第19話

 お菓子を堪能して、今はゆっくりとみんなでお茶を飲んでいる。


「ふふ、相変わらずチェルニ家のお菓子は美味しかったわ!」


 ニコニコといい笑顔でヘルミーネ様が言う。


「ああ。美味しくて手が止まらなくなったよ」


 エドモンド子爵はその言葉の通りにお菓子を食べる手が止まらなくなっていて、おかわりをしていたわ。


「本当に美味しかったわ。お菓子はもちろんのこと、それに合わせたお茶も良かったわ!」


 頬を赤く染めてマルグリットが言う。初めての我が家自慢のお菓子とそれに合わせたお茶、その両方をとても喜んでくれたみたいで良かったわ。


「うんうん。マールがとても嬉しそうで嬉しいよ! もちろん、お菓子はとても美味しかったですよ?」


 マルグリットを見つめながらハンゼットが言う。まあ、いつも通りかしら? 自分の妻が大好きだし。


 みんなが満足げなので良かったわ。家族のみんなもいい笑顔だし。美味しいものを食べると幸せな気分になるわよね?


 そう。いい気分でお茶を飲もうとしていたのに……。


「お、お前がレイリーア?」


 気分の下がる声が聞こえたわ。それにしても今更かしら? この姿を見せてから結構時間が経っていると思うのだけれど?


「レイリーア”様“。でしょう? 身分を考えなさい。あなたはもう貴族でもましてや婚約者ではないのだから」


「マルグリットの言う通りだわ。本来ならこの場に一緒にいることも、お菓子をご馳走してもらうこともありえないのに……。このお茶会が終わるまでは、このチェルニ家から出るまではいてもいいと慈悲をもらっているのよ?」


 マルグリットとヘルミーネ様が冷たく言い、その旦那たちはうんうんと頷いている。リネルドのことをどうでもいい存在として気にもしていなくて気付かなかったけれど、お菓子を食べたのね? 我が家自慢の。え? おかわりもしていた? なんて図々しいこと!


 お父様たち、リネルドに慈悲をあげていたのね。と、思ったけれどあれよね? 甘くて美味しいお菓子を与えて喜ばせておいて、ここから出た後の落差を思い知れっていう……。


 ちらりと家族たちをみてみると……あら、いい笑顔! 少しだけ悪そうな顔をしているわね。最年少であるルルも一緒に。


 平民になったら苦労するでしょうし、これくらいはね。我が家自慢のお菓子を食べられなくなることを後悔すればいいわ。


 当のリネルドはというと、


「嘘だろ?! あの話は悪い冗談だろう! それよりもどうしてレイリーアの姿がこんなに違うのに、みんな平然としているんだよ! おかしいだろ!」


「「おかしいのはお前の頭だ(よ)」」


「何だと?!」


 うるさく喚いているわね。っていうか、喚きながらチラチラこっちを見ないでほしいのだけれど。


「だけん。お姉様をみないでちょうだい。うっとうしいですわ」


 チラチラしつこいリネルドの視線をどうしようかと思っていたら、可愛い妹からのぶっとい釘が飛んできた。駄犬……。


「くそっ! 礼儀のなっていない餓鬼が!」


「「礼儀がなっていないのはお前だ(です)!!」」


「ですってよ?」


 ふふん♪ と、勝ち誇った顔をするルルも可愛いわね。それよりも……。


「リネルド。私の可愛い妹、フルールのことを餓鬼って言ったかしら? よくもまあ、そんな口が聞けるわね? 彼女も立派なこの家の伯爵令嬢ですのに」


 可愛い妹の暴言は許せないわ。餓鬼というのはリネルドみたいな者のことでしょう?


「よ、呼び捨て……? レイリーアが?」


 そういえば婚約中は様付けで呼んでやっていたわね。今はもう付ける気はないけれど。


「身分がハッキリ違いますもの。あなたは平民で私は貴族。ほら、違うでしょう?」


「俺も貴族の一員だ!」


「「ここから出れば平民になる(わ)」」


 先ほどからみんなの声が揃っているわね。凄いわ。


「その冗談は後だ! 俺を虐めて楽しいのか?! それよりもどうして姿が違うんだよ? レイリーア!……様は」


 呼び捨てで呼ぼうとしてみんなに睨まれて、一応様を付けたわね。嫌々と。自分が平民になったのがいまだに信じられないみたいだけれど、事実に直面すればいい加減現実だと理解するでしょう。


「姿が違うと言われましても……。こちらが私本来の姿ですわ」


「ええ。赤髪の時も可愛かったけれど、こちらは更に透明な感じの綺麗さが際立っていますね」


「ありがとうございます。ヘルミーネ様!」


 信じられないって顔をリネルドがしている。信じられなくても事実ですのに。


「その姿なら……可愛がってやったのに……」


 あら嫌だ。寒気のする言葉がぼそっと聞こえたような?


「本来の姿を偽って俺を騙していたのかっ?」


「騙すなんて人聞きの悪い。これは婚約をする上での大事な試験だったのですよ?」


 お母様が扇子を広げて口元を隠しながら言う。見えているいつもは穏やかな青い目が今は鋭い氷のようだわ。


「試験?」


「そうよ? 頼みこまれた婚約で我が家にはメリットのないもの。けれど夫妻のどうしてもっていう頼みだから条件付きで許可を出したのよ。それよりも……」


 こちらも美しい銀色の目をよく切れる刃のように鋭くさせて、ミラベル様が言う。


「それよりも、婚約を決める当日にはリアさんも本来の姿でいたはずよ? まさか覚えていないのかしら?」


 あら?


「覚えているはずがありませんわ。だってリネルドですよ?」


「「……ああ」」


 みんなが納得するリネルドの無能さ。ある意味凄いわね。


「くそっ!」


 みんなに馬鹿にされて悔しそうだけれど、やっぱり覚えていないみたいね?


「婚約当日、あなたはずっと不満気にそっぽを向いていましたものね。目線が合うことがなかったのを覚えています」


 1回でも目線を私にやっていたら驚くこともなかったでしょうに。


「わざわざ姿を変えていたのは何故だ? その姿なら婚約破棄はどうしようか考えたぞ?」


「条件付きで許可を出したとお母様が言ったでしょう。もう忘れたの? それに、あなたが良くても私は婚約なんてしたくもなかったわ!」


 あなたとのね! 婚約破棄になって本当に良かったわ。本当に!


「何だって! 俺との婚約だぞ? どこに不満があるんだ!」


「その性格含めて全てよ。品性のかけらもない。もう平民だから仕方のないことかしら?」


 平民全てが品がないとは全く思わないけれど。元貴族なのにあまりマナーのなっていないリネルドにはお似合いの身分じゃないかしら? 貴族よりも規則がゆるいはずですし。


 会話をするのも面倒くさいわね。今思えばよくこんな奴の婚約者をしていたわね、私。






 そろそろ準備していたものの出番かしら?

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