけで終わりではなく、当事者同士会っておくことも大事だと両家で話し合われたみたい。自分の婚約者を自身の目で確かめることも大事だから。


 初めての対面の時の話はしたと思うのだけれど、一回も目も合わずに終わったわ。その後すぐに姿を変えたから、一度もこちらを見なかったからリネルドは私の本来の姿を知らなかったのよね。


 その後、お互いに親交を深めるためにお茶会を定期的にすることが決まったわ。


 最初のお茶会場所は我が家の庭園で。そういえば、今いる場所と同じだったわ! あの日もここでお茶をしたのよね。お父様とお母様、ミラベル様と私の伯爵家4人と子爵家夫妻とリネルドの3人で。


 当時私は4歳、リネルドは6歳だった。リネルドは10歳になってはいないけれど相手をエスコートする授業は受けているはず。


 我が国では貴族の男児は4歳から令嬢のエスコートの仕方を習うのが普通であるから。真面目なグラン夫妻が学ばせていないはずがないわ。


「お茶会を終えて、最後にリネルドとふたりで庭園を見に行くようにお父様に言われた時の話です。あの場でのリネルドの態度はいくら"幼い”からといって如何なものかと思われるものでしたわ」


 リネルドよりも私のほうが幼かったけれど!


 両家でお茶をして緊張も解けた頃だろうとお父様に我が家自慢の庭園、の一部の場所の案内をするように言われたの。当事者同士、少しでも早く仲が良くなるようにって親心から言ってくれたのよね。


「確かに言ったな。少しでもお互いのことが知れればと思ってな」


「ええ、覚えていますわ。これから長く過ごしていくことになりますし、その日少しでも仲良くなれればと」


「そんなこともありましたわね?」


 お父様が顎をさすりながら言う。お母様たちも懐かしそうだわ。今ではリネルドの無能さを知っているけれど、それは私たちが婚約をしてからしばらく経ってからのことなのよね。私が隠していたのもあるのだけれど……。


 リネルドの猫被りは上手かった。ってことかしら? 何だかそれはイラッとするわね。


「あの時確かにリネルドは私をエスコートする為に腕を組んでくれましたが、私たちの姿が見えないところに入った瞬間腕を外してエスコートを途中放棄しましたわ」


「それはっ! でも、庭園から出る時にはエスコートしてやっただろう?!」


 リネルドがうるさい。してやった? 私がさせてあげたのよ。自惚れないでほしいわ!


「確かに、庭園の中を見にいく時には私がきちんとエスコートをしなさいと言ったわ。ふたりが行った後は大人たちで話し合いをしていたから、あまりふたりの様子を見ることはなかったわね」


 そういえば、とヘルミーネ様が当時の様子を思い出す。


「こちらに戻ってくる時には行く時と同じ感じだったから、まさか途中で放棄していたなんて……」


 あの時は驚いてしまったわ。まさか婚約者で家の家格も上の私に初日であんな無礼なことができるなんて! ってね。


「最後まで放棄されたままだと思ったら、お父様たちのいる所に戻る直前に無理矢理腕を取られましたのよ。しかも、庭園の説明を聞いているのかいないのか、ずーっとそっぽを向いていましたわよ? リネルドは」


「すまない。リネルドがそっぽを向いていたことには気付いていたが、ずっとだったとは。恥ずかしがっているだけで、一時的なものだと思ってしまっていた。マナーのなっていないまま対面をさせてしまって申し訳ない」


「本当にごめんなさい」


 グラン夫妻が項垂れながら言う。悪いのはリネルドなのに……。


「リネルドはおふたりにはバレないようにすることに関しては頭を働かせていたみたいですから。……他のことはさっぱりなのに」


「何だとっ!」


「その後のことも説明させて頂きますね?」


 初めの話が終わったので、次の話を聞いてもらいましょう。成長したら性格はマシになるかなと思ったけれど、残念ながら全然そんなことはなくって感心したほどよ。普通、身体が成長したら中身も少しは成長するんじゃないかしら?




 リネルドがうるさいのはもう、無視しましょう。躾のなっていない犬だと思って。

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