資金稼ぎのために

「ありがとうございましたケアドさん。おかげで、二日で終わりました」


 丁寧なお辞儀をするアリア。ケアドという協力者のおかげで、彼女の調べ物は二日で終わりを迎えた。

 彼女が一番苦労していたのは、調べ物に使った本を片付けることだった。一冊自体の重さはそれほどでもない。

 そのため、アリアは常に本棚から本を一冊ずつ持っていき、片付ける時にとてつもない労力を課すこととなっていた。

 結果的に言えば、ここにも彼女の求めている解は存在しなかった。

 しかし、彼女の支えが現れた。いつ別れるかは彼女には分かるはずもないが、それでも、アリアの中では確かにケアドの存在は大きくなってきている。


「ふー……成果はなし。徒労だったか……」


「いいえ、成果はあります」


「え?」


「この国に呪いを解く情報がない。それは立派な成果ですよ。すっきりした気持ちで次に旅立てますから」


「……まあ、そういう考え方もあるか」


 ケアドは最後の一冊を本棚に収め終わる。

 そうして、両手のホコリをはたき、アリアに向かい合う。


「それで、もうここから出るのか?」


「そうですね。ここから先だと……」


 事前に調べていたのか、アリアは脳内でこれからの道中を模索する。

 この国から別の国への距離。彼女の長年の経験から、食料や日用品。それらを購入した場合、アリアの持ち金ではいくばくか足りない。

 そうなると、彼女の答えは一つしかない。


「旅立つにはお金が足りないので、ギルドで仕事を貰おうと思います」


「そんなに足りないのか?」


「ええ。ここから先だと、数日は歩くことになりそうですから」


「へー。もう行き先が決まってんのか」


 はにかむアリア。関心をしているケアドに対して、彼女は控えめに言葉を紡いでいく。


「地図は前に立ち寄った国で記憶しましたから」


「記憶? 買えないのか?」


「地理の情報は結構高価なので……」


 なるほどと、腑に落ちるケアド。戦いの知識や生き抜くためのコツはアリアに負けていないと思っている彼だが、こういった情報となると彼女の方に一日の長があった。

 彼女を完全に信用しているわけではないが、彼は少しずつ彼女への見方が変わりつつある。

 それを良い変化ととるかどうかは、彼はまだ考えあぐねている。


「じゃ、さっさとお金を稼ぎに行くか」


「はい。一緒に稼いじゃいましょう」


 言うが早いか、二人はすぐにギルドへと向かう。


「御免下さーい」


 元気よくギルドの門を叩くアリア。

 昨日の惨状を目の当たりしている屈強な男たちは彼女を無視し、なるべく関わろうとはしなかった。

 それは受付の女性も同じで、明らかに面倒くさそうにアリアに応じている。


「はいはい。これが今日の依頼内容だよ」


「ありがとうございます」


 投げ捨てるように依頼の紙束を渡す受付。アリアはそんな彼女にも丁寧にお辞儀して、大事に紙束を受け取った。

 誰も座っていないテーブルにアリアは目をつける。

 すでに誰か予約していないか、彼女は周りを見渡して問題ないことを確認し、ここに座ることを決めた。


「ケアド、こっちのテーブルで決めませんか?」


「ああ。いいぜ」


 少しだけ周りがざわめく。

 ギルド内でアリアに近づくものがいるとは誰も思わなかったのだろう。

 誰も彼女の力を見ていない。そして、彼女に近づく目的もない。

 ケアドはその両方を持っていた。


「――おい」


 ケアドがアリアに近付こうとした時、一人の男が彼の肩を掴んだ。


「何だ?」


 振り返るケアド。そこには鉄の装甲に身をまとった筋肉質の男がいた。

 その男の前では、ケアドすらも華奢に見えてしまうことだろう。

 男はアリアを軽蔑的に流し見た後、ケアドを睨みつけた。


「あの女と関わるのは止めておけ」


「何故? 誰と関わろうと俺の勝手だろ」


「ここのギルドリーダーが大層お怒りだ。この国で稼ぎたいなら、奴とは手を切るんだな」


 ああ。昨日アリアにコテンパンにされた男のことか。

 ケアドはあの情けない姿に同情しつつも、哀れだとも思っていた。人は見た目では分からない。特にアリアは……。

 ケアドはその感覚が備わっていたからこそ、ここのギルドの人間とは一線を画していたのかもしれない。


「悪いが、この国にお世話になるのは今日までだ」


「何だと?」


「明日には出ていくさ。忠告はありがたいが、こっちにも事情ってのがあるんでね」


「……後悔しても知らんぞ」


 屈強な男はケアドに舌打ちをし、彼を自由にする。

 ケアドは特に何も思うことなく、アリアの待つテーブルへと近づいていった。

 当のアリアはケアドの心配などせずに、紙束に記載されている依頼内容を精査していた。


「どうだ? 良い依頼は見つかったか?」


「そうですねー。ちょっと簡単な依頼ばかりなので……お金を稼ぐのには向いていなくて……」


 ケアドは唸っているアリアの視線の先をチラ見する。

 それは彼が見ても数分で終わるようなモンスター退治の仕事ばかりだった。

 恐らく、彼女が求めているのは強力なモンスターを退治する、その報酬だろう。

 椅子に座り、ケアドも依頼の内容を見ていく。だが、彼が見ても明らかなほど、稼げる依頼は無かった。

 さすがの彼も違和感を覚える。これは無いのでない。こちらに割り当てられていないのだと。

 限られた内容を見ながら必死に唸っているアリアに対して、ケアドは椅子から立ち上がり、受付へと向かった。


「おい。ちょっといいか」


「……は? 何ですか?」


 明らかに面倒くさそうに顔を見上げる受付。仕事の邪魔をするなと、ケアドをにらみつけるその様は『話しかけるな』という意思の現れでもあった。


「アリアに渡した依頼。あれで本当に全部か?」


「そうですよ。それが何か?」


「この国はモンスターから狙われてるんだろう? あんな簡単な依頼だけじゃないだろ。昨日はもっと危険な依頼があったぞ」


「んなこと、あたしに言ったってしょうがないでしょ。そこにないなら、ありませんねー」


「……ギルドリーダーの仕業か?」


 その名を呼んだ瞬間、受付は目をそらした。

 色々と隙が分かりやすいなとケアドは思いながら、その話を続けていく。


「それが受付の仕事なのかよ。ギルドリーダーの鶴の一声で渡す依頼を変えてもいいのか?」


「……知らないですって。あたしはただの受付なんですから。責任を押し付けないで下さい」


 話しても埒が明かない。さすがは歴戦のならず者たちの相手をしてきた受付だと変に関心するケアド。

 これ以上受付と話すことはない。諦めて受付から離れようとする彼に、新たな話し相手が現れる。


「よう。依頼が無くて困ってんのか?」


「……何だ? お前は」


 気さくに話しかけてくるギルドの一員。ケアドは初めて話す相手だと認識している。

 そのギルドの一員は一枚の紙切れを持っていた。ケアドが見る限り、あれはギルドの依頼書と推測する。


「稼げる依頼、ここにあるぜ」


「何?」


 ケアドに手渡される依頼書。彼はすぐに内容を見る。

 国の周辺に存在しているドラゴンを一体退治。報酬もそれなり。未だにアリアが悩んでいるどの依頼よりも稼げる条件であった。

 ケアドは、もちろん警戒する。彼から見たギルドは、アリアに対して冷たい印象を感じていた。そのギルドの人間が、アリアに都合のいい依頼を渡すだろうか。

 裏があってもおかしくない。ケアドは不快感を露わにしながらギルドの一員を睨みつける。


「どうしてそいつを俺に渡す?」


「いや、困ってるだろ。困った時はお互い様だろう?」


「……何を企んでる?」


「ん? 企みなんてないさ。せいぜい、稼いでくるんだな。そして二度とここに帰ってくるな」


 ニヤニヤしていたギルドの一員は即座に冷たい表情へと変わる。

 要は、この依頼を受けてアリア共々死ねと、そう言っているのだ。

 だが、ケアドはこの依頼を達成できると確信している。昨日見たアリアの戦い。そして自分の力量から、この程度の依頼ならば問題ないと考えている。

 しかし、ここで受付が立ち上がって声を荒らげた。


「待ちな。その依頼はアリアのランクじゃ受けられないよ。それに、勝手にルールを変更すんな!」


「いいじゃねえか。どうせ俺なんかよりもよっぽど役に立つだろう? それによ、アリアが無理でも、ケアドなら受けられるんじゃねえのか? パーティを組むなら、格下でも高ランクの依頼をこなせるはずだったが……?」


 受付の意見を無視するギルドの一員。

 ケアドは態度を変化させた受付に少しの疑問を抱えたが、気にするほどではないと考える。

 とりあえず、ケアドはアリアの元に戻り、依頼の紙を見せた。


「どうだ? さっきアイツから受け取った依頼なんだが……」


「見せてもらえますか?」


 アリアは依頼書に目を通し、唸る。そして、感嘆の声を上げた。


「素晴らしい依頼じゃないですか! これならこの依頼だけで必要な分は稼げますよ!」


「じゃあ、この依頼を受けるのか?」


「もちろん! 受付さん! この依頼、ケアドと受けてもいいですよね?」


 立ち上がり、依頼書をぴらぴらとはためかせて受付に確認するアリア。

 受付は、苦い顔をしつつ黙って頷くしかできない。


「ありがとうございます! さあケアド! 早速退治に行きましょう!」


「……ああ。そうだな」


 やはり様子のおかしい受付。ケアドは疑問を持ったが、その疑問はギルドを出ても解決することはなかった。

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