大図書館での情報調査

 知識を留めておく場所は、一国であれば必須と言える。

 もちろん、この国においても、図書館というのは存在している。規模はその国にもよるが、アリアが足を付けているこの国はかなりの大きさを誇っていた。

 それを端的に表現したのはアリアが図書館を見上げた時だった。


「これほどまでの図書館が……存在していたんですねー」


 息を呑むアリア。厳格な雰囲気を醸し出すその建物は、三階はあろうかという高さでしっかりとしたレンガ造りだった。

 関心しきっている彼女に対して、ケアドの方は何の感情も抱いていない。それもそのはず、彼は今までこのような場所に来ること自体始めてだったのだ。


「国によってそんなに違うのか? 図書館ってのは」


「ええ! もちろんです! この国は知識を溜め込むことを重要だと考えているようですね。それって素晴らしいことですよ」


「何で?」


「情報は誰かが伝えなければすぐに廃れてしまいます。しかし、口伝では広がった時に大きな解釈の違いが発生して間違った情報が伝わることもしばしば……。それと違って、こういった場所に紙で保存しておくことで、一番最初に伝えた人の解釈で多くの人々に広まるんです!」


「ふーん……紙の使い方、そんなのもあるのか」


 ケアドの意外なる反応。アリアは、彼の出自に疑問を持った。


「……? ケアド。差し支えなければ伺ってもよろしいですか?」


「いいが……?」


「あのう、ケアドは国で生まれたのではないのですか?」


「俺? 俺は村で生まれた。村は知識とかそんなのは……まあ気にしないからな。明日生きていければそれでいいって感じだ」


「そうなんですね~。あっ、お礼に私の出自もお聞かせしますね。私は国の出身なんです」


「なるほどー。どおりでしっかりしてるってわけだー」


「えっ? 本当ですか? そんなこと言われたの、初めてかもしれないです!」


「……まっ、国出身の他の奴らなら、もっとしっかりしてるんだろうがなあ」


「あー、ひどいです。私だって、ちゃんとしてるんですからねっ!」


 彼の出身を聞き満足するアリア。彼女は図書館へと入っていく。

 しかし、ケアドの方は、アリアが国出身だという話を聞いて特段驚きを見せていなかった。むしろ、彼の想定内であった。

 彼女は信用を抱き始めている。やはり、行動を共にしたのは正解だった。ケアドはアリアの後ろについていきながら、彼女を観察し続ける。


「さて、それじゃあ私の指定した場所の本を全て取ってきて下さい」


 図書館に付き、アリアは中央に陣取る。ここの図書館の構造上、円形の側面に膨大な本がずらりと立ち並んでいる。

 真ん中にいたほうが、大雑把に本を探しやすいのだ。

 アリアは周りを見渡し、ある一方を指差す。それから右にずらし、ある点で止まった。


「じゃあ、あそこから……あそこまでのを取ってきてくれますか?」


「お安いご用だ」


 ケアドは早速、彼女の言われた通りの範囲の本を取ってくるために本棚へと向かう。

 ……そこまでは良かった。しかし、彼が考えていた本の『重さ』は想像を超えていた。


「ぐ……なんて……重さだよ……」


 紙というのは、束ねるとこんなにも重いものなのか。

 ケアドもモンスターと戦うギルドのメンバーであるから、体力には自信はある。数十冊を一気に持っていける程の力は持っている。しかし、これはほんの一部なのだ。彼の後ろには、まだまだ本が立て連ねている。

 ドサッと乱暴に机へと置かれた大量の本。

 アリアは拍手しながら喜びを表現していた。


「さすがです! 力持ちですね!」


「これ……まだまだあるんだよな?」


「もちろんです。頑張りましょうね!」


「……マジか」


 その後、ケアドは一生懸命に本を運び、アリアは運ばれてきた本を速読していく。

 彼が持ってきた時間と彼女の読む時間が釣り合わないため、机に積まれた本はすぐに既読となってしまう。

 そう時間も経たないうちに、アリアも本を運ぶようになっていった。


「んしょ……っと」


 数冊の本を机に置き、アリアは一息ついた。


「ふぅ……やっぱり重いですね」


「それにしても重すぎないか? なんか魔法でもかかってるのか?」


「いいえ。魔法はかかってないと思います。けど……知識は見えないだけで、こんなにも重いものなんだって考えると、ちょっとときめきません?」


「とんだ空想家だな」


 バッサリと切り捨てたケアドに対して、アリアは口を尖らせて少しだけ不満を漏らす。

 それを意に介さず、彼は本の運搬を再開するのだった。

 さらに数時間が経ち、アリアが示していた本棚の場所も既読が増えていく。残るはハシゴを使わなければ届かない高いところのみとなっていた。

 もちろんアリアはハシゴを使って、本に手を伸ばしていた。


「大丈夫か?」


「大丈夫です。これくらいの高さなら、何度も経験してますから!」


 アリアはそう言うが、ケアドが見上げている景色は随分と危ないものだった。

 ハシゴが不安定に揺れながら、アリアが手を伸ばしている。最初はハシゴを固定させながら伸ばしていたが、それでは届かないことに気づく。そうなれば、本を掴むことを優先するために、アリアは体勢を変えて更に手が伸ばすようになっていった。


「あと……もうちょっと……よし、取った! ――って!?」


 本を掴んだ瞬間、ハシゴが限界を迎えた。

 横に大きく傾いてしまうハシゴ。アリアは本を掴みながらどうすることもできず、ただハシゴに運命を委ねるしかない。


「あっ……あっ……!」


 ハシゴの傾きが一定を超えた瞬間、アリアがハシゴから離れてしまう。

 離れた地点から真っ直ぐ、アリアは落ちてしまう。だが、彼女を受け止めるケアドがいた。


「キャッ!」


 彼女の体を両腕で受け止めるケアド。

 その時、始めて彼はアリアの体に触れた。華奢な体つきで、男性とは異なる柔らかさ。

 彼は家族である妹を運ぶこともあったことから、女性には慣れている。だからこそ、妹とアリアに何の違いもないことに驚いていた。モンスターと戦う職に就いていても、体は細く、華奢である。


「危なかったな」


「あ、ありがとうございます……」


 アリアもさすがに受け止めてくれるとは思わず、顔を赤らめて少しだけ彼から目を背ける。

 ……が、その雰囲気は長くは続かない。ハシゴの倒れる音が鳴り響いて、辺りはハシゴと本が散乱する悲惨な光景となってしまったからだ。


「これ、直さないとダメだよな?」


「そう……ですよね。あの……手伝ってもらえます?」


「……しょうがない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る