一方、ギルドリーダー
「クソッ! あの女……!」
夜こそ賑やかな歓楽街。雰囲気に酔い、酒に酔い、そして自分に酔う。そうすることで、人々は昼間の辛い現実や出来事を忘れて、踊り明かす。
おおよそ不機嫌な者などいないはずのこの街で、一人、愚痴をこぼす者がいた。
それは、朝にアリアに文句を言い、逆にあしらわれたあの男だった。
彼もその事件を忘れるために、久々に歓楽街へ繰り出したが、彼の心は晴れることはない。
今までこの国を守ってきたプライド。そのプライドは女性を軽視するのに十分な考えを育んでいた。
戦いに女性は不必要。むしろ邪魔だ。この国は男が守っているのだ。
そんなプライドが今日、無残に崩れ去った。
長年の考えの指標になっていたことは、酔っても癒やされることがない。
男は働かない脳でそんなことをふと思った。それと同時に怒りも湧いてくる。
「……ああああっ! ちくしょう!!」
近くの樽を蹴り、八つ当たりをする男。
幸い、樽は空のようで、地面を転がり壁にぶつかって破壊されたが、中身は何も入っていない。
恐らく、アリアと男のみの空間であれば、ここまでイラつくことはなかっただろう。
彼のプライドが傷ついた原因。それはギルドという大多数の『仲間』が見ている場所で、あのようなことが起こったことだ。
あの後、男を中心として気まずい雰囲気が流れていた。この国の防衛を取り仕切っているリーダーでもあるから、『仲間』は彼に口答えすることは許されない。
皆、彼の機嫌を伺いながらそっと去っていく者ばかりだった。
そんなみんなの態度も許せないのが、男だった。普段は文句を言わせないよう強く圧力をかけてきていたのにも関わらず、やはり人間というものは厄介である。
そんな、辺りに殺気を振りまく男の前に、一人の老人がすっと現れた。
一体、いつ前に出てきたのか。男の判断力が鈍っていることの証明か。どちらにしても、彼の目の前に老人がいることは変わらない。
「おやおや、荒れてますねぇ」
全身フードを身にまとった老人。『いかにも』な風貌であり、昼間に話しかける人間は恐らくいない。『人間』として扱われもしないであろう。
しかし、夜の街ではどうだろう。薄い霧に包まれ、辺りは建物の明かりにぼうっと照らされて薄暗い奇妙な雰囲気を醸し出している。このような場所では、むしろこの老人が『人間』なのかもしれない。
男もギルドのリーダーたる人間。暴力を奮ってしまう前に、老人に忠告をする。
「んあ? 誰だお前は! 今の俺は機嫌が悪ぃんだ。殺されたくないなら近寄るんじゃねえ!」
老人は苦笑いをし、そして両手を大きく広げて敵意がないことをアピールした。
「いやいや、殺されたくはありませんが、あなたに会えて良かった」
「……はぁ?」
「ギルドのリーダーさん、ですよね? あなたのような素晴らしい人間とこうして出会えるのも、何かの縁ですよ。ありがたい……」
「……て、てめぇ、何の用だよ」
自分を知っており、しかも素晴らしい人間だと言う。
プライドがズタズタになっている男には、今の言葉も良薬になってしまう。
「あなたには辛い現実を思い出させるかもしれませんが……今朝、奇妙な少女が、あなたのギルドにお邪魔しておりませんでしたかな?」
「……来てたぜ。アリア、とか言った女がな」
忘れもしない。男は彼女の名前を記憶の一番上の階層に閉じ込めている。
自分に恥をかかせた人間、しかも女。生涯記憶に残り続けるだろう。
アリアの名を聞いた老人。彼はわざとらしく驚き、そして悲しみ始めた。
「なんと! やはり来ておりましたか……!! あぁ……嘆かわしい……」
「アンタ、あの女と関わりがあんのか?」
「ええ、ええ。それはもう。昔からの馴染みですよ」
またしても大げさに頷く老人。
男は回らない頭で考え始めた。この老人と仲良くなれば、もしかしたらアリアの弱みを握ることが出来るかもしれない。そして、あわよくばアリアを……。
すでに警戒心を解いた男は老人に近づいていく。
「なあ、ご老人。だったら、チョイと教えてくれねえか? あの女について」
「構いませんよ。何故なら、私はアリアを止めに来たのですから」
「止めに?」
「彼女、強かったでしょう? あなたは気概あるギルドリーダーだ。あのような雌、ギルドの建物に立ち入る資格はない。きっと、止めたのでしょう」
「……へっ。アンタ、結構見どころあるじゃねえか」
「しかし、あなたは負けてしまった」
察しの良い老人に一瞬だけ気持ちが良くなった男だが、やはり老人は男が負けたことも言い当てる。
「――チッ」
「それは当然の話です。何故なら、彼女には他人にはない特別な力が宿っているのですから」
「何だと?」
「言い換えれば……いいえ、正しい言い方をすれば、彼女はズルをしたんですな。その力でギルドに入り、ギルドと世界を荒らしている」
「特別な力……そいつは一体」
「呪いですよ」
老人はニヤッと笑う。常人が見れば、気味の悪さで体が震え上がってしまうほど、奇妙で不穏な笑顔だった。
