第10話
――リネルドの母、ヘルミーネ視点――
「いらっしゃい。しばらくぶりね、変わりはなくて?」
チェルニ家と私たちグラン家の間で行われるお茶会。場所はどちらかの家で行われ、今回はチェルニ家で行われます。早速、開催場所であるチェルニ家に着くと、側室のミラベル様がいつものように気さくに声をかけて下さいました。
彼女は青髪のキリリとした雰囲気の美女ですが、さっぱりとした性格でとても話しやすく、社交界でも注目される方ですわ。
「ご招待ありがとう。相変わらずですよ」
「ご招待ありがとうございます。ええ、変わりありませんわ」
夫のエドモンドと共に答えます。変わりはなかったけれど、今日のお茶会で変わることになるでしょう……。これまでずっとこちらの一方的なわがままを聞いてくださっていたチェルニ家の方々には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
本当に、どうして……。
「初めまして。ご招待いただき、ありがとうございます。グラン家の分家である、グリンゼ家のハンゼットと申します。そしてこちらが……」
「初めまして。ハンゼットの妻のマルグリットです。お茶会に招待していただき、ありがとうございます」
今回のお茶会では、彼らを名指しで連れて来るようにお茶会の招待状に記されていました。私たちの耳に入ってくる情報でも、彼らがこのお茶会という名の話し合いに必要なのは察することができました。
グラン家の分家であるグリンゼ家のハンゼットはグリンゼ家の三男で、非常に優秀であり、妻であるマルグリットとの夫婦仲も大変良好で分家の中でも評判の高い人物です。
沈んだ気持ちでミラベル様との挨拶を済ませた後(息子はあっさりと済ませていたわ)、会場であるチェルニ家自慢の庭園に向かう途中の廊下で、ミラベル様の娘であるフルールちゃんに会いました。
「ごきげんよう。グランふさい、グリンゼふさい」
幼いながらも見事なカーテシーです。私が同い年の頃には、こんなに完璧なカーテシーはできなかったわ……。さらに、言葉もハッキリとしていて、流石に王家も目をかけるチェルニ伯爵家の幼くとも御息女ということかしら?
私が感心していると、息子であるリネルドの不適切な声が聞こえてきました。
「おい、餓鬼。俺には挨拶はないのか?」
「リネルドっ! 口の利き方には気を付けろっ!」
夫が即座に叱ります。……ありえない息子の暴言。確かに1人息子で可愛がってきた記憶はありますが、教育を甘くしてきたわけではありません。どうしてこんな風になってしまったのでしょうか?
あまりの恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな時、幼いながらも凛とした声が聞こえてきました。
「くちをつつしみなさい、だけん。わがチェルニ家はあなたよりもうえのかかくです」
フルールちゃんが厳しい目でリネルドを見ながらはっきりと言います。全くその通りで、我が家の家格は子爵家で伯爵家であるチェルニ家よりも下位です。
「なっ何だと! 駄犬とはこの俺に言っているのか?!」
子供相手に怒鳴るなんて恥ずかしい。私たちはどこで教育を間違えてしまったの?
思わず目の前が真っ暗になり、ふらついてしまったら、主人とグリンゼ家の夫婦が支えてくれました。マルグリットは優しく手を握ってくれて、安心させるように手を撫でてくれます。
優しい3人にお礼を言って息子たちの様子を見てみると、フルールちゃんと息子の会話はまだ続いているみたいでした。
「わたくしのだいすきなお姉様のことをけなすものは、だけんでじゅうぶんです」
「はあ? ここの家の教育はなっていないな。年上を尊重することを知らないとは」
「たとえわたくしがおさなくとも、このいえのいちいんであるりっぱなはくしゃくれいじょうです。みぶんをわきまえたらどうかしら?」
凄い……! あんなに小さいのにリネルドと言い合えるなんて! 自分の家についても良く知っているようだわ。
リネルドもチェルニ家に育てられたなら、ああはならなかった……? いいえ、あの子は私たちの子。もしもを考えていないで、これからのことを考えなければいけないわ。
「ルル、言い争っていないで貴方の大好きなお姉様を迎えに行ったら? 準備がちょうど終わっている時間だと思うわ」
「そうでした! それでは、わたくしはこれで」
ミラベル様がフルールちゃんに声をかけると、彼女はすぐに息子との会話を切り上げてまた綺麗なカーテシーをして行ってしまいました。
