呪いの開示
ハッと起き上がるアリア。あんな場所で気を失ってしまうことは、彼女にしては珍しいことであった。
本来であれば、モンスターが蔓延るあのような地で眠ってしまうのは、自殺行為にも程がある。
しかし、彼女はそれだけの力を行使しなければ、ギルドリーダーの魂を救うことはできなかった。
逃げることは簡単だった。しかし、それでは近隣の諸国に迷惑をかけることとなる。基本的に、あの呪いに侵されたものを救うのは、同じ呪いを持つものだけだった。
生きてきた中で、アリアは呪いに侵された人間をいくつも見てきた。それはギルドの依頼で発見した時もあれば、道端でばったり出会うこともあった。そして、ある村では伝説の化け物として恐れられていたこともある。
周りを見渡し、ここがどこかを把握するアリア。目の前にあるのは、焚き火だった。焚き火は優しさを持った暖かさを彼女の体に提供している。
そこで初めて、彼女は今が夜だということを理解する。そして、外で眠ってしまっていたのだと自覚した。
「……起きたか?」
声の主の方向へ頭を向けるアリア。そこにはケアドがホッとしたような表情を浮かべて立っていた。
焼べるための薪を両脇に抱えているケアドは、アリアの隣に座り込んで持っていた薪を地面に置いた。
「結構な時間、寝てたんだぞ」
「……分かります。今、夜ですから。あの、ケアド」
「何だ?」
「何故外にいるのですか? 宿に泊まっても良かったのでは……」
「ギルドだ」
ケアドは薪を数本、焚き火に焼べる。
パチパチと薪が燃える音を聞きながら、ケアドはアリアが寝ていた時の話を始めた。
「君が寝た後、俺はギルドへと戻ったんだ」
「ドラゴン退治の依頼を完遂させるため、ですか?」
「ドラゴンはあのギルドリーダーが殺したって言ってたよな?」
アリアは黙って頷く。
一応の認識は合っている確認ができたケアドは話を続ける。
「それが本当か調査しても良かったんだが、アリアが倒れている中でそれはマズいと思ったのさ。だから、認められるかは分からないが、君が起きるまでは依頼を中断してもらおうとしたんだよ」
「そうだったんですか……ご迷惑おかけしました」
謝るアリアに、ケアドは首を横に振る。
きょとんとする彼女に、ケアドはさらなる続きを話す。
「だが、依頼は中断どころか中止させられた」
「え!? 何でです?」
「あの依頼、ギルドリーダーが作ったある意味でのまがい物だったらしい。俺たち……いや、アリアを嵌めるために作られた偽りの依頼。もしかしたら、最初からドラゴンはいなかったのかもしれない」
「そんな……じゃあお金は……?」
落胆するアリア。
炎の光の揺らめきで彼女の憂いた表情が見え隠れするのも悪くないと思いつつ、ケアドは懐から袋を取り出した。
その袋からは、小さな銅特有の軽くも金属的な音を奏でている。枚数が多いのか、少し揺らすだけでもその音を聞くことができる。
「……ギルドの受付がくれたよ。さすがに依頼料全額とはいかなかったけどな」
「でも、受付さんは妙に冷たかったような……」
「それも、俺たちの勘違いだったみたいだな。本当はギルドリーダーが用意した危険な依頼を受けないようにアリアに渡す依頼を斡旋してたらしい」
ケアドの真似をして、薪を焚き火に焼べるアリア。
炎の勢いが増したことに喜びながらも、依頼を受けてしまった後悔を感じていた。
「それを、私が勝手に受けてしまった……ということですか?」
「まあ、そう仕向けられたからな。しょうがない」
「でも……受付さんには悪いことを……」
「俺はこう言われたよ。今日にでもこの国を出たほうがいい。旅のためのお金は渡す。あとは彼女を守ってやれってな。態度は冷たいようだけど、意外と君のことを応援してたのかもな」
「受付さん……」
アリアは、受付のぶっきらぼうな表情を思い出す。あれは仕事に対して真剣に取り組んでいるだけであって、本心は別のところにあったのだと感じた。
本当のお礼を言わなければ。もしも、またあの国に行くことができれば……。
アリアは心の中でどんなお礼がいいか、考え始めていた。
「……じゃあ、次は君かな?」
「え?」
「聞かせてくれないか? アリアの呪いってのを」
「……そう、ですね。寝てた私を運んでくれましたし、何より……」
「ん?」
ケアドの顔をジッと見るアリア。しかし、ケアドがそれに気がついた瞬間、彼女の眼差しは焚き火へと戻っていた。
「い、いいえ! 何でもありません。えーっと、私の話、でしたよね?」
「ああ」
「……さて、どこから話せばいいのか。そうですね、まずは、私があそこまでの損傷を受けたのに無傷でいられるのは、呪いのおかげなんです」
「やはりそうだったか」
「実は首を斬られたのも、あれは本当に斬られてたんです。だけど、呪いのおかげで傷は修復してしまう。無事のように見えたのはそういうことです」
「じゃあ、無敵になったってことか?」
しかし、アリアは否定をする。
「いいえ。修復するにも疲労を伴います。それに、無限に修復してくれるのかは分からない。現に、暴走してしまったギルドリーダーさんは修復せず、その生涯を終えました」
「そうだったな……。しかし、そもそも呪いってのは何なんだ?」
「この呪いは、カルホハン帝国が生み出しました。魔力の四大元素……火・風・水・土の元素を身につけ、自由に引き出すための技術。それを帝国が秘密裏に研究していたんです」
「あの滅亡した帝国か……。そうか、滅亡したから……」
コクリと頷くアリア。
「ええ。技術は未完成のまま、国の崩壊と共に闇に葬られたはずでした」