しかし、男は不思議とそれを感じなかった。酔いで何も考えられなくなっているのか、それとも今はアリアの呪いのことが気になってそれどころではないのか。
「アリアの持つ呪い。それが彼女に強い力を与えます。しかし、彼女の心はまだ弱く、制御ができない。だから、こんな事件を起こしてしまうのですな。これは数ヶ月前の記事でして……」
老人は男に対してスッと一枚の紙切れを手渡す。
何の疑問もなく受取る男。紙切れを少ない明かりで照らしていく。それは一枚の新聞記事だった。
事件としては、夜、三人の男性が襲われ、二人は殺されてしまうが、一人は命からがら逃げ延びた、というものだった。
「これは……!?」
男が驚くのも無理はない。記事の文面に『アリア』の文字が見えたのだ。
そして、生き残った男の証言を元に、似顔絵も作成されていた。
その似顔絵を見た瞬間、男の酔いは一気に醒めていく。
大きなベレー帽を深く被っており表情は見えず、髪型は朝に見た時よりも短く、更に色がくすんでいるが、それは男にとって些細なもの。
青色の髪は間違いなくアリア本人だと男は確信した。それまでの会話で、アリアというバイアスを老人によってかけられた影響も大きい。
老人の言いしれぬ雰囲気にほだされ、老人が望む展開通りに、男が突き進んでいく。
だから、その後の老人の言葉も信じられるものとなっていた。
「これが彼女の本性なのです。あぁ……恐ろしい。そのような事件が、近隣の諸国ですでに十件も起こっているのです。彼女がここに来たとなれば、事件が起こってしまうのも時間の問題……。ですが、あなたが殺されなくて良かった。あなたのような方が死んでしまっては、ギルドの将来は暗いですからな」
男は記事を食い入るように見つめる。
殺害された二人の状態は悲惨であり、四肢を切断され、なおかつ血溜まりの池が出来上がっていたという。
「これがアリアの力、なのか……」
「これは暴走して、区別がつかなくなっていますな。本来であれば、自由にその力を使うことができる。彼女の使い方は下手くそ、なんですよ」
「クソッ! ふざけやがって……!」
「そうですなぁ。あなたは膨大な時間をかけてここまでお強くなられた。しかし、アリアは、あの雌餓鬼は力の使い方が分からないまま、その力を持て余しつつも、行使している。努力に費やした時間、技術を磨いた時間、認められるために仕事をした時間……その全てが、彼女にはないのです。その力があれば不要ですからな」
老人は男の自負心を煽っていく。それが、老人の目的なのか、それとも本心からの訴えなのか……。
男は思った。これは常人の力ではない。こんなの、どうすれば……。明日にでも、ちょっかいを出そうとうっすら考えていた男の考えは脆くも崩れ去った。
記事を握りしめる手が震える。力を込みすぎているからだろう。記事は持っている手からくしゃくしゃになっていく。
「……悔しい、でしょうな」
「――当たり前だ! こんな化け物! こんなやつを野放しにしてたら、ギルドはおかしくなっちまう!」
「そうでしょうな。そして、アリアを止めない限り、世界は終わる」
「世界が!?」
老人は真剣な眼差しで頷く。それは、どの発言よりも説得力があった。今、この薄暗い真夜中の間では。
「ですから、彼女を止める――いや、殺す力が必要となるんですなあ」
「でも、どうすりゃいいんだよ! こんなやつ……どうやって!」
その時、老人が一瞬だけ口元を歪めた。それは男に気づかれることなかったが、老人は即座に真剣な口調へと戻る。
「――彼女には『呪い』でも、あなたには違うかもしれませんな」
「何……?」
酔いがすっかり醒めている男は、老人の言っている意味が理解できる。
そう、彼女の力と同じ力を男が持てると、目の前の老人は言っているのだ。
「そんなことが可能なのか?」
「できます。ギルドリーダーであるあなたならば」
「だが、俺もあの女のように暴走して――」
「いいえ」
老人はぴしゃりと言い放つ。それはまるで、男の中で逃げるという選択肢をかき消すかのように。考えを老人に向けさせるために。
「確かに、彼女が持つ力は暴走しています。だが、それは彼女が様々な意味で経験不足であるから。あなたは違います。その地位を手に入れるために、努力し、時間を消費し、そして経験を集めた」
「まさか……俺が……」
男が言わんとすることを、老人はさも当然のごとくしゃべる。
「そう。あなたが、あなただけが『選ばれし者』なんですな」
そして、老人はある鉱石を手渡す。
その鉱石は不気味な光を放ち、見るものを死地へと誘う魔力を秘めている。
すでに手渡された男はその石の魔力に導かれてしまっている。
「これが……これで俺はアリアを」
「そうです。殺せます。あなたが世界を救うのです」
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