おそらく、フルールちゃんはミラベル様が言っていた通り、お姉様であるレイリーアさんのところに向かったのでしょう。私の義理の娘になるはずだった子の元へ……。
「俺たちが来るのに、まだ支度を終えていないのか? ミラベル様、子供たちを甘やかしすぎでは?」
「リネルドっ! 何を言っているの!?」
何様のつもりか、呆れたように発言する息子にはもう、我慢なりません。これ以上居るだけで場を乱す息子を連れてはいけません。そう思い家で今直ぐにでも謹慎させようと、息子にキツく言おうとすれば、どうやら同じ考えだろう夫と目が合いました。
「「リネルド……っ!」」
「大丈夫ですわ、グラン夫妻。束の間でも休息は必要だろうとリアさんが……」
夫と共に厳しく叱ろうとしていましたが、ミラベル様にそう制止されました。やはりリネルドは……。
「レイリーアが何ですか? 相変わらず見た目は派手でも、中身は地味なのには変わりはないんだから、さっさと支度を終わらせればいいんですよ。せっかく俺がきているのに支度を終えていないで、挨拶にも来ないとは……。仮にも俺の婚約者としてどう思います? ミラベル様」
「ごめんなさいね、この後の用事のために手を抜けない支度をしているのよ。仮にも婚約者としてどうかは、そのままそっくりお返しするわ」
どこまでも家に泥を塗る息子に、ミラベル様が冷ややかに答えます。お持ちになっている扇子に力が入っているのが見えました。相当な怒りを我慢して下さっているのが分かります。すると、今まで口をはさまないでこれまでのやり取りを見ていたハンゼットたちが口を開きました。
「見るに耐えないぞ、リネルド。」
「そうね。いい加減、聞き苦しいわ」
ハンゼットとマルグリットの夫婦も冷ややかに、あり得ないものを見ているように息子を見ます。リネルドを除く全員が同じ表情をしていることでしょう。
「なっ! 分家の者の分際で生意気な!? 教育もなっていないメイドを連れてくるとは!」
「マルグリットは俺の妻だ! それすら知らないとは本当に呆れるな」
「服装を見ても気付かなかったかしら? 揃いになっている服を着ているのに。メイドがわざわざメイド服ではなくこの服を着るとでも?」
「後、お前は子爵家の分際で生意気だな。チェルニ家の人たちに」
「どうして今回のお茶会があるのかさえも、分かっていないのではなくて?」
そうです。おそらく今回のお茶会は、私たちグラン家が緊急の話し合いをしたいと使者を送ったからでしょう。急なことであっても、いつも通り丁寧に招待状を送ってくださりました。
招待ではなく、我々を命じて呼びつけることもできた家柄ですのに……。
「急に招待状が届いたから来てやったんだ。父さんと母さんにも言われたしな」
「あら、それは悪いことをしたわね。わたくしたちもグラン夫妻を招待するのは構わないけれど、正直言って貴方を招待したかった訳ではありません。グリンゼ夫妻は強制的に来てもらっちゃって、ごめんなさいね?」
「「大丈夫です。入ってくる情報で察しましたから」」
……もう、ダメなことはお茶会が始まる前に分かりました。どうしようもありません。夫と共に深くため息をついてしまいます。自分たちの息子がここまで酷かったなんて!
「いつもの両家である茶会だろ? 急な招待だったが、俺からもちょうど話があったし……」
「急なのは私たちが緊急の話し合いを望んだからだ。急な中、わざわざ招待状を作り、いつも通り招待してくださったチェルニ家には感謝しかありません。重ね重ね愚息が申し訳ない。ミラベル夫人」
「リアさんから話は聞いています。あの子はグラン夫妻のことは大切に思っているので、これからもレイリーアさんのことをよろしくお願いしますね」
無理やり婚約を申し込んだにもかかわらず、やはりレイリーアさんは優しいのね。
「「はいっ!」」
恨まれてもおかしくないのに、大切に思われている……っ! あらやだ、何だか視界がぼやけてきたわ。夫のエドモンドの目も潤んだように見えます。
近くに控えていたチェルニ家のメイドが、そっとハンカチを私たちに差し出してくれました。使用人の方までやっぱり優秀すぎるわ!
お茶会が始まる前に、既にわたくしたち夫婦はどのような気持ちでいるべきなのでしょうか? とりあえず息子……いえ、アレにはしばらく黙っていてもらいましょう。
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