「その呪いが何故ギルドリーダーに? それに、アリアも鉱石を嵌めたのか?」
「前、私が国の出身だって伝えたことがあると思います」
「図書館の前でな。それがどうしたんだ?」
「……私の出身はカルホハン帝国です。私は実験体にされたんです」
実験体。その言葉に、ケアドの表情はますます険しくなる。
そうか。彼女は実験体で……。
ケアドは揺らぎのない確信を抱きつつあった。
「幸い、私は暴走することなく、この力を扱えています。このガントレットを……」
ケアドはアリアの右手を見る。しかし、彼女の右手は左手と同じく普通の手だった。
ガントレットを装着された手には見えない。
だが、アリアが念じることで、ガントレットが姿を表す。
「これは『普通の手』に見せかけるカモフラージュしてるだけなんです。本来の右手は、こうして拘束具によって雁字搦めにされて……」
そこでケアドは合点がいった。
最初にギルドリーダーとアリアが言い争いになった時、ギルドリーダーはアリアを殴ろうとした。その拳をアリアは『右手』で受け止めた。女性がただ受け止めただけなのに、どうしてギルドリーダーは恐れをなしていたのか。それは本来はガントレットの手でギルドリーダーの手を握っていたからだ。
そして、手をつなごうとした時、彼女はわざわざ立ち位置を変えて左手を差し出した。彼女の生身の手は左手しかないからだ。
「これが私の呪いなんです。……この呪いを解いて、私は普通に生きたい。あの頃のように、誰にでもあるような暮らしを享受し、生涯を終えたい……」
恐らく、彼女は初めて語っただろう。自身の呪いを。そして、呪いを解くための理由を。
そんな自分がおこがましいと考えたのか、彼女はさらに憂いを見せながらも自身に対して嘲笑しながら言葉を紡いだ。
「――でもっ、こんな呪い、気味が悪いですよね。身に覚えがない人殺しの罪を押し付けられたり、ギルドリーダーさんのような新たな犠牲者が生まれてしまったり……。きっと、私も記憶をなくしてるだけでどこかで暴走して誰かを殺めて――」
「――そんなことないさ」
焚き火に自分の贖罪を告白していたアリア。だが、彼女はケアドが即否定したことに対して驚き、そして彼の方を向いた。
「俺は知ってる。君は優しい子だ。何の理由もなく人を殺すような真似はできない。絶対に。なんなら俺が保証する」
褒めすぎたのかと思ったのか、ケアドは『天然だけどな』と付け加えた。
「ケアド……」
「ギルドリーダーに『わざと』殺されたのも、もう、ギルドリーダーが長くないからだったんだろ?」
まさか、ケアドがそこまで見抜いていたとは思わず、アリアは黙って頷く。
「……そう、です。私を殺せば、あの人は満足します。結果的にあの人は死んでしまいますが、最後くらい……夢を見てもいいのかな、と……。でなければ、可愛そうじゃないですか。騙されて、鉱石を手渡されたあの人が」
アリアは左手を握りしめる。その力は強いようで、左拳は震えていた。
「カルホハン帝国の残党が、呪いを完成させようとしてます。ギルドリーダーさんはその犠牲になってしまったんです。奴らは妬み嫉みを煽り、実験体を増やしていく。完成に近づく度に、犠牲者が増えていく……」
ケアドは最初に一言謝罪を加えて、それから話を始めた。
「アリアの身に覚えのない殺人だが……実は君と出会った時、すでに俺は情報を持っていた」
「でも、ならどうして私と行動を共にしたのですか?」
「最初は利用しようと思った。利用するだけして……後は捨ててやろうと。そんな恐ろしい力を持っているなら……けど、そうはいかなくなった」
「え?」
「この子は違うと。一緒にいる時間が長くなればなるほど、そう思うようになった。確かに強力な力は持っている。けど、それ以外は普通の女の子だ。だから……俺は」
そこまで言いかけたケアドだったが、コホンと咳払いを一つして、それから話題を変える。
「その……最初疑ってた罪滅ぼしのために、君の謂れなき殺人の謎を解こうと思いたい」
「ケアド……」
「事件を起こしたのはアリアじゃないと思っている。もしかしたら、新たな犠牲者なのかもしれない。俺はその事件がどこの国で起こったのか知ってる。だから……明日からはそこを目指さないか?」
炎に揺らめくケアドの優しく慈しむ顔。
呪いを受けたあの日から、アリアはこのような表情に出会ったことはなかった。
常に一人で考え、行動し、数多くの後悔と諦めを経験してきた。
ギルドに入った頃からだろうか。男性の目が厳しくなってきたのは。それもそのはず、ギルドは男性が入るものだという認識がこの世界では根強い。
女性は家を守り、男性は金を稼ぐ。それが普通であった。
だが、彼女は家を守るだけでは自分を守ることはできなかった。それどころか、家を守るための男性すら、彼女には縁の遠い話だと思っていた。
原因はもちろん、右手のガントレット。これがある限り、自分は普通の人間としての生活は望めない。そう思っていた。
しかし、目の前のケアドは違うと、アリアの心が告げている。
ガントレットを見せても恐怖を感じる仕草もなく、自分があのカルホハン帝国の出身と言っても、反応が薄い。
彼になら、何でも話してもいいのではないか。秘密を共有しても問題ないのではないか。
アリアの心の中で、確実にケアドを意識し始めていた。
だから、彼女は即答でケアドにこう答えたのだった。
「――はい! こちらこそお願いいたします!!」
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