帝国の残党は殺す。絶対に。一人残らず
モンスターを使役するのはカルホハン帝国の生き残りだった。
ダエトンの指示を受け、生き残りのならず者たちはモンスターを誑かし、国を襲う。
生き残りがねぐらとするアジトは、かつての栄光を虚構にしてしまうほどに質素なものとなっていた。
寝床となるのは大きな布を張り、木で骨組みを作った簡易的なテント。比較的小さな作りとなっており、大人が立てる高さまで大きくはない。
普段、ならず者たちは切り株を椅子にし、丸太をテーブルに作戦を立案し、野の木の実や小動物を狩って食料を集める。まさに、野営地の様相を呈していた。
しかし、国の混乱を確認できるように、高台だけはこだわりを見せていた。
地の利だけはなんとしても有利に立たなければ、ならず者たちの勝利はない。
彼らの勝利条件は真下に広がる国に争いが起こること。争いが勃発し、そこに介入することで、彼らはかつての栄光――カルホハン帝国――を取り戻すことができるのだ。
この国は防衛のほとんどをギルドに頼ってしまっているという国だった。地理的にも弱く、経済的な理由で国直下の兵士を雇う予算も、武器を用意する資金もない。
だからこそ、使い捨てが可能なギルドを国の防衛に据えてしまっている。
他の国より落としやすい理由がそこにあった。
防衛の網を張る役目だったギルドリーダーも死んだ。
綿密に作戦を練ったならず者。ダエトンの指示により、本日、国への侵攻を開始したのだった。
眼下の国から、あらゆる場所で炎が上がる。多くのモンスターがならず者の魔法によって精神を誘導され、必要のない争いを生み出してしまっている。
「ハハハッ、金がねぇんだったら国なんて止めちまえってんだ」
ならず者の一人が国の残状を見下して、言葉を吐き捨てる。
「守れる力が無きゃ、国とは言えねえよなあ」
「だったら、俺たちカルホハン帝国があの国を建て直してやろうじゃねえか」
だが、その作戦すらもダエトンの捨て駒に過ぎないことは、彼らは知らされない。
そのダエトンも殺されたことも。そして、アリアがアジトに向かってきていたのも。
「――見つけた」
いくつかのテントを発見したアリア。彼女は全速力で目的地へ駆ける。
挨拶代わりに、彼女はガントレットの手から炎を生み出し、テントへと投げつけた。
「――何!?」
テントが一瞬にして灰となる。
敵襲を感じ取ったならず者たちは各々の武器を取り、敵を迎え入れる。
その風貌を一見して、ならず者は全員が理解した。カルホハン帝国の生き残りであるアリアがやって来たのだと。
「アリアの嬢ちゃんか」
「あなたたちは――こんなところで何やってるんですか?」
聞くまでもない。……が、アリアは彼らに罪の自覚があるのかを問いただした。
それは全くの無意味だったのだが。
「あ? お前に答える必要があんのか?」
「あります。口が利く最期の機会でしょうから。後悔にまみれた辞世の句だったなら、意識が残らないように一瞬で殺そうと思ってました」
「へぇ……。じゃあ、これが答えだったら?」
ならず者の一人がアリアに向かって短剣を投げつける。
剣の切っ先がアリアの肩に突き刺さる。アリアなら簡単に避けられる程度だった。だが、彼女は敢えて避けなかった。
贖罪のため。怒りを溜め込むため。そして、カルホハン帝国の生き残りを始末するために。
剣を抜き取り、地面に投げ捨てる。アリアの覚悟が決まった。
「――もちろん、殺します。でも安心して下さい。少しずつゆっくりと殺していきますので」
「殺されるのはオメェだがなぁ!!」
ダエトンから散々忠告を受けていたこともあり、ならず者はアリアの回復力について十分な知を得ていた。だが、彼らはアリアが現れても、気力を奪われていない。
ダエトンは、アリアの弱点も同時に教えることで、彼らを鼓舞していた。
どのような傷を受けても回復するアリア。だが、その回復には限度がある。受けた傷は確実に疲労として彼女の体を蝕んでいく。そして、疲労が限界を超越し彼女が眠ってしまった時、心臓を一突きすることで息の根を止めることができる。
この弱点をアリアは知らない。彼女が認識しているのは『無理をすれば眠りこけてしまう』ということのみだ。
研究のみを邁進していたダエトンだったが、その研究体が反旗を翻した時の対策が無策だったわけではない。
残念ながらそれはダエトンが生きている間に活かされることはなかったが、弱点の共有はならず者に十分伝わっている。
だから、ならず者たちは最初から本気でアリアに死闘を挑み始めたのだった。
ある者は魔法を使い、ある者は剣技でいなし、またある者は斧を携えてアリアに襲いかかる。
あらゆる攻撃がアリアに向かって放たれる。だが、彼女はその攻撃を一つ一つしっかりと回避をした。
「クッ! ヤツの動きを予測して戦え!」
ならず者の中でも司令塔は存在する。
それは仲間の行動を指示し、成功へと近づけるために必要不可欠な存在だ。
その司令塔の命令に従って、一人がアリアに接近する。両手で剣を持ち、彼女に向かって振り下ろされる。
「――甘いです」
アリアは右手で刃を掴み、いとも簡単に破壊する。
ガントレットに拘束されている右手だからこそできる芸当とも言える。
バラバラに砕け散った刃に恐れおののきながら、後ずさろうとするならず者。
それをアリアは見逃さない。
彼女は刃を破壊した右手で、今度はならず者の顔を掴んだのだ。それと同時に――
「ぎゃあああ!!」
顔を掴まれたならず者の一人。彼は喉の底から声を震わせ、自身の痛みを大空へと訴える。
アリアは彼の顔を焼いていたのだ。それだけでない。ガントレットに残った刃の欠片が、男の顔へと食い込んでいく。
焼けただれる男の顔。黒焦げた顔に突き刺さる破片。それは見るも無残な形相へと成り果ててしまい、男を視界に捉えた者に精神的な衝撃を与える。
痛い、痛いと泣き叫ぶ男。
だが、アリアは何の感情も抱かない表情で男を見下すことしかしない。
「――だから何なんです? あなたに殺された人たちは……もっと痛かったかもしれないんですよ?」
「ふ……ふざけんな!! お前だって、人間の一人や二人……いや、それ以上に殺してんだろうが!! そこに何の違いが――」
男の腹に丸い穴が作られる。無表情のアリアが開けた。
「そうです。私は人殺しです。でも、お前たちのように……カルホハン帝国のように、無意味に虐げることはしない……!!」
「バケモンが……!」
暫く、アリアとならず者の戦いが繰り広げる。
戦闘はアリアの一方的な攻めとなった。襲いかかるならず者は、一人、また一人と倒れていく。
その間にも、アリアは無表情で敵を討っていた。恐れおののき、謝罪して許しを請う者にも容赦なく、彼女は自分の力を行使する。
今までにカルホハン帝国によって苦しめられてきた人々の代行者とでも言うように、彼女は無意識に体を動かし、そして目に入る動くモノを全て蹂躙する。
アリアの弱点を知っていても、彼女を上回る攻撃がなければ意味がない。
ダエトンはそこを教えず、ならず者たちをノセていた。それは結果的に、ならず者たちの惨殺死体が羅列する結果となってしまった。
この場で空気を取り込んでいる者。残っている者はアリアだけだった。
滴る血。アリアは胸の内から胃液が込み上げる感覚を味わう。
これは全てカルホハン帝国の残党による汚れた血なのだ。
先程までは敵を見つめていたにも関わらず、今は上の空のならず者。空虚な感情がアリアの中に渦巻く。
『説得』という二文字は、彼女の中ではすでに『無駄』という文字に変換されている。
帝国が崩壊してから幾年、ただ一人で戦っていたアリアは何度もカルホハン帝国の残党を目撃していた。
帝国の規模が大きく、残党はあちこちに散らばり、いつの日か帝国が再興する機会を伺っているのだ。
最初、彼女は説得を行っていた。丁寧に今の現状を訴え、他人を不幸にしないでほしいと。同意してもらうために自分もカルホハン帝国の人間だと伝えながら。
しかし、残党の回答は常に同じだった。武器を手に取り、邪魔な意見を排除する。
アリアは残党に何度も殺されかけ、その度に惨めに逃げ、自分の無力さを呪い、そして力を得るために戦った。だが、彼女は戦いが苦手だった。才能がないと諦めていた。自信を持てなかった。
それでも、呪いを受けた日から彼女は戦い続けた。
息絶えた屍の山。
アリアがこの光景を目にして最初にすること。それは復讐に取り憑かれた自分の愚かさを嘆くことだった。
だが、アリアがいくら己が愚行を憂いても、残党は復国を目指す。
彼女自身さえも、今の方法が正しいという保証は捨てている。それでもアリアは、カルホハン帝国という最悪の国を復活させないために戦っていたのだった。
この戦いを、アリアは自身の呪いを解く方法を探すのと同じくらい重要だと考えている。
――今の自分はどんな顔をしているだろうか。
ケアドがアリアのために必死になって動いてくれていた事実。
そんな彼が、今のアリアを見てどう思うのか。
アリアは彼が幻滅するかもしれないと想像していた。汚れた血に自らを堕とし、その行いに嘆くという矛盾。
今までカルホハン帝国の残党を殺した時に、胸を締め付けられるような感情を抱いたことはなかった。アリアのこの感情は、決して残党への追悼の意ではない。
大切な人が遠ざかってしまうことに対する沈痛だった。
――こんな自分を先に見てしまえば……きっとケアドだって……。
彼はまだ、自分の本性を知らないだけだ。知ってしまえば離れてしまう。
ソニルのことが心配で彼に任せたいという気持ちも、彼女にはあった。
しかし、アリアが一番恐れていたのは、同行したケアドが自分の行動を否定し、離れていくことだった。
帰り道に川があったはず。それを思い出したアリアは、せめて顔だけは綺麗な状態にしておこうと決めた。
だが、その前にやらなくてはならないことを、アリアは実行する。
生き残りがいないかを再度確認するため、周辺に意識を向けたアリア。
穏やかな風の音、ささやきのような鳥の声。そして、むせ返るような鉄の匂い。
地面や木々は赤く彩られているが、その塗料は次第に茶へと変化している。
このような場所で、生き残りがいるわけがなかった。
眼下に広がる国。ケアドとソニルがいる国から立ち上る煙。
アリアには、その煙が次第に少なくなっているように見えた。
それは、モンスターが自分の意思を取り戻したということ。争う必要が無くなったことを意味する。
いくらカルホハン帝国の残党が多いとは言え、師団を率いて戦争を仕掛けるほどの戦力はない。
だから、こうしてモンスターを操り、戦力を減らしたところで一気に制圧する。電撃作戦をするしかなかった。
それをアリアが止めた。モンスターを操っていた存在は、アリアの目の前で意識無く横たわっている。
国の被害はある。しかし、ギルドリーダーを失い防衛力が下がった国ということを鑑みれば、十分なほどの成果だった。
恐らく、この国はまたギルドを頼る。そうなれば新たなギルドリーダーが選出される。そのリーダーは再び国の防衛を強固なものにするのだろう。
その時は、カルホハン帝国の残党を寄せ付けないほどの力であればいい。
そうなることを、アリアは願った。
せめての罪滅ぼしが出来たと、アリアは国に対してホッとした感情を抱いた。
ギルドリーダーがガントレットの力を宿してしまったのは、自分の責任でもあると考えていた。いや、元々この国を残党が狙っていたのだとしたら、ギルドリーダーが罠に掛かってしまうのも時間の問題だっただろう。
だが、その時間を短縮してしまったのは、アリアの責任だったかもしれない。
彼女が彼を煽り、正常な判断が出来なくなった彼。
彼はダエトンが見せた闇の誘いに乗ってしまい、自滅してしまう。
「本当に……申し訳ございませんでした……」
すでに届かない謝罪を、アリアは誰に許されることも願わずに言った。
この国に長く滞在するわけにはいかない。ここに入れば、さらに迷惑をかけてしまうかもしれない。
数日中の内に、ケアドと一緒にソニルを連れて出ていった方がいいかもしれない。
――ケアドが一緒に来てくれるって、誰が決めたの?
――当たり前のように彼が来るなんて、少し、都合が良すぎない?
頭を横に振って、アリアは今の言葉を打ち消す。
それは後で考えればいいことだ。それに、こんな陰気な場所で考えてしまえば、良くないことばかり頭に浮かんでしまう。
「もう、ここにいる必要はないようですね……」
独り言をつぶやきながら、アリアは踵を返す。
そして、この場から静かに立ち去るのだった。
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