呪いを解きたい。負けたくない
アリアとケアドが図書館で片付けを含めて作業を終えたのは、日が暮れてから数時間たった真夜中だった。
真昼は太陽が燦々と照りつける暖かな一日だったのだが、その面影も今はなく、星々が小さな輝きで細々と地面を照らしている。
さすがに本棚の整理で疲れ切った二人は、持ち金を折半して宿で寝泊まりすることになった。
夜中ではあるが、宿はすっかり日が暮れた時間帯でも客を受け入れている。
アリアは国の恩恵に感謝しながら、図書館に近い宿を選んだ。
ベッドが二つある一部屋を借りることで、結果的に両者とも安い金額で寝泊まりすることができる。
「あー……! 今日はもうダメだ……動けねぇ……!」
部屋に入るやいなや、ケアドはベッドへとダイブし、大きなため息を吐いた。
力仕事は、ある意味ではモンスターと戦うよりしんどいと、彼は初めて感じた。
「今日は本当にありがとうございました。おかげで、明日には図書館の調べ物、全て済みそうです」
アリアは寝っ転がっているケアドに頭を下げる。……が、肝心の彼はベッドにうつ伏せになって寝ているため気づかない。
相変わらず気だるい声とともに、さらにベッドへと深く沈んでいく。
「そーかー……そりゃ良かったなー……」
「私も今日は休みます」
アリアが残りのベッドに優しく腰掛ける。柔らかく、ふかふかのベッドは、彼女でさえもすぐに眠りへといざなわれそうな感覚に襲われる。
彼女の欠伸声が聞こえたと思うと、ケアドは体を起こして仰向けの体勢に直した。判断力の落ちた今なら、彼女の秘密を少しだけ暴けるかもしれない。これを逃したら、いつまた隙が生まれるか分からない。
彼ももちろん疲労で眠たかったが、己の目的のために目を凝らしながらアリアに話しかけるのだった。
「……なあ」
「ん? なんです?」
「ここまで手伝ったんだ。少しくらい……教えてくれないか? お前の調べ物ってやつを」
「……そうですね。今日はとんだご迷惑をおかけしましたし……ちょっとだけ」
彼女は今日の出来事を振り返りながら、バツの悪そうな表情をして、それから自分の右手を左手で優しくさすった。
「……ある『呪い』を解きたいんです」
「呪い?」
「それは……望む望まざるにかかわらず、私の体にかけられました。この呪いを解く手がかりを見つけるために、私は世界を回っているんです」
「その様子だと、今日は見つからなかったようだな」
「……はい。恥ずかしながら、手がかりは全くありませんでした」
あれだけ苦労したというのに、成果はなし。
アリアはケアドに苦笑を向ける。
「そんなに大変な呪いなのか? それって」
「そうですね……助けられたこともありましたけど、やっぱり忌々しいです。これが無ければ、私は今ごろ……」
「今ごろ?」
「……ごめんなさい。そこまで言ってなんですが、考えたことありませんでした」
日常で見せていた明るい笑顔とは別に、どこか憂いをおびた微笑み。
「どんな呪いかってことまでは?」
「まだ、言えません。でも、きっと分かると思います。私とこうして旅を続けるのであれば」
「そうか……その時を、楽しみにしていればいいのかな?」
相手を挑発するために言い放った言葉だが、ケアドはどこか胸の奥で痛みを感じるようになっていた。
目の前の彼女に、自分はやり場のない怒りをぶつけていないだろうか。いや、それは違う。自分は自分の目的のためにアリアを利用し、あわよくば……。
しかし、月の光に照らされた彼女の姿を見て、ケアドはハッと息を呑む。
朝は誰にでも優しく明るさを振りまき、昼には凛々しい表情でモンスターを退治していた彼女。そのどれとも違う新たな彼女を、ケアドは目撃していた。
恐らく、誰も見ていない夜。彼女は毎晩こうして自身の運命を悲しみ、そして抗おうとしている。その確かな意思を確認しているのだろう。
そして、その表情はケアドが彼女の新たな魅力を発見するのに十分なものだった。
だからこそ、彼は確かめたかった。その意思を。
「もし……もしもの話だ」
「え?」
「その呪い。解く方法が無かったとしたら、お前はどうする?」
「……それこそ、自分の運命を呪いますね。――でも」
運命に負けない意思がある。ケアドにそう思わせるほどの強く、昼間よりも一層輝いている彼女の笑顔がそこにはあった。
「それなら、上手く付き合う方法を考えます。この呪いは私の意思が生んだ産物。私、絶対に『負け』はしませんから」
「……そっか。悪かったな、仮定の話でも気分悪くしたろ?」
「いいえ、お気になさらないで下さい。私も、色んな考えを学んだ方がきっといいですから」
ケアドのキツい意見にも耳を貸すアリア。
彼女も心のどこかで感じ始めていた。自分がやってきていること、呪いを解く方法を探すこと。それこそ、世界に一つしか無い小石を探すように無謀かつ無茶なのだと。
しかし、自分自身の幸せのために、彼女は探さなければならない。絶望し、時には枕を濡らす夜中もあったが、今日の彼女は少し違っていた。
ケアドとの出会いは全くの偶然だったが、良い影響が彼女にもたらされている。
今まで、会話というものを彼女はケアドと話すまで忘れていた。ここまで同じ人間と話すという機会が、ある時を境に彼女には無縁のものとなっていた。
だから、ケアドがどんなに彼女にとって辛いことを述べても、話すというだけで彼女の心が癒やされていく。
その証拠に、彼女はいつもは明かさない調べ物について、少しだけケアドに語ってしまったのだ。
このような気持ちになるのは何年ぶりだろうか。アリアは、幼い頃に出会った親友のことを不意に思い出した。
彼女と会話し、遊び、共に笑う。その時の安心感を、アリアは目の前のケアドに感じ始めていた。
そう言えばと、親友の近況はどうなのだろうとアリアは思った。今頃は、どんな暮らしをしているのか。
きっと幸せに暮らしている。アリアから見た彼女は、とても優しく、笑顔が可愛い女の子だった。だからこそ、彼女の暮らしは自分とは比べ物にならないくらい満ちているのだろうと思った。
眠気に勝てなかったケアドは、すでにベッドでイビキをかきながら熟睡している。
そんな無防備な彼の姿に微笑みながら、アリアは彼にベッドのシーツをそっと掛ける。
「そんなんじゃ、風邪……引いちゃいますよ」
自身も大きな欠伸をし、もう体力の限界がきていた。
風邪を引かないようにシーツに体を包ませ、枕に頭を合わせる。
その瞬間、彼女も夢の世界へと旅立ったのだった。
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