ダエトンの最期
「ほう……属性の力を微量に発揮したわけですな」
槍を引き抜くダエトン。
引き抜かれたソニルの腹部からは少なくない血液が吹き出てくる。
体内の圧に変更があった影響で、ソニルの喉から血がこみ上げてくる。
一度は飲み込もうとしたソニルだったが、逆流してくる血はソニルの口から吹き出してしまう。
槍にはソニルの生々しい血が滴り、地面に雫を垂らす。
ソニルは地面に膝をつきながらも、ダエトンへの視線をそらさない。
彼女は、自分の意思を憎きダエトンへと伝えた。
「……アリアは私の親友……あなたなんかに……殺させない……!」
「なら、死ぬのはお前というわけですな」
「――アグッ!?」
ソニルの言葉を戯言と判断し、ダエトンはすぐに彼女の右肩に槍を突き刺す。
「ダメ、ソニル! 止めて!! 私が……私が犠牲になればいいんです! そうすればソニルもケアドも――」
そこまで言葉にして、アリアは止める。
ソニルはただ犠牲になるつもりはなかった。
右肩を刺されても、彼女はその腕を動かし、手のひらをダエトンへと向ける。
彼女の右手はガントレットにて拘束されている。無骨で温かみのない鉄の塊に右手が包まれている。しかし、ソニルの意思にはアリアへの想いは存在している。
もちろんダエトンは、ソニルがこれから何をするのかを予測できる。
しかし、魔法に関して様々な知識を持つダエトンであっても、拘束魔法と槍を召喚しながら、並行して防御魔法を生成することは不可能だった。
いや、もう少し若ければ可能だったかもしれない。が、ダエトンはすでに老人である。魔法に成通していても、若人のような柔軟性は失われている。
だから、彼は拘束魔法の方を解除した。まだケアドを拘束していたが、数日前の実力差がダエトンの油断を招いた。
拘束が解かれた瞬間、ケアドが取る行動は一つだった。
「――やらせるかっ!」
ケアドはダエトンの背後に迫り、彼に抱きついた。
羽交い締めにすることで、ダエトンの行動を制限し、自由を奪う。
ソニルが真っ先にアリアの助けに行ったことで、ケアドは彼女よりも冷静に次の行動を考えることができた。
その結果が、アリアを守ることではなく、元凶であるダエトンへ彼の考えが向いたのが功を奏した。
「今だアリア! ダエトンを……!!」
ソニルは槍で右肩を貫かれている。
さらに、重症を負っていて満足に動くこともできない。唯一、ダエトンの槍を掴み、彼の反撃を防ぐことぐらいしかできない。
この場でダエトンにトドメを刺せるのは、紛れもないアリアだけだった。
ケアドはこの状況をすぐに把握し、ダエトンに引導を渡すためにアリアに叫ぶ。
「ソニルも俺も諦めちゃいない! だからキミも……!!」
ケアドの一言が最後のひと押しとなった。
アリアはダエトンの命を仕留めるため、キッとダエトンの方向を睨む。
そして、その場で跳躍し、ソニルを飛び越えた。
その間に、アリアはガントレットが装着されている右手に力を込める。
熱くなる右手。熱を持ち、炎が舞い上がる。その炎は勢いを増してうねりを上げる。
「ダエトン! これで……終わりです!!」
アリアは、右手を握りしめて、その膨大な熱を右手の一点に圧縮していく。
強力なエネルギーがアリアの右拳に集まる。
ダエトンは三人が協力して一気に襲いかかってきたことで、優先順位付けが遅れてしまった。
アリアに対処するためには、槍を掴んで離さないソニルが邪魔。
ソニルに対処するためには、羽交い締めにしているケアドが邪魔。
ケアドに対処するためには、襲いかかってくるアリアが邪魔。
偶然であろうが、三人がそれぞれを補い合っている状況で、ダエトンは誰を狙うべきかの思考を巡らしてしまっていた。
例えば、これが歴戦の兵士であれば、判断も早く対処も可能だったであろう。
しかし、ダエトンは戦う力があっても、所詮は研究者である。経験値自体は、やはりケアドやアリアの方が勝っていた。
「ハァァァァ!!」
空から落ちてくるアリアが、ダエトンに向かって右腕を突き出す。
ダエトンに迫ってくるアリアの拳。
ケアドはアリアの様子を見計らって、丁度いいタイミングでダエトンから離れる。
一瞬、バランスを失ったダエトンはよろめいた。しかし、彼は自由となる。
そうなれば、彼が取る行動は一つ。目の前に魔法で作成した透明な壁を用意することだった。
アリアの拳が魔法の壁に触れたと同時に、彼女は右拳に集めた炎の力を開放した。
その瞬間、アリアの右拳が爆発を起こす。それは、圧縮した炎が一瞬にして膨張したことによる、大爆発だった。
通常のパンチでは威力が低い。しかし、このような力を使うことで、何倍にも強化することができる。
「グァァァァァァ!!」
ダエトンの悲鳴が響き渡る。赤黒い爆発に巻き込まれたダエトン。
黒煙が周囲を巻き込むが、その状況はすぐに判明した。
「ハァ……ハァ……」
腕を突き出したままのアリア。
彼女はダエトンの様子を見て、ニヤリと笑った。
ダエトンが魔法で生成した壁はいとも簡単に破壊され、アリアの拳はダエトンの腹部へと到達。
彼の胸部から腹部にかけて、巨大な穴が作られていた。
穴の側面は黒く焦げ付いており、見えている生の肉は全てアリアによって灰にさせられていた。
「グ……ま、まさか……これほどとは……思いませんでしたなぁ……!」
「これがあなたの研究成果です。それに溺れて自滅なんて、クズなダエトンらしい最期です」
「フ……フフフ……!」
ヒューヒューと息を吸う音すら頼りないものとなっているダエトン。
彼はすでに自分の死期を悟っている。
だが、それでも彼は前々より準備していた魔法陣を召喚させていた。
それは、本来の計画で使用する『転移用』の魔法陣だった。
「計画が……台無しになってしまいましたなぁ……! 悔しい限りですな……!」
「逃げようとも、もうあなたは助かることはありません」
「その……様ですな」
しかし、ダエトンはふらふらと魔法陣まで下がる。
その彼から、一枚の紙が落とされる。はらはらと地面に舞い落ちた紙は、四つ折りにされた薄汚い紙だった。
「その紙には……面白いことが書かれていますな」
「何だと?」
ケアドがその紙を拾い上げ、バッと紙を開く。
それと同時だった。周囲に響いてきた叫び声が波状して、三人の耳に入ってきたのは。
周囲の状況。そして、紙に書かれていた内容を見て、ケアドは目を見開く。
「こいつ……! この国の周辺のモンスターを……!!」
「本来は……この混乱に乗じて逃げ出すつもりだったのですが……無駄に終わりましたな……ぁ……」
その言葉を最期に、ダエトンは地面に仰向けに倒れて息絶えた。
魔法陣へは、後少しという位置だった。彼の右手首と魔法陣が触れ合い、魔法陣は発動する。
しかし、魔法陣に触れた右手さえも転移を許されず、結局、ダエトンの体は生を停止し、二度と動くことはなかった。
ケアドは、すぐにアリアに近づき、ダエトンが落とした紙を渡す。
「アリア! これを……!」
「やはり、この近くのモンスターは、ダエトンによって……!」
ケアドから渡された紙を読んだアリア。
この国で仕留めたゴブリンの動機がやはり疑問だったアリアの中で、合点がいった。
ダエトンがモンスターさえもそそのかし、国の乗っ取りを画策していたのだ。それに邪魔だったギルドリーダーを実験と始末という一石二鳥を得て、襲撃しやすいように準備を進めていったのだった。
いや、ダエトンだけではない。カルホハン帝国の残党とも言える存在がダエトンの指示によってモンスターを使役していたのだ。
カルホハン帝国の強力な武器は個々の兵士だけではない。モンスターと会話するための言語も習得していることだった。
他の国を侵略する際、周辺のモンスターを使うことで侵略を容易なものにする。
モンスターの言葉は、カルホハン帝国内の公用語の第二言語であった。
そして、意思の弱いモンスターを操る魔法もカルホハン帝国では習得を推奨していた。並の兵士であれば、誰でも使用できる。そのくらい、カルホハン帝国はモンスターを戦略的に評価していた。
「――っ!!」
アリアは紙を右手で燃やし、拳を震わせる。
――やはり、カルホハン帝国は人とモンスターの暮らしを破壊する悪魔だ。奴らは殺すしかない。
紙にはカルホハン帝国の残党がアジトにしている場所も記載されていた。
「……ケアドはソニルを頼みます」
「行くんだな?」
「もちろんです。カルホハン帝国の……再興を目指そうとする残党は……全て滅ぼさなければならないですから……」
「……分かった。気をつけてな」
ケアドはアリアの肩を軽く叩き、それからソニルへと駆け寄る。
ダエトンが事前に語っていたように、ソニルは属性の力を持っているにも関わらず、傷が癒えることはない。
どくどくと脈打ちながら流出していく血液をなんとかして止めようと、ケアドはハーピー戦で使用したシーツを切り取って簡易的な包帯を作る。
「アリア……」
意識が朦朧とするソニル。彼女は薄れゆく意識の中、それでも自分の意思に抵抗しながら目を開けて、アリアを見ていた。
目覚めた直後、一気に流し込まれた自分であって自分ではない記憶。
その記憶に飲み込まれそうになってしまっても、今の自分は正気を保っている。
何より、ソニルは生きようとした。ダエトンに捕まった時、彼女はアリアの手を掴もうとしていた。自分の生きる意思だった。
そして、アリアのことを想えば、ソニルとしての自我を保つことも簡単だった。
――だが、自分は人殺しだ。
記憶は依然として、ソニルを縛る。
アリアはただ優しい笑顔を浮かべてソニルの頭を撫でる。
「ソニル。後でいっぱいお話しましょう。今までのことは……あんまり楽しい記憶はないですけど、これからのこと、きっと楽しいことが待ってるはずですから」
楽しい記憶。ふと、ソニルはアリアに伝え忘れていたことを思い出した。
「アリア……。いつも持ってきてくれたパン。すごく美味しかったよ」
涙が伝う。
微笑み合い、頷きあう。
十数年越しの答えが、ようやく分かった瞬間だった。